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「ねえ、俺にも手伝わせて」


 いくつかやり方の候補は上がったが、結局流星街というこの場所のために手始めに起こした行動は廃棄物だらけの港で取引らしいことをしていた大人に近寄って話し掛ける、というものだった。
 相手からしたら不審に思って当然であり、警戒されることは最初から予想していた。それなのに、大人たちから返ってきたのは「何ができるのか」という問いだった。彼らは俺を子供として見ていない。
 片や流星街の住民たちで、片や確実に裏世界で生きているような見た目の人たち。流星街はマフィアンコミュニティと繋がりがあると聞いたことがあるし、おそらく今がその現場なのだろうと思う。
 一隻の大きな船を背中にして近づいてきたのは、ずんぐりとしたマフィア(仮定)の男だった。その男は俺に向かってもう一度、ゆっくりと「何ができるんだ」と尋ねた。


「今やっている取引は何?」
「武器類の投棄と、食糧の供給だ」


 投棄とは名ばかりの援助でしょ、という言葉は腹の中でとどめて「資金とかじゃなくて?」と質問を投げ掛ける。


「お前もこの街の住民ならわかると思うが、ここはとても食糧が採れるようないい土地じゃない。もちろん農作してる区域だってあるがな」
「だから資金よりも食糧とかなんだ」
「ま、ここの住民はこの街に引きこもっているわけじゃねえし、金と船をやってどっか別の場所で自由に買わせるって形でもいいんだけどよ。手っ取り早いほうがいいだろ、っつーことでオレの組では金よりも食糧ってワケだ」


 港に泊まった複数の船を首を回して一瞥いちべつし、「もちろん金だけの組だってあんじゃねーか?」と男は言葉を続けた。案外親切に喋ってくれた彼に感謝を述べて、右手に持っていた麻袋を前に突き出す。ガチャリと金属の音が鳴った。


「何だ?」
「見て」
「おう。……あ!?」


 麻袋の紐を解くなり男は目をこれでもかと言うほどに見開いた。二の句が告げなくなってしまった彼からの返答を黙って待っていると、彼は中毒症状のように歯をカチカチと鳴らし、やがて絞り出すように「これ、どうしたんだ」と震えた声を出した。


「こ、こんな、この、これ、お前のなのか……!?」
「盗品を見せるメリットを少なくとも俺は思いつかないな」
「んでお前みたいな子供が、こんな、こんな袋いっぱいの宝石、金銀……」


 俺の能力だ、とは決して言わず、薄く笑うにとどめる。男のすぐ前まで距離を詰めて「取引なんだけど」と少しトーンを落として話を持ち掛けた。ごくりと男が唾を飲み込んだ生々しい音に、聞く気があることを理解して言葉を続ける。


「その袋に入ってるのは俺の財産だよ。まだいくらでもある。だけど今この街で必要なのはそんなものじゃない。安全な水や食糧、風雨に耐えられる住居、それと不要物の処理場なんだ」


 俺が出したものは本を閉じたら二十四時間後には消えてしまうし、お金には番号だってあるから偽造するわけにはいかない。お金よりも価値のあるモノを作り出すほうがずっと楽だ。俺がいる間は悪食消しゴム(ハングリーイレイサー)で廃棄物処理を行えばいいが、ここに永住するつもりは無いから処理場は必要になってくるだろう。
 男は俺の言葉の意図が読めないのか、眉根を痙攣けいれんさせた。


「簡単に言えば、俺にとってその袋の中の物は何の足しにもならないんだ。飲み込めるだけ、そこらの砂土さどのほうが価値がある」
「……!」
「海を渡って違う国へ行って換金してくるのもいいと思うけど、子供がこれらを持っていったら怪しまれる――違う?」
「あ、ああ」
「だから、ここで取引だ」


 声が出せるのなら泣き喚いていそうな彼のスーツのボタンを指先で弾くようにいじりながら、もう片手で彼が持った麻袋の底を撫ぜる。カチャリと金属が身を寄せ合う硬い音は、小さくてもよく通った。


「オレは何をすればいい?」
「これらを換金したときの七……いや、六割でいい。その金で食糧やら水やら生活必需品やら、この街の住民に実際に必要だと思われるものをありったけ買ってきてほしい。残りの四割はもちろん自由にしていいからさ」


「どう?」と尋ねると、美味しい話だということを理解したのか男は迷うことなく承諾した。当たり前だ。断る理由なんか作らせない。
 金額をいつわったり、取引の品を持ち逃げするようなことは、まずしないはずだ。目先の利益に囚われて愚行を働けば、これから先の流星街との関係に亀裂を作りかねない。
 そして、さらに言うなれば、俺が彼らを信用しているように彼らは俺を小指の先ほども疑っていないだろう。偽造の品でマフィアをだますような、喧嘩を売ったと思われてもおかしくないことを流星街の住民がしないと思っているからだ。


「正真正銘の本物だから安心してくれ」


 ありったけの品を積んだマフィアの船が去った港の岸壁に座って、潮風を浴びる。
 ごみだらけの海は、俺が知っている海よりもずっと生臭く、そして鈍い色をしている。俺にできることはきっと片手にも満たないけれど、俺を運んでくれたこの海だけはたった一人でも綺麗にしてみせよう。
 防波堤も必要だろうか。簡素すぎるこの港は、少しでも海が荒れた日には使い物にならなくなってしまうはずで、それは“投棄”の大きな妨げとなってしまう。ごみ箱という物はいつでも自由に捨てられて然るべきだ。
 余裕ができたら浄水場と――ああ、この街に必要なことは、それこそ転がったごみの数だけ存在する。


「……品も、閉じたら二十四時間後には消えるわけだけど」


 秘密のノート(シークレットブック)の、スピンを挟んでいたページを開く。そこに書かれている麻袋や金銀宝石の文字の羅列を一通り目で追うと、再びスピンを挟んで本を閉じた。
 これなら完全に本が閉じたことにはならず、秘密のノート(シークレットブック)の具現化を解いても、スピン自体が秘密のノート(シークレットブック)の付属品であるからして、閉じていないということにしておける。
 もし複数のページに渡って具現化を保ちたい物がある場合は、ほかの何かしらを挟んでおけばいい。その代わり、秘密のノート(シークレットブック)自体の具現化を解くことはできないが。栞代わりにしていた物だけが残ってしまうからだ。


「スピンを抜けるのは、換金報告の二週間後くらい……か?」


 それまでずっと念を発動しっぱなしなのかと思うと頭が痛い。嫌でも体力が鍛えられそうだ。苦笑いを浮かべて立ち上がる。
 この街にとって、俺はただのごみと何も変わらない、ただの漂着物であることなど知っている。

(P.26)



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