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 あれから二週間と少し。精力的に取引を行っていれば、あっという間に信用を獲得することができた。そろそろ取引当初の品は消してしまってもいいだろうか。理想のタイミングとしては客のもとに渡ってからだ。店の段階で消してしまうことが立て続けに起これば、店の経営が立ち行かなくなり、卸し先が無くなってしまう。
 しかし念というものは体力を湯水のように消費していくらしい。常に微熱に浮かされ、ついには寝る体力までをも食らい始めたものだから、一刻も早く負担を軽減させたいというのが本音だ。
 取引で得た生活必需品などの物資は、取引のことを知っている上層部の人に許可を貰った上で食糧配布時に手渡した。
 すぐに消すが、せめて一時でも空腹感を忘れられるようにと、食材が調理者の手に渡る前に念の食材を混ぜてかさ増ししていることはちょっとした秘密だ。最終的には食べていないことになるだなんて、飢えている者たちに広く伝えることでもないだろう。食べても食べても太らないことを疑問に思っている者はいるかもしれないが。
 配布時につけるマスクの下で薄く笑いながら、目の前で待っている人に急いで盛りつけた惣菜を手渡す。
 食糧配布の列に並ぶ人を見ると、以前よりも住民の衛生面がしっかりしてきたと思う。服だって以前に比べたら清潔で、靴を履いていない人はほぼいない。歯磨きは毎日できているはずだ。流石さすがに風呂の回数を改善することは難しいため、申告制で入れない日の人には夕食の供給時に蒸しタオルを、入浴日の人にはタオルを一緒に配布している。
 何度だって口に出したくなるが、負担が尋常じゃない。書けば何でも出せるとはいってもこれは魔法じゃないのだ。俺は偉大な魔法使いでもなければ、凡庸な魔法使いでもなく、もっと悪いことには卑小な魔法使いでもない。
 洗濯なんてまともにできないためタオルやマスクなどは使い捨てで、そうなれば物資ではなく直接自分で書いて出したものを手渡すのが最善策というものだ。使い終わった後は名目上回収はしてるものの、消すだけで十分だから廃棄の問題は無い。
 しかしどんなに小さなものでも出せばオーラを消費するし、それが一区画の人間だけとはいえ膨大な数の人間となればオーラの消費量なんて考えただけで眩暈めまいがする。
 念を身に着けたとき、戦闘が得意な人物になるつもりは少しも無かったが、この使い方は多少ズレている気がしなくもない。自立のための能力が、他人の自立を侵し始めてしまってはいないかと時折心配になる。
 この生活に完全に体が慣れるまであとどれぐらいか考えながら、待っていた金髪の同世代ほどの男のトレーに料理を載せた。


「ありがとねー」
「次の方どうぞ」
「……そっけないなあ。いつもつまんなそうな顔してるけど、口を開いてもつまんない人間なのか?」
「…………。面白いことは言えないからそうなのかも。次の人に場所を譲って」
「この子ならオレの仲間」


 一歩横にずれて「だからへーき」と笑う彼の後ろに目を向けると、濃いピンク色の髪をした子がトレーを手に煩わしそうに立っていた。その鮮やかな髪色が印象的で記憶してはいたが、話したことは無かったはずだ。


「シャル、さっさと行きな。アタシは良くてもその後ろがつっかえてる」
「ちぇー」


 女の子はその緩みない顔立ちにふさわしい態度と声をしていた。彼女にそんなつもりは無いのかもしれないが、その目が向けられるとなぜだか品定めを受けているような気分になってしまう。
 彼女のトレーに料理を載せた後、シャルと呼ばれた男が名前を訊いてきたが、名乗る前に「ほらさっさと行った行った」と、強風の中で帆を張った舟のようにあっけなく押されていった。
 仲間という言葉にしばらく手を止めて、去っていった二人が慎重に歩く後ろ姿を目で追う。本人を前にして関係性を口に出すのは、そう容易たやすくできることじゃない。相互ではないはずが無いという自信があるのだろう。
 あの頃俺にとって誰より親しかったはずのスティグマでさえ、知人という無難な言葉以外の表現は見当たらない。『そこは恩人だろ?』なんて彼は言いそうだが。天空闘技場を出てから四箇月以上は経っている。あの時俺が天空闘技場を離れなければ今も一緒にいたのかもしれない。
 気がつけば随分と長い間呆けていたのか、配給作業へと意識を戻せた時には二人の背中はてのひらに載るほどになっていた。
 今日初めて声を聞いた女の子が数日後に黒髪の男と目的を持ってやってくることなど、まだ知るよしも無い。

(P.27)



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