小説 | ナノ


▼ 午前0時の訪問者




時刻は0時になろうとしている頃、既読の付かないメッセージ画面に溜息を一つ。

今日は大抵の人が家族や恋人、大切な人と過ごすだろうクリスマス。付き合って間もない彼、錆兎と迎える初めてのクリスマスだったから何ヶ月も前から楽しみにしていたのに。何故そんな楽しみにしていた当日に、こうして一人ぼんやりソファに座っているのかというと、急遽錆兎が出張になってしまったからだ。
急遽、といっても錆兎が出張に出てから既に1ヶ月は経とうとしている。それも新幹線で2時間、更に車で1時間かかるような簡単には帰ってこれないような所に。
仕事柄出張に出ることもあると聞いていたが、まさかこんな年末にかけてとは思ってもいなかった私は、物分かりのいい女を演じつつも心底ショックを受けていたのも事実。

「でもまあ、仕事だから仕方がないよね」

そう、こればっかりはどうしようもないから。とは言ったもののやっぱり寂しい。夕飯の買い物に行けば目に入るのはカップルばかりだし、ショーウィンドウに写る可愛らしいジュエリーやプレゼントボックス、街に煌くイルミネーションを肩を寄せ合い幸せそうに眺めるその姿が、嫌でも目に入ってしまいうんざりだった。 
1時間前に送ったメッセージも既読にならないからきっともう寝てしまったんだろう。会えないならせめて声だけでもと思ったけれど、最近残業続きのようだったしそんな我侭も言えるわけなくて。
さっさと眠ればいいのに、何となくそんな気持ちになれなくて、特に何をするわけでもなくぼんやりとソファに座って。気付けばクリスマスも終わろうとしている。
こうしていてもただ寂しさが募るばかりで、晴れない気持ちを吐き出すように再び溜息を吐き、そろそろ寝ようとソファから立ち上がった時だった。さっきまで同じ画面と睨めっこしていた携帯から着信音が響いた。
慌ててディスプレイを見ると、そこには待ち焦がれていた名前が。しかも、メッセージではなく電話だ。
逸る気持ちを抑えて、一度深呼吸してから通話ボタンを押した。

「錆兎…?」
「ああ、すまない。こんな夜中に。もう寝ていたか?」

寝てるわけなんてない。ずっとあなたからの連絡を待っていたのだから。そんな本音は呑み込んで、起きていたよ、と返事した。

「もしかして今仕事が終わったの?」
「いや、仕事はもう終わってた。少し声が聞きたくて…」

錆兎のその言葉にきゅんと胸が音を立てるように締め付けられた。錆兎も同じだった。私と。込み上げる嬉しさを隠しきれず、きっと今の私はだらしない顔をしているだろう。今日くらい、そう素直に込み上げたこの気持ちを伝えようと思った瞬間、

「だ、誰…?」

突如部屋に響き渡ったインターフォンの音に肩が跳ねる。いったいこんな時間に誰が。モニター画面を恐る恐る確認すると、そこに写しだされた人物に心臓が跳ねた。

(うそ…?なんで…?)

慌てて玄関に行き、勢い良くドアを押し開けた。

「ただいま」

信じられない。扉の向こうには今し方会いたいと願っていた錆兎がいたのだ。スーツを着ているから仕事終わりなのだろうか。仕事が終わって来たの?まだ出張中じゃないの?頭の中にいろんなことが浮かんだけれど、突然のことに言葉が出てこない。

「な、んで…」
「帰ってきた」

取り敢えず入っていいかと聞く錆兎に頷いて、玄関に招き入れた途端、錆兎の腕に包まれる。少しだけ冷えたコートの表面の下から感じる彼の温もりにまだ状況が整理できない。

「錆兎…、出張先だったんじゃ…」
「どうしても会いたくて明日休みをもらった。もう少し早く仕事を終わらせるつもりだったんだが…すまない、こんな夜中に」

ああもう本当に狡い。優しい声に心臓がぎゅっと締め付けられて苦しい。多忙できっと休みも取りづらい時期だったろうに、わざわざ休みをとって、疲れてるのに会いに来てくれて。これ以上ないほどに錆兎からの愛を感じてしまう。こんなにも愛されているのに数分前まで会えないことに嘆いていた自分を叱りたくなった。

「嬉しい、もう今日は会えないかと思ってた。メッセージも返ってこないから寝ちゃったのかなって…」
「ああ、運転してて見れなかっただけだ。それに、少しでもサプライズになればと思って…」

そうだ、錆兎はいつだって優しくて私のことを一番に考えてくれている。それは付き合った頃からずっと変わらないというのに。
背中に腕を回し「おかえり」と呟いた。





「錆兎、何かご飯食べた?」
「適当に車の中で食べた」
「そっか、お風呂入るよね?」
「そうだな。先に入る」
「私もさっき入ったばっかりでまだお湯あったかいから、入って大丈夫だよ。脱衣所にパジャマと下着置いとくね」

家に泊まる時用に彼のパジャマと下着は揃っている。錆兎がスーツをラックに掛けている間に寝室に行き、タンスを漁っていると突然後ろから手が伸びてきた。もうスーツを脱ぎ終えたのか。そしてその手はするすると胸元まで上がり、ゆっくりと膨らみを確かめるようにやわやわと動く。子供のような仕草は気持ちいいというよりは擽ったくて、身体を捩ると肩口に力なく錆兎が額を預けた。

「やっと会えた…」
「うん…会えた。錆兎、ありがとう。会いに来てくれて」
「寂しい思いをさせてすまなかった」
「仕事だから仕方がないよ」

仕方がない、分かっていても寂しかった。これまでも何度か出張はあったけれどこんなに長期間は初めてで、寂しくて仕方がなかった。会えない夜に、何度この温もりに恋焦がれたことか。こうして会いにきてくれたのは、私のためだけじゃなく、錆兎も同じ気持ちだったのだろうか。

「ふふ、で?この手は?」
「……充電」

いつも男らしくてかっこいい錆兎の甘える姿が可愛くて。そっとその手を取り、顔を上げた錆兎の唇に自分のそれを合わせた。自分でも大胆だと思う。私からしたことなんてなかったのに。だけど目の前の錆兎が愛しくて仕方がないから、そんな気持ちがそうさせたんだ。
すぐに離れようとした私の後頭部を大きな掌で包まれ、驚いた拍子で開いた口の隙間からぬるりと錆兎の舌が侵入してきた。

「ん…っ、さび……」
「ななし…」

急かすように舌先を絡ませた後、じゅるっと吸われたままその感触を楽しむように舌先で擦られて。久しぶりの甘い刺激と響く水音に意識をもっていかれていたけど、ふと足元に目をやると、ピッタリとしたスラックスを押し上げるように怒張した錆兎の男根が目に入ってしまい、下腹部が疼いた。錆兎も興奮してる、それだけで身体の奥からどろりと愛液が漏れ出てしまう。

「…そんな目をするな」
「え…?」
「先に風呂に入ってくる」

いい子にして待ってろ、そうキスを残して錆兎は浴室に行ってしまった。




これから錆兎に抱かれる、そんな現実に胸の高まりが抑えきれない。最後にしたのは錆兎が出張に行く前日だったからちょうど1ヶ月半ぶりだろうか。さっきの錆兎のアレ、いつもするときは大体部屋着だったし電気も必ず消してするから、あそこまで主張されているのを見るのは初めてだった。いつもより大きく感じたのはスラックスのせいか、それとも…。これからあの大きいのが自分の中に入るのかと思うと、再び愛液がとろりと流れ出るのがわかった。
悶々としながらベッドの上でごろごろしてると、シャワーを終えた錆兎が戻ってきた。

「電気、」

消そうとリモコンに伸ばした手を錆兎に遮られた。

「今日は付けたままがいい」
「な、」
「この日のために残業もして頑張ったんだ。ダメか?」

狡い。そんな言い方されたら断れるわけないじゃない。でも素直に頷くことができないでいると

「俺にななしの全てを見せて欲しい。全部を愛したいんだ」


そんなの、そんなこと言われたらもう答えなんて一つしかないじゃない。小さく頷いたのを合図にベッドが軋んだ。二人の夜はまだまだ長い。






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