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 ――ざくり、ざくり。
 固い土を掘る音が聞こえ、眼前の廃れた町へと踏み入ろうとしていた体の向きを変えた。
 近づくにつれて混じった、すすり上げる女の泣き声に何とも言えぬ気持ちになりながら、フルフェイスの防護マスクを具現化して装着する。


「代わるぞ」


 声を掛けると、女は「わっ」と小さな声を上げて振り返った。俺が近づいていたことに気づかなかったらしい。
 足もとに転がる三つの新しい死体と浅い穴。そして、辺り一面の土地に雑に突き立てられた白塗りの棒切れ――ここは墓地か。
 埋葬作業を女手一つでやらせるとは、町の中はすっかり希望を吸い尽くされていそうだ。
 女の手から錆び付いたシャベルを取って土を掘り始めると、「どうしてこの町に……」泣いて喉が傷ついているのか、しゃがれた細い声が俺に問い掛けた。


「失礼。国から呪いの調査を依頼されたハンターのアイヴィーだ。大変な時に余所者なんていい気はしないだろうが、どうか我慢してほしい」
「ハ、ハンター様でしたか……! いいえ、危険を承知でここに来てくださった方に感謝こそすれ、嫌な顔をする者などおりませんとも。どうか……どうか妖婆の呪いからお救いください」


 深く掘り終えた穴の中に三つの体を移す。
 内出血だらけの肉体は所々体液がにじみ出ており、まさしく呪いのように見えた。


「彼らから、本当にりんごの香りはするか?」


 防護マスクによって俺の鼻には届いてこない情報を女に尋ねる。
 土を被せられていく死体の横に膝をつき、祈るように手を組んでいた女は顔を上げた。


「ええ。さらに言うなら、腐って柔らかくなっているような香りです」


 念のための防護マスクだったが……その判断は間違っていなかったかもしれないな。
 調査ができるハンターと言われてここに来たが、これから俺がすることといえば、ここに来るまでに立てた推測が正しいものかを確かめるだけだ。そしてそれは誰でも考えつくごく当たり前のものでもある。
 すっかり埋め終わり、ほかに倣って白塗りの棒切れを立てると女は深々と頭を下げた。


「助けてくださり本当にありがとうございました。独りだったら、日が暮れてもきっとまだ私は穴を掘っていたでしょう。何かお返しできればよいのですが」
「俺が貴方と話したかっただけなんだ、礼には及ばない。なあ、埋めた三人は旦那さんと子供か?」
「……はい。呪いを拡げぬよう、身内の死は身内だけで片づける決まりなのです。私のように家族を一度に失った者はこうして孤独に埋めています」


 人から人へと拡がるというのも情報通りだ。
 家まで送りがてら聞いた情報によると、教会に医師が集まっているらしい。彼らは死神のようだ、と医師に向けるには少々……いや、かなり合わない言葉を残した女と別れてがらんとした町を歩く。
 町外れにある教会の扉を開けると、すぐに女の言葉を理解することができた。


「ハンター協会から派遣されてきたアイヴィーだ。しばらく邪魔するぜ」


 会話をするには少し開きすぎている距離を置いたまま、当然握手すらもなく挨拶を済ませる。
 目の前に立つのは白衣の代わりに黒いコートを着て、鳥のくちばしを真似たようなフルフェイスマスクを着けた杖突きの者たちだった。
 女から医師だと聞かされていなければ、死神の会合とでも勘違いしていたかもしれない。
「早速だが……」彼らの横を通り抜けて、主祭壇の上に腰掛ける。奇妙なマスク越しからも彼らが驚いている様子はよく伝わってきた。


「な、何という罰当たりな……!」
「礼拝するにしては、曜日が違うんじゃないか?」


 医師たちの言葉は聞かぬふりをして、脚を組む。
 ここに来るまでの道にある家々は一通り寄ったが、そのほとんどが被呪者を少なくとも一人は抱えていた。にもかか、わらず、そのどこにも医師の姿はなかった。


「その両手は祈るためじゃなく、治すためにあると思っていたんだがな」
「我々は何もしていないわけではありません! 呪いを貰わぬよう今はここにいるだけで……。そうだ、磨り潰したバラの花びらを丸薬にしたものには効果がありました!」
「バラぁ? あぁ、赤いバラはイエスの血、白いバラはマリアの純潔――バラは神への薬草だ! ってか」


 想像してもいなかった対処法に声を上げて嗤う。
 主祭壇の両端に飾られているバラの花束も、もちろん赤と白の二色だ。


「そりゃーめでたいな」
「この調子でいけばきっと遠くないうちに――」
「はは、お前らの頭の話だよ」


 そういや、キリスト教では棘のあるバラは邪悪なものとされているらしい。
 信仰そのものは自由に持てばいいし尊重もする。しかしそれはあくまで民衆の話であり、多数の死者が出ている状況で医師までそうとあっては、棘の一つや二つはむしろ必要なんじゃないかと思えてくる。
 その丸薬に効果があったとするならば十中八九プラシーボ効果だよな。長くは続かないはずだ。
 医師不足に陥り国から医師に金が出ていると聞いていたが、それは医師が呪いに倒れたからだけではなく、とっくに別の国に避難しているからという理由もあるかもしれない。
 治療費が国からとなれば貧富の差もなく治療にあたれるだろうが、医師としての基本的な知識もない者を医師に仕立てるのは……見ての通り、無理があったみたいだ。


「呪いなんて医師には対処できないものじゃないですか!」
「結論を出すのはお前らじゃない。調査員の俺だ」


 少し突き放したような言い方をした自覚はある。
 偉そうに、なんて反発をしてくるかと思いきや「わ、わかったよ……」と萎れた医師たちに、今度は俺が驚く番だった。


「知りたいことがあれば訊いてください。わかる範囲で答えますから……」


 教会にたむろしてバラに頼るような医師など信用するはずもないが、こちらの見立てよりはマシな頭をしているらしい。
 国から依頼を請けた俺が出した調査結果は、今後の方針に多大なる影響を与える。誤った結論に至ればそれこそ国が滅ぶことさえあるだろう。
 であるからして、東ゴルトー共和国民にできる最善手は調査員への協力を惜しまないことだ。
 馬鹿にしすぎたかと内心反省をして主祭壇から降りる。
 苦笑いを浮かべると、防護マスクでろくに顔は見えないはずだが雰囲気から棘が抜けたことに気づいたのだろう。緊張状態が解けたのか肩の力がわかりやすく抜けていた。
 たまには威圧的な態度の一つでもとってみるもんだな。


「そうだな……ならその格好の意図を教えてくれないか」
「ああ、これは……くちばしに見立てた部分にはハーブを詰めているんです。このコートには香料を練り込んだワックスを塗っています。瘴気によって呪いが拡がっていると我々は考え、こうしています」


 数人いるうちの一人が一歩前に出て答えた。
 もし防護マスクを着けていなかったら、きっと真っ先に体臭の正体を訊いたに違いない。話を聞く限り、良い香りがするとは思えないからだ。
「杖は患者に直接触れぬようにするための物です」と別の医師が付け足した。


「もっとマシなデザインにはできなかったのか? 死神のようだと町の人間は言っていたぞ」
「た、たしかによく怖がられます。ですが、目が合うと呪いがうつるかもしれないので直視されないほうが都合が良いのです」
「効果はあったのかよ」
「…………」
「……悪いことは言わないから、これに変えるんだな」


 同じ防護マスクを複数具現化して主祭壇の上に並べ置く。
 恐る恐るというようにマスクを付け替えた医師たちは、くたびれたつば広のハットを被り直すと、外側からもよく見えるようになった瞳を不安げに揺らした。


「目を合わせても呪いがうつることはない。現時点で俺はそう考えている」


 この国を襲っているのが本当に呪いや念能力、あるいはそれに似た何かであるなら、条件を満たした段階で間違いなく侵されるはずだ。
 墓地で出会った女は家族をすべて失ったと言っていた。だが女自身の体に異常は見られなかった。
 せっている家族と一度も目を合わさないなんてことがあるか?
 この規模の厄災を引き起こすとなると、間違いなく面倒な条件付けをしている。よって、目を合わせるだなんて簡単な行為は無関係と言い切ってもいい。
 仮に本当に目が合うことを発動条件に組み込んでいるとしても、それはあくまで何段階もあるうちの一つに過ぎないだろうしなぁ。


「それなら安――」


 おそらく「心ですね」と続いたはずの言葉は、勢いよく開け放たれた扉によってぶっつりと切られる。
 膝に手をつき肩で息をする男は俺たちを一瞥いちべつするなり、「大変だ!」と叫んだ。


「一体、何の騒ぎだ?」
「あ、貴方は?」
「呪いの調査に来たハンターだ」


 ゆらゆらとハンターライセンスを提示する。扉が開けられたことで、ふと遠くのほうが賑やかな様子になっていることに気がついた。
 大勢が何やら叫んでいるのが風に乗って耳に届く。
 人と人との接触を危険視していたこの町には不似合いな音だ。
 ハンターライセンスを確認した男に再度「何が起こったんだ?」と訊くと、わなわなと震える唇から教会中に響く声が発せられた。


「――老魔女狩りウィックド・ウィッチ・ハントが始まっちまった!」

(P.47)



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