に 


「皆さん、星はお好きですか? おれはとても好きなんです! まあーったく知識はないんですけどね」


 自由な両手を空に向かって伸ばす。気持ちが良くて、このまま星の一つ二つくらい持ててしまいそうな気さえした。「嫌ですね、そんなに怖い目で見ないでくださいよ」視線は居心地悪いですけど!


「楽しい楽しい世間話をしましょうって提案の何が気に食わないのですか?」
「クセェ以外にクソモブと変わんねぇヤツの話なんざ興味ねーな」
「ウウッ……! おれが話下手なばっかりに……!」


 ツンツン頭の子に痛いところを突かれて言葉を詰まらせる。「落ち込むところそこなんですか霊々さん……」ジャンヌさんに指摘をされてしまったけれど、おれによく回る舌があったらきっと皆さん耳を傾けてくださったと思うんですよね。
 ああ、でもたしかに一つ訂正はしておかなければ!


「獣肉を積極的に摂るニンゲンよりも匂いは無いはずですよ?」
「あの方は香りのことを言っていたわけではないかと……」
「ま、まさか……こんなにも真摯に向き合っているのに俄然怪しまれてしまったということですか……!?」


 なんということでしょう、そんなビフォーアフターは誰も望んでいない。
 たった数秒ではあるもののどうしたらお手々繋いで仲良くできるか必死に考えて、けれどその必死さこそが空回る原因なのではないかと思いつく以外の進展はなかった。「まどろっこしい真似は止めましょうか」友好的に話しましょうという提案を断るだなんて、先の毒がよほどこたえたようですね。


「“個性”とやらで、星を落とせる子はいらっしゃいますか?」


 遠回りの世間話はやめて直球に尋ねる。
 答えを待つ間、視界の端に映したプログラムの一部をちょこちょこといじって通信機能を消す。帰る頃合いを、おれの部屋にいるであろう方に知られたくはありませんからね!
 ニシシとイタズラっぽく笑ってから顔を上げると、ニンゲンは顔を見合わせるばかりで手を挙げている者は誰一人としていなかった。「おや、残念です」いないのなら、悲しいですけれどやはりここに残る理由はないですね。


「Voidollは手間取っているようだな」
「アダムさん……ええ、そのようですね」


 #コンパスはさまざまな世界からヒーローたる人物を集めている。つまり世界間の移動に慣れているということだ。幸運なことにおれたちはデータの体のままテレポートしているし、となれば管理者であるVoidollにとっておれたちの居場所を特定することは難しくないはず。
 しかし、テレポートにバグが生じているとなるとVoidoll自身来たくても来れないのでしょう。今頃はバグそのものをデリートする作業に追われているに違いありません。
 先ほどリスポーンには不具合がないことが確認できたから#コンパス外ではテレポート機能は正常に機能するらしい。こちらから飛ぶ分にはバグ修正を待つ必要がないということだ。


「そこの……ええと、緑色の君――そう、先ほど人質を頑張ってくれたあなたです。スマートフォンをお借りしたいのですが」


 彼に近づいて、ポケットの膨らみを節足の先で突っつく。
 怯えるかと思いきや、彼は多少不安の色を見せただけでおずおずとスマートフォンをおれに差し出した。「見ていても構いませんよ」あなたのスマートフォンですしね。
 ソワソワとしている彼の隣に立って、画面を彼のほうに傾けつつアプリ版の#コンパスをインストールする。「それは……?」「ゲームですよ。なかなか楽しいので興味があればぜひ」インストールの進捗バーから目を離さないまま、ぽつぽつと言葉を交わす。
 インストールが完了したそれを起動して、引き継ぎコードの欄に特殊番号を打ち込む。それを認識した#コンパスは、通常のゲームとは明確に異なる挙動を見せ、画面には警備ロボであるGuardollガードールがぽつねんと映った。


「幽霊々です。Voidoll-fac simileの召喚を依頼します」


 興味深そうに眺めるのは男の子だけではなく、仲間のヒーローたちもだった。「皆さんにもできますよ」知らなくて当然ですね、教えていませんし、おれも使うとは思っていなかった方法ですから!


「ジュリ シマシタ」


 Guardollの返答に満足してスマートフォンを男の子に返す。
 まるでプロジェクターで映し出されたようにさらさらとこの場に構成されていくデータ体のVoidollに、自然と周囲の者たちは距離をとった。遠くから聞こえてくるサイレンに耳を傾けながら仲間たちだけを周りに集める。


「何のつもりだテメェ」
「短い間ですがお世話になりました」


 深々とお辞儀をする横で、すっかり構成されたVoidollの複製データ体が片足を軸にしてクルクルと回転を始めた。「クウカンテンイソウチ キドウシマス」いつもと変わらない無機質な声。「モクヒョウ チテンハ #コンパス デス」しかしそれはこの場にいるヒーローたちにとって大きな安心を生むものだ。
 おれたちの立っている範囲だけが蛍光グリーンに染まる。空間転移までのカウントがVoidollによって刻まれ始めたなか、前触れもなく地面から包帯のようなものがおれたちを包もうと壁を形成し始めた。
 先ほどおれやジャンヌさんを拘束していたあの“個性”を思い出して、冷や汗が浮かぶ。脱出するべきかと体勢を低くした瞬間、誰かに腕をとられてそちらを見ると眼鏡を外した乃保さんが立っていた。
 おれが困惑していると、あっという間に包帯のようなものがおれたちを閉じ込めた。本来ならば真っ暗なのだろうが、同じく閉じ込められているVoidollの発光によりここが巨大な卵型をしていることが見てとれる。「これは乃保さんの……」ヒーロースキルの一部だ。拡張しておれたち全員が入れるようにしたのだろう。


「能力を封じる敵がいるの」
「なるほど……」


 すっかり失念していました。
 たしかに、上から乃保さんたちの闘いを見ていた時、能力封じの“個性”持ちがいることを感じていた。発動条件まではわからないけれど、遠隔でそれを行われている以上はこちらで独立した空間を作るのは外れではないと思う。実際、Voidollは異常なくカウントダウンを進められている。


「いつかこの世界からもヒーローを呼べたらいいですね」


 きっと楽しいはずです。包帯の壁に触れ、外で警戒態勢をとっているであろう彼らの顔を思い出しつつ言ったそれに「とても手強そうです……!」と返事を寄越したのはジャンヌさんだった。
 確実にその通りだろうと考えていると、カウントの終わりとともに一瞬の浮遊感に包まれた。
 目を開けて包帯の壁を節足で破る。
 青空と白い雲を窓硝子がらすいっぱいに映すビルディングなどではない、見慣れた白い空間に安堵あんどの息を吐く。転移は無事に成功したらしい。
 ヒーローたちと別れて自分の部屋へと向かう道中、両手の人差し指を使って口の端をぐいっと持ち上げた。
 ようし、完璧!


(P.8)


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -