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 目が覚めると知らない天井があった。グラスと水を出して水分を補給する。睡眠による脱水症状の軽い頭痛はすぐに収まり、落ち着いて思考を巡らせて数秒、流星街に来ていたことを思い出した。
 カーテンを開けると徹夜の作業で疲れていたのか、太陽はすでに一番高い所を明らかに越えてしまっていて、今が午後であることを知る。
 具現化した水で顔を洗い、同じく具現化したタオルで水分を拭き取る。それだけでも大分目を覚ますことができた。最後にへにょへにょと欠伸あくびをして、具現化していた一晩だけの家を消す。今度休む時は前回の設計図と内装を簡単に模写すればいい。一度イメージさえできてしまえば次は簡略化しても問題は無いだろう。最終的には文字だけでも具現化できるようになりたい。


「……まずは食事かな」


 空腹感にかされて足を動かす。いずれ消えてしまって栄養にならない具現化した食物ではなく、きちんとした食事を摂るべきだろう。この街の仕組みがどうなっているのかはまだ何も知らないが、配給によって住人たちの食事がまかなわれているのだと思う。
 歩いていれば配給所の一つや二つはあるはずだ、なんて考えながら歩いていると三十分も経たずして人が大勢並ぶテントが見えた。匂いからもわかる通り、どうやらそこが食糧供給所らしい。
 しばらくうかがっていると、最後尾の子供に手招きされて彼の後ろにつく。俺よりも半分ほどしか生きていなさそうな、小さな子だった。
 十分か、はたまた二十分か並んで貰えたのは硬そうなパン一つに、色の薄いスープが容器に半分ほどだった。ある程度予想はしていたが、それを上回る生活水準の低さに目を白黒させてると前方では先ほどの子供が廃材に足を引っかけてトレーをひっくり返していた。のろまだ。
 気にせず食事にしようかと思ったものの、すでに声が上手く思い出せなくなってしまったスティグマに言われたことが脳内にぼんやりとよみがえって、仕方なしに立ち上がる。
 優しい人になりたいわけじゃない。けれどあの時繋がれた手の暖かさの記憶は俺を動かした。


「……ほら、俺のやるから泣きやみなよ。もう泣く理由なんて無いだろ」


 見たところ怪我もしていない。彼の前に俺のトレーを置けば体液で汚れた情けない顔で俺を見上げた。痩せこけているせいか、目がぎょろりとしていて落ちそうだ。
 一日やそこら、上手くいけば一箇月だろうと具現化した食材で体を維持することはできる。要は秘密のノート(シークレットブック)を消さなければいいだけの話なのだ。どうせ何を食べても俺の場合味は同じなのだから、譲ってやるのに抵抗は無い。


「いい、の……?」
「その目で見てみろ、お前よりは健康そうだろ?」
「貴方のご飯は?」
「それよりもずっと豪勢なものが」


 彼に目をつむらせ、天空闘技場の時にルームサービスであった食事をいくつか出した。目を開けていいかと何度も尋ねてくる彼に許可を出すと、彼は目を開けるなり宝石の海でも見つけたような顔をした。
 それらに自然と伸びる彼の手を払い落とし、配給食のパンをちぎってその口に押し込む。彼は心底嫌そうな表情を見せたものの、自分のものを食べ切ってからにしろと伝えると怒涛どとうの勢いでそれらは消費された。


「まだ腹は空いてるか?」
「空いてる」
「じゃあ食べよう。満たされるまで食っていいから、食事は落ち着いて摂るんだ。お前の口がでかいことは今十分わかったが、見たところ喉は細そうだ。漏斗ろうとって呼ばれるのも詰まらせて死ぬのも嫌なら、素直に言うことを聞いてくれ」
「わ、わかった。恵みに感謝を」


 彼はたどたどしくフォークを使って口に料理を運び始めた。俺をうかがうようにしてもぐもぐと咀嚼そしゃくする素直な姿に満足して、俺も彼のように「恵みに感謝を」と一度手を組んでから料理に手を伸ばした。
 視界の端で捉えた食糧供給所は未だに多くの人が列をなしている。この街でやるべきことは見つかった。

(P.25)



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