徹夜明けの至福



梶井さんと私は、友人である。
私はごく普通の高校生、彼の落し物を拾ってあげた所から私達の関係は始まった。
尤も、彼がポートマフィアの構成員だと知ったのは最近のこと。
確かにマフィアが危ない団体だと言うことは、常識として知っている。
それでも、彼が私にそれを打ち明けるのがどれだけの勇気を有するのか……それを考えると、私は彼を突き放す事が出来なかった。
そんなこんなで私達は今も、LINEの類でやり取りしたり、実際に会ったりしている。
ポートマフィアの人達とも程々に仲良くしていると言うものだ。
無論彼等の立ち位置上、一線を引かれているのだとは思うのだが。

そんな中、彼から電話がかかってきた。
彼はいつもLINEで済ませてしまうめんどくさがりなので、電話をかけるなんて珍しい事だ。


「もしもし、梶井さん?」


『そうだよ、僕。
…あのさ、お願いがあるんだけどさ、聞いてくれる?』


「私に出来ることだったら…」


運良く今日は休日、予定もない。
それに、何だか梶井さんの声は疲れ切っている様子だった。
今断ったら、大変な事になるような気がしたのだ。


『あぁ、ほんと?
ならさ、今からコンビニか何かで栄養補給食買って来て、僕の家に届けてよ。』


「はい、分かりました。
今から行けばいいですか?」


『あぁ…うん。お願いね』


パパッと着替えて、髪を整える。
梶井さんはどうせ、私の身嗜みなんて見てくれないんだろうけれど。
だって私達は、『友達』だから。
口に出したら憂鬱になりそうだから、口を閉ざす。
何より、私はきっと、彼からすれば子供なのだ。
どうせ、相手にすらしてもらえない。

ばたばたと家を出て、コンビニへ走る。
そして梶井さんの家に行き、チャイムを鳴らす。
暫くして、ドアが開いた。
中から顔を覗かせたのは、疲れ切った表情の梶井さんだった。


「…やぁ、よく来たね。
入って入って」


今日はいつもの白衣は着ていなく、代わりにだらんとしたカーディガンに袖を通していた。
そんな彼は、私を部屋に入れた後自室へ入る。
私も続いて入った。


「…わ、」


前一回来たことがあるのだが、以前より部屋が汚くなっている。
彼は大抵のことには無頓着なので、実験をする机以外は整理整頓をしない。
なので床にはあらゆる書物等が散らばっていると言うわけだ。


「ごめんごめん、汚いね。
めんどくさくってさ、でも、リビングは綺麗だよ。使ってないから」


私から袋を受け取ると、私をリビングに連れて行く。
一人暮らしらしい、シンプルな部屋である。
梶井さんにお茶を出して貰って、二人でソファーに座って少し話をした。


「今日は随分と疲れてるみたいですけど…」


「…あぁ…まぁね。
明日までに終わらせなきゃならない仕事があってね、手こずってるんだ。
徹夜で仕事だよ、全く困ったもんだよね」


「…ち、因みに、何徹目なんですか」


今の梶井さんの様子だと、明らかに一日じゃない。
私が恐る恐る聞くと、目元を揉みながら梶井さんはあっさりと答える。


「三徹目です。
もう吐き気やら頭痛やらで薬漬けだよ、全く」


「さ、さん!?」


流石に体調を崩すんじゃなかろうか。
でもこれで、私が栄養補給食を買ってこさせられた理由が分かった。
梶井さんは疲労のあまり、コンビニへ行く気力すらもなかったと言う訳だ。


「流石にやばいですよ、寝て下さい!」


私が梶井さんのカーディガンを引っ張ると、梶井さんの手が重なり私を制止する。
ぽんぽん、と頭を撫でられ、私は固まってしまった。


「もう少しで終わるから。
そしたら寝るよ」


「……本当ですか?」


「うん、ほんとほんと。
神に誓ってもいい。

…きみは別に帰ってもいいんだよ?
パシリにしてごめんね」


「いいえ、私残りますから。
梶井さんが寝るのを確認するまで、帰りません!」


そうして、私は梶井さんの家にいる事を決意したのだ。
時にはお茶を運びに行ったり、時には食べ物を運びに行ったり。
そうこうしている内に、梶井さんが部屋から出て来た。
ふらりふらりと、此方へ歩いて来る。


「梶井さん!
終わったんで……ッ!?」


おぼついた足取りのまま、私に覆い被さった。
後ろから抱き着かれたので、身動きがとれない。
首元に顔を埋める梶井さんが、うぅ、と声をもらした。


「終わった、零時…」









……で。
どうしてこんな事になっている。
今私は、梶井さんのベッドで寝ている。
梶井さんも当然のように寝ている。
彼は私を抱き締めるように寝ており、彼が寝ているから良いものの彼と目線があってしまう距離だ。


「……ん、」


ぎゅう、と抱き締められると、何も言えなくなる。
友達だって言ってたでしょう、どうしてこんな事。
勘違いさせる位なら、こんな残酷な事やめて。
そう言いたいんだけれども、この瞬間がずっと続けばいいなぁ、なんて。
我儘な私が顔を覗かせてしまうのだ。


「…どうしたものか」


梶井さんは三徹目だって言ってたし、もうこれはそうそう起きないだろう。
かと言って、私がこの状態でいつまでもいられる訳じゃない。
梶井さんとこんな至近距離で、寝れる訳がないんだから!

意を決して、私は梶井さんの腕から抜け出そうと試みる。
頭を下にずらして、そーっと…


「…何してるの、」


ぴくり。
頭上から声がする。
勿論梶井さんの声だ。


「いや、あの、」


「僕と一緒は嫌?」


ずるい!
そんな風に聞かれたら、逃げ出せやしない。
ましてやゴーグル越しで無い彼の目に、真っ直ぐ見られたとしたなら…


「そ、そんなこと!」


「うん、それでいいよ。
僕も眠いし、静かにしててくれるだろ?」


あぁほら、そんな風に強く抱き締められたら、余計逃げられないじゃないか。
全く、梶井さんはずるい人だ。











徹夜明けの至福。









(…ふぁ…おはよ……あれ?どうして僕の布団にいるの?)

(な、何も覚えてないんですか!?)

(うん、残念ながら)

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