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村に帰ると多くの人からそれが立ち昇っているのが見えた。むしろ今までどうして気づかなかったのか不思議なほど当たり前のようにみんなが垂れ流している。
このもやを
纏うという行為は、最初はぬるま湯に浸かっているような表現のし難い感覚があったが、重たい足取りで村へ戻るまでの間にそれは随分と薄れていった。もしかしたら体が適応しだしたのかもしれない。
中には村でも強いと言われている者を中心に俺と同じように白いもやを泳がせている者もいた。しかしなぜだか俺がその者たちと同じようにこれを
纏っていることを知られてはいけないような気がして、今までにも動物を捕らえるときにやっていたように、心臓の小箱にぐっと自分を詰め込んで自分を抑えつけた。
「……凄い」
人々が俺に気づかず何食わぬ顔で歩いていく様子に思わず言葉が漏れる。村人たちが緊張感の欠片も無い顔で好き好きに行動するこの光景は、きっと俺が顔を出せばたちまち引っ込んでしまうこの村の日常なのだ。
温かで穏やかな時間が流れている。俺が歩いているというのに。お前らのすぐ隣を、すぐ前を、すぐ後ろを!
――ああ、こんなに近くにいるのに、誰も俺に気づかない。
悪いことをしているみたいだ、と上歯列を舌で追い、目をゆるりと細めた。
人の視覚に入らないうちでなら今までだって息を潜めることはできた。しかしまさか、人の前に姿を出しているのに認識されないなんて芸当ができるようになるとは。何が要因だ、と何気なく自分の体を見下ろすと、つい先ほどまで俺を包んでいた白いもやは綺麗さっぱり消えていた。
「な……」
今までのように再び見えなくなってしまったのだろうか。ようやく退屈が終わりそうな予感がしたというのに。
気のせいだとは思いたくない、と焦ってすぐ近くの人に目を向ける。楽しそうに談笑しながら歩いていく二人組からは少しずつ白いもやが流れ出ていた。
どうやら見えなくなったわけではないらしい。
安堵を隠さず息を吐く。……とすると。俺は何らかの方法でこの白いもやを消したと考えるのが妥当だろう。
村人にぶつからないように注意を払いながら頭を悩ませてるうちにあっという間に着いてしまった家の前で、ふっと押し込めていたものを解放するように息を抜いた。
「……そういうことか」
再び自分の体に感じるようになった感覚に口角が上がるのがわかった。家に入り、家族との一言二言のつまらない会話を済ませてすぐに自分の部屋に閉じこもる。硬くも柔らかくもないベッドに仰向けに寝転がってゆっくりと
瞼を下ろした。
今日身に着けたこれは誰もができるものなんだ。当たり前にあるものなのにそれに気づく者はきっとごくわずか。そして一番重要なことだが、これにはしっかりとした扱い方があるはずだ。息を潜めたときに周りが俺に気づかなくなったあの気配絶ちもそのうちの一つだろう。
推測に過ぎないけど、今まで息を潜める時に抑え込んでいるイメージだったものは、決してイメージではなく自分の体内に本当にこのもやを抑え、しまい込んでいた。完全にはできていなかったのかもしれないけど。
「逆ができてもおかしくないよね……」
何となく思いついたそれに対して、ものは試しだとひょいと立ち上がった。体の力を抜き、
纏ったそれを広げるようなイメージで力を流し込んでいく。するとわずかではあるが一回り大きくなった、そんな気がした。
「……っ」
数分も持たず、よろけてベッドに腰掛ける。さらにもう一回り広げようとしたはずが、容赦のない疲労が
錘のように体全体にのし掛かってきたことによりそれは叶わなかったのだ。
こんなに疲れたのはいつぶりだろうか!
悔しさと嬉しさが同時に
胸中に湧き出てくるのを感じてふるりと身体が震える。額から目尻、頬を伝って流れていく汗の雫が顎先で溜まってぽたりと落下した。
明日からはこの練習もしないとな。
念という言葉を知るのはもう少し先の話だ。
(P.6)