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何もかもを吸い込んでしまいそうな濃い青空。まるで青
硝子のような冷色の中でぽつぽつとまばらに浮かぶ雲にも負けぬ真っ白な太陽が、胸を透かすような風でさわさわと揺れる草木の新緑を輝かせる。涼しげな音を立てて穏やかに流れる川は水面で陽射しを柔らかに反射し、その冷たく清らかな水は川魚の身を引き締める。深く息を吸い込めば、草木を撫ぜ川水に冷やされた
鮮美透涼な空気が肺を押し広げ、まるで体の中身が取り換えられたような、あるいは、
臓腑すべてが肺になったような錯覚を生むのだ。
とある理由で俺の一族は人の訪れがほとんどない森の中に小さな村を形成し、隠れるように暮らしていた。
基本的に自給自足で上手く
賄ってはいるが、足りないものは地走鳥で約六時間ほどの
最寄りの町で買って補う。多少の不便はあれど、時間も忘れてしまうほどのどかなこの小さな村のことが村人たちは好きに違いない。俺だってこの土地自体は好きだ。
しかしそんな村に生まれて早八年経った自分は自然の恩寵を受け元気よく伸び伸びと育つどころか、森の奥にある一際大きな木の下でいつも一人本を読んでただ静かに一日が終わるのを待つような、お世辞にも明朗快活とは言い難い性格をしていた。
自覚はしている。理由もわかっている。けれど別に誰に迷惑をかけるわけでもないし直そうとも思わない。むしろここにいたほうが誰にも迷惑をかけずに済むというものだ。
昼食も摂ることなく朝からひたすらに本のページを
捲っていると、太い幹に寄り掛かる俺があまりに動かないからか、時折動物たちが暇を潰すように身を寄せてくる。
体躯の大きな生き物には
流石に餌として認識されているのかと思ったが、のそりのそりとやってきてはごろりと横になって寝るだけなのだから、食物連鎖に下る覚悟も
杞憂に終わった。むしろ川で体を洗ってやりさえすれば上質な枕になってくれるのだから、随分と良心的な生き物だ。たまに持ってくるお土産らしき川魚を、
傍らに積んである本を台代わりにして置くのはやめてもらいたい、なんて思いはあるが。生物図鑑で知ったことだが、熊という生き物らしい。
小型の生き物たちから気まぐれに差し出されるものは木の実が多いが、まれに作物が交じる。それ村のほうで育てているやつだろ、なんて思うものの、『これ凄く美味しい食べ物なんだよ』と言わんばかりに興奮した様子で差し出されては、喜んでやるほかない。
人間の俺では分解できないのか、口にした後で気分が悪くなったり戻したりしてしまうものもいくつかあったが、そこは無知だった自分の責任である。
ふと首の疲れを感じて顔を上げると、つい先ほどまでは高く昇っていた太陽がその身を傾けていることに気がついた。意識しだせば遠くで鳴いているカラスの声が耳に入ってくる。
立てていた片膝の上でいつの間にか羽を休めていたらしい小鳥の前で手を払うとすぐにその小さな体は森の木々に遮られて見えなくなった。
読んでいた分厚い本をパタリと閉じて腰を上げ、ぼんやりと赤色を帯び始めた空と
滲んだ雲を眺める。
「……帰らなくちゃ」
帰る、その表現は正しいのかな。
(P.2)