▽ 操り人形は誰か7
レイとガイは酒場から出てそのままアスター邸へと向かった。暴漢はそのまま酒場へと置いてきた。情報を漏らした奴らが逃げ出さないよう監視と、まだ何かないかと情報収集を頼んでいる。すると意外なことに暴漢は快諾した。逃げないのかと尋ねたら暴漢は笑ってたまにはお役所仕事に力を貸してやると酒をあおった。どうやら酒が飲みたかったようだ。レイとしてもアスター邸に男を連れていくのは難しかったのでありがたい。
もうすぐ日が暮れる。いささか時間がかかりすぎたが、過ぎたことを言っても意味がない。だが、レイの足取りは早くなるばかりだ。
市場を一瞥もせずに通り過ぎる。
アスター邸はもうすぐだ。
「おい、そんな焦ってたら仕損じるかもしれないぜ?」
レイの気持ちを読み取ったかのようにガイが肩に手を置いた。レイは反射的に振り返り手を払う。
「ならどうしろと言うんだ? 観光しに来たわけじゃないんだぞ?」
「んなことわかってるさ。ただ、余裕ってのを持とうぜ?」
言われてはっとする。ジェイドに似たようなことを言われた。レイは立ち止まって大きく息を吐く。そしてようやくガイの表情が見えた。
彼はとても心配している。それだけで少し冷静になれた。
「……すまない」
「いいさ、だが、領主に会いに行くなんてどういうことだ?」
そういえば理由を話していなかった。レイはどこから話そうかと思案する。
「さっきの手紙に使われた封蝋はマルクト軍の機密文書が通達されるためのものだ。私が探している者とは違う」
そして再び歩き出す。ガイもつられるように歩き始めた。こういう話は立ち止まってしないほうがいい。
「へぇ、じゃあおかしな話だな。マルクトの封蝋を使うのはマルクト軍だけだろう? それなら神託の盾が使うのは難しいんじゃないか?」
レイは頷く。
「その通りだ。恐らくスパイがいる。ここにいるマルクト軍人はあてにならない。アスターの兵を借りる」
「なるほどね」
後は、親書がどこにあるのかスパイから聞きだすのが順当だが、そう上手くいくだろうか。レイが探しているのはもうとっくに知られているだろうし、なにより派手に動きすぎた。もう逃げられていてもおかしくない。けれど、レイはシンクの術中にはまったままと相手は思っているはずだ。高みの見物をしているかもしれない。ならば見つける可能性のある。
「確かめたいこともある」
「なにを聞くんだ?」
レイは不敵に笑った。
「生贄にされた可哀想な羊の居場所だ」
***
アスター邸に着くのにあまり時間はかからなかった。門前の兵にレイが来たと伝えたら、アスター自ら出てきて歓迎してくれた。レイは申し訳なさそうに視線を下げた。
「何回も来てすまないな」
本来なら忙しい身だろうにアスターはにこやかに対応してくれる。
「構いませんよ、レイ様のお願いとあってはこのアスターは断れません」
どうぞとドアを開けて家の中に入る。高そうな調度品や珍しいものが飾られていて見ていて飽きない。階段を上った一番奥にアスターの私室がある。そこに入れてもらった。
アスターは部屋の中央に置いてあるテーブルの茶器に手をつける。レイはテーブルに座りガイもそれに続いた。レイが口を開く。
「さっそく本題なんだが、兵を出来るだけ多く貸してくれ」
レイの言葉にアスターは片眉をあげた。
「何か問題がありましたか?」
「ああ、この街のマルクト軍内に神託の盾のスパイがいる」
アスターは一瞬動きが止まる。
「神託の盾ですか……それは厄介ですね」
アスターとしても神託の盾は苦手なようだ。商いをするうえで預言ばかりに頼ると痛い目を見るからだろう。煮え湯を飲まされたと思っていてもおかしくない。
「お願いできるか?」
すると、アスターはにっこりと笑って頷く。
「かしこまりました。手配いたしましょう。――それで何をなさるつもりなのですか?」
アスターが入れてくれたお茶を受け取るとレイは薄く笑った。
「マルクト船舶を調べてほしい。今日中に全部だ」
「ほう、わかりました。あなたのお名前を出しても?」
「構わない」
「かしこまりました」
そう言ってアスターはガイにも茶を入れて勧めてくれた。ガイは礼を言って飲む。
「実はもう一つ聞きたいことがある音素検査のことだ」
「ああ、丁度結果が出ましたよ。ご覧になりますか?」
「ああ」
アスターが指を鳴らすと屈強の男が一枚の紙を持ってきた。それをレイは受け取ってみている。どうやら死体が誰かについてはマルクト軍とも照会したのだろう。だが、結果は身元不明と書かれている。レイは唸った。
「やはりな……」
眉をひそめてレイはあごをさする。するとガイが隣からのぞき込んできた。
「どういう結果だったんだ? というか何の検査をしたんだ?」
「身元不明のマルクト軍服を着た死体が二つあったんだ。だが、該当しなかったということはもうそこからはめられてたんだな」
「はめられてたって?」
「死体は恐らく神託の盾の誰かだろう。だからわからないよう頭部を切り取ってあったのか。やられたな」
口惜しそうにレイは苦い顔になった。本当に踊らされていたのだとわかって腹が立つ。けれど、今からは反撃の時だ。
レイは紅茶を飲み終えると、アスターに頭を下げた。
「連日無理を言ってすまない。だが、助かった」
するとアスターが笑う。
「イヒヒ、大丈夫ですよ。お気になさらず」
そしてレイは立ち上がる。ガイも一気に紅茶を飲み干して礼を言って席を立った。
そうしてレイは歩き出した。まっすぐに。一直線に敵のもとへと近づいていった。
***
もう陽が落ちて一時間ほど経った頃。レイとガイはマルクトの駐屯地に着いた。兵はほとんど出払っていて人数は少ないものの警戒を怠ってはいないようだ。
レイの姿を見てぎょっとするものが多いが、何も言わず中に入れることに今は感謝したい。だが、やはり奇異な目で見られる。仕方がないかもしれないが。
ガイは物珍しそうに中をきょろきょろと見ている。
「それで? 探し人はいるのか?」
「いるだろうな。あいつは高をくくってるはずだ」
レイはある人物を探していた。名前も知らない、聞くこともしなかった人物を記憶だけを頼りに視線を走らせる。だが、どこを探してもいない。
丁度通りかかった、兵士にレイは尋ねる。
「最近配属された気の弱い新人はどこにいる? 私を死体のところまで案内した奴だ」
兵士は驚いたようだが、すぐに案内する。
一つの休憩所を案内してくれた。扉を開ける。すると、新人の兵は一人で椅子に腰かけ休憩をしていた。兵はレイの顔を見るなり目を丸くする。
「大尉!?」
レイは答えず細剣を抜いた。その様子に男は飛び上がる。
レイは新兵に向けて鋭敏な突きを放つ。けれど、新兵は転がって避ける。剣は椅子に突き刺さった。
「な、何をするんですか!」
新兵は震えあがってレイに抗議する。だがレイは冷徹に新兵を見ていた。その瞳は氷よりも冷たい。
「一般兵に避けられない程度の早さだったんだがな。――お前何者だ?」
「またご冗談を! たまたま避けられただけで――!」
すると、今度は目にも止まらない速さで剣を喉元に据える。新兵は小さく悲鳴を上げて息を飲みこんだ。
「考えてみればおかしい所だ。私たちがやってきてすぐに死体が見つかり、それは頭部のない死体。まるで探せと言わんばかりだ。そして、死体は頭部以外には外傷はなかった。だとしたら相当な手練れで、仲間から背後からやられたか抵抗せずに死んだかのどちらかだ。――まったく宗教っていうのは気色が悪い」
すると、新兵の表情が一変した。先ほどまでの震えるような瞳ではなくぎらぎらと瞳をたぎらせてレイを睨みつけた。
「彼らは預言成就の為に神に召せられたのだ。幸せだろう」
レイはふんと鼻を鳴らす。
「つくづくおめでたいやつらだ。死ぬことで自分の願いは成就などしない」
新兵は怒鳴った。
「ユリア様を愚弄するな! 貴様には天罰が下るぞ黒き子供!」
レイは目を丸くした。そして新兵を睨みつける。
「お前のような下っ端でさえ知っているのか。本当に預言とやらは面倒だ」
新兵はくつくつと笑う。それ笑いが死ぬほど気持ちが悪くてレイは顔をしかめた。
「お前は惑星預言に詠まれているそうだからな。私は残念ながら殺せない」
「そんなものには興味がない。さっさと親書のありかを教えろ」
「簡単に教えるとでも?」
下卑た笑いをする新兵にレイは嘲笑う。
「マルクト船舶のどれかだろう? 生憎ともう調べ始めている。私たちはお前が吐かずとも時間の問題だ。さぁ、預言とやらはお前を救ってくれるかな?」
男は舌打ちして手を犠牲にしてレイの剣を払い、押しのける。新兵はまっすぐに出口へ向かおうとしていた。レイは叫ぶ。
「ガイ!」
「ハイハイ、やっと出番か!」
ガイは剣を抜いて新兵の前に立ちはだかる。すると新兵は対応しようと短剣を取り出した。だが、ガイのほうが早かった。まっすぐ刺してこようとしてくる刃を最低限の動きで避けて剣の柄をみぞおちに食らわせる。
男はうめき声をあげて昏倒した。ガイは剣をゆったりと鞘に納めた。
「我ながらいい動きだったな」
「話は後だ。こいつを縛るぞ」
「ハイハイ」
するとドアが少し開かれる。何事かと二人で振り返ると小さな球が転がってきた。レイは叫ぶ。
「閃光弾だ!」
だが、目をつぶる間もなくまともに光を浴びた。レイとガイは一瞬ひるんだ。
お互い剣を抜くが視界は真っ白だ。これでは同士討ちをしかねない。目がやっとまともになってきたころ、倒れていた新兵はすでにおらず、もぬけの殻になっていた。
「くそっ!」
レイは壁を殴る。
あと一歩という所で取り逃がした。仲間がいるだろうとは思っていたが、自分の力を過信していた。これでは後でジェイドに何を言われるかわかったものではない。
「落ち着け」
ガイがレイの頭に手を置く。何回かポンポンと頭を軽く叩いてガイは笑った。
「今からでも遅くない。あいつらはどうせ陸路で逃げられやしない。だったら海路だろう?」
レイは一度目をつむって自分を落ち着かせた。そうだ、まだ終わってはいない。親書はまだ彼らの手の中にあるのだから。それを取り返すまでは終われない。
「港へ向かうぞ!」
ガイは笑った。
「ああ、そうこなくっちゃな!」
二人は走り出す。外へ出ると三日月と光り輝く星が瞬いていた。
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