、
「ここはどこです〜……」
すっかり追っ手がいなくなり、砂漠で水を求めるかのように建物内をとぼとぼと歩く。大企業のビルディングかと思っていたけど、ここは教育機関かもしれない。広げられたままの教科書、黒板やノートに中途半端に
綴られた計算式が授業中であったことを教えてくれている。
ヒトっ子一人いないのはおれたちのせいでしょうね。悪いことをしてしまったと思いますが、どうにもならなかったのも事実。しかしずっと逃げ続けるわけにもいかない。
逃げたばかりではあるけれど大人しく自分から身を差し出せば話の一つでも聞いてくれるでしょうか……。
……いや無理無理。おれすぐ死んじゃうんですから。で、ジャンヌさんは絶対に「そういうことでしたら私が」とか言って進んで前に出てしまいそう。耐久力があるからって危険なことはしてほしくないし……んぐむー、やっぱりVoidoll待ちですかね?
「沢山の机が並んでいます……」
「ここは学校のようです、ジャンヌさん。教科書を見る限り、この教室では歴史系の授業中だったかと」
「学校……! なるほど、学校……。私は
文盲ですから、少し憧れてしまいます」
「バトル中、しっかりとチャットで意志疎通できているじゃありませんか」
「それは皆さんが粘り強く教えてくださった結果です。チャットとは言っても打ち込みではなく定型文を選択するだけのものですからとても助かっています」
ジャンヌさんは教科書を手に取ってパラパラと
捲る。「ほとんど読めないなあ」なんて苦く笑った顔につきりと胸が痛んだ。努力したことは確かなのだから謙遜しなくてもいいのに。「私が守るのはあなたの笑顔です」とジャンヌさんが口癖のように言うのと同じく、おれだって、おれたちだってジャンヌさんには笑顔でいてほしいと思っているんですよ。
「……学ぶのに遅すぎることはないと思います。
乃保さんは現役高校生ですし、テスラさんもよく勉強していますから一緒にやってみてはいかがですか。教師役はマルコスさんに頼むのがいいかもしれません。彼は何でもできますから」
「私、本当に学が無いんです……幼子でもわかるような基礎すらできていません。教えていただけるでしょうか」
「ジャンヌさんは聡明な女性として有名です。自信を持ってください。マルコスさんはきっと最初こそ渋ると思いますが、どんどん教え子が伸びていくのですからきっと乗り気になってくれますよ。初めはリリカさんに彼を乗せるよう頼めばいいんです」
「ふふ、外堀から埋めるってやつですね。リリカさんにお願いしなくっちゃ」
元気が戻ったようでホッと息をつく。平和を感じてはいけない状況ではあるものの、それを感じずにはいられなかった。
さて、これからどうしましょうか。
一向にバグが修正される気配はない。バグの原因を発見できていないのか、それともバグが修正から逃げているのか――まあ時間の問題ですかね。
カードはすべてとっくにクールダウンを終えている。二人でダラダラとしつつも気配を潜めていると窓の外が急に騒がしくなった。
ジャンヌさんと顔を見合わせてお互いに頷き、窓へと近づく。おれたちの逃走を阻んだ校門を見下ろすとそこには先ほどのおれたちのように四面楚歌になっている見慣れた姿が三つあった。
「乃保さん、ルチアーノさん、アダムさん……!」
ジャンヌさんが彼らの名前を呼ぶ。あの三人はほかのステージで戦うことになっていた面子だったと思う。窓も開けていない状況で彼女の声が聞こえるとは思いづらいが、
咄嗟に窓から距離を置かせた。
ワープ系にバグが生じているとして、おそらく乃保さんは『恒星間転送装置 Tele-Pass』
*1で奇襲を、ルチアーノさんは『どこにでもいけるドア』
*2か乃保さんと同じく『恒星間転送装置 Tele-Pass』でヒーロースキル『束の間の幻影』を発動しようとしたのだろう。
『束の間の幻影』は恐ろしく恐ろしい、とにかく恐ろしいヒーロースキルだ。敵味方問わず、終盤で一発逆転なんてことが何度あったか。約三秒間自分以外の時間をほぼ止めて、その間は一撃で相手を倒せるだなんて強すぎる。
流石『刹那の殺し屋』『死神』と呼ばれるルチアーノさん! おれもそんな格好いい二つ名が欲しいな。『死んだらUR』って何ですか?
アダムさんは……何なんだろう。……ああ、もしかしたら『―蒼王宮― 恩寵天使 ソーン=ユーリエフ』
*3かもしれない。『魂を司る聖天使 ガブリエル』
*4のほうが常に最前線にいたいであろうアタッカーの彼には使い勝手が良さそうなのに。
いや、たしか今日のアダムさんのチームにはスプリンターがいなかったから裏取り
*5を狙われた時の対処役を買って出たのかもしれない。
うう……アタッカーが裏取りを対処しにくるって怖いんですよね……。おれはある程度引き付けたら即逃げます。
とにかく、推測の域は出ないものの『どこにでもいけるドア』だけでなくワープ系カード全体にバグが生じていることは把握できましたし、あとはキルでどうなるか、ですね。欲を言えば#コンパスに帰りたいし、せめてあの校門前からリスタートしたい。
ナタデココのまま再構成されない、ダメ。ゼッタイ。
「ちょぉーい、ストップストップ!! ストップです!」
ガラリと窓を開け、三人に向けて叫ぶ。場所がバレたとかそんなことを気にしている暇はない。
待て待て待て待て。何でアダムさんとルチアーノさんはヒーローアクションの体勢に入っているんですか。乃保さんはすっげー愉しそうなマズい雰囲気ですし……!
アダムさんが生み出す氷柱、怪我をしない
データの体は巨大な氷柱が足もとから生えてくる勢いで高く打ち上げられるだけで済むけど、普通のニンゲンなら体に貫通なんてこともありますからね……!?
ルチアーノさんは銃だから当たり所によっては即死もあり得るし、乃保さんに至ってはチェーンソー……攻撃倍率1.50の連撃チェーンソーは明らかにアウト……!
乃保さんは#コンパスでは返り血なんて浴びられないから、今がチャンスとでも思ってそうな怖い思考を持っている子だ。曰く「アナタは切ルとすぐ死んじゃうし具合が悪くなるノ つまらないからイヤ もっと楽しまセてほシいのに」らしい。それを聞いたとき、初めてこのすぐ死ぬ体に乾杯をしかけてしまった。
いや、あの……まじでチェーンソー持ちに追いかけられるのって本当に恐怖。チェーンソーですよチェーンソー……。怪我はしなくとも、当てられたところの肉が
爆ぜるようにいとも
容易く無くなり、耐えようとする骨と砕こうと回転を止めない刃がガリガリとぶつかって、振動は体全体へと痛みと恐怖を響かせ、骨が割れて粉々になっていく感覚とぶちぶちと神経やら血管やらが断たれていく感覚が津波のような勢いで襲ってくる。熱いのか冷たいのかすらもわからない。……思い出しただけでぞわっとした。
「い゛ッ……!」
窓から身を乗り出しているとまたどこからか射撃された。今度は肩だ。徹底的に頭を狙ってこないのは生きて捕まえるためでしょうね。
気遣いありがとな! だがおれは今の一撃で瀕死だぜ! おれたちは見た目には出ないから気づかないだろうけど! さっきジャンヌさんに回復して貰わなかったら今ので死んでたからな! もう撃ってくんじゃねえですよ! あばよ!
離れたところからジャンヌさんに回復魔方陣を展開してもらいながら、窓から少し身を引く。
あの三人の中にはスプリンターがいないから逃走の難易度は高そうですね。アタッカーが二人にガンナーだなんて、火力が過剰すぎやしませんか? 今は敵を倒しちゃいけないってのに。どう逃げさせ……いや、なかなかいいかも。
「乃保さん!」
「何 なあに 私に指図すルっていうノ いいよ しょうがナイから聞いてあゲる!」
「今、
楽しんでいますか……!」
こんな訊き方初めてだ。けれど彼女ならわかってくれるでしょう。
そんな予想とは裏腹に静寂が訪れた。伝わらなかったのかと焦燥と困惑が首もとからつむじにせり上がってくる。
「……“楽しくなってきちゃった”」
しかし乃保さんはおれが不安になっていたことなんて少しも気に止めず、たっぷりと溜めるように恍惚とした様子で返答を寄越した。語尾に音符でもついていそうなのに怪しい声色は静かなのにしっかりとおれのところまで届いた。否、もしかしたら届いていなかったかもしれない。口の形を見て、勝手に普段バトル中に聞いているものを脳が勝手に当てはめたのかもしれない。
しかし音の伝達など今はどうでもいい。確かに彼女におれの言葉の意味は伝わり、おれに彼女の言葉は伝わった。彼女の隣のアダムさんに視線を滑らせると、彼は小さく頷く。よかった、乃保さんへの言葉でアダムさんも理解してくれた。王宮の近衛騎士団長様が有能すぎて弟子入りしたい。
さて、乃保さんとアダムさんの
準備が整っていることは把握できたけれど、どうやってしてもらいたいことを伝えましょうか。血の気の多いアタッカー二人に殺し屋ですから……彼らの脳内に逃げるという選択肢はあるのでしょうか?
うーん、と低く唸る。作戦が筒抜けになっても成功するだけの実力が彼らにはあると言いたくても、敵の実力が未知数すぎる。悩んでいると、すっかりおれを全回復させてくれたジャンヌさんが不意におれの肩に手を置いて「大丈夫です」と頬を緩めた。
「霊々さんの問い掛けで彼らにすべて伝わっています。霊々さんが殺しを望んでいないことも、逃走させたいことも。そして、そのためにするべきことも。あなたのおかげで彼らは気づくことができたのです」
「ありがとう、ございます……」
窓から引いて、ジャンヌさんに頭を下げる。そうだ、さっきジャンヌさんはおれを信じてくれたじゃないですか。
とにかく今おれたちがすべきは場所を移動することですね。誰もここに向かってきていないはずがありません。一つでもいい、教室を変えなくては。
「仲間を信じるのは当然のことでした。一緒にこの窮地を突破してみせましょう。……て、天はおれたちを見守ってくれています!」
「……!! ……ふふ、そうですね」
廊下に誰の気配が無いことを確認して静かに駆ける。浮遊しているジャンヌさんは足音とは無縁だ。慎重に、けれど迅速な一階上への移動を済ませてテキトーな教室で再び息をついた。
「緊張、しましたね……」
「そうですか? 私は霊々さんに『天はおれたちを見守ってくれています』と言われて本当にそう思えましたよ」
ジャンヌさんは「神のご加護に感謝を」と言葉を続ける。信心深いな、なんて
他人事のように思いながら「おれが彼岸と深く繋がっている生物だからですか?」と問い掛けた。
「はい。何だかご利益がありそうです」
「
墓守しかできませんよ」
「飢饉から多くの者を救ってきたではありませんか」
「救えなかった者のほうが圧倒的多数です。それに、多くの生き物の……特に赤子の命を奪って参りました」
窓から先ほどと同じように校門を見下ろす。校門から校舎を見ているときは青空の反射が眩しくて校舎内など全く見えなかったから外から見つけられる可能性は薄いだろう。もしかしたら窓ガラスに鏡面加工でもしているのかもしれない。
「おれなんかよりもジャンヌさんのほうが天に近いのではないですか。お告げをいただくだなんて望んで叶うことではありません。だからこそ、あなたが処刑されたと風の知らせがあったときは酷く憤慨しました。その神とやらに直談判してやろうかと」
「あの……ヒーローたちの中で七不思議のように囁かれている疑問があるのです」
「はい?」
「霊々さんっておいくつなんですか……? 私と違って死んでいないから#コンパスにくる数年前までは年齢を重ねていたのでしょう?」
アダムさんと乃保さん、ルチアーノさんが多くの相手を前に上手に立ち回っている。おれの勝手な都合で攻撃ができない状況であるのに捕まっていないのは三人の戦闘力の高さ
故ですね。均衡を保つにはいい面子だと思います。
見たところ、三人それぞれが積んでいる『全天首都防壁 Hum-Sphere LLIK』
*6と乃保さんの『ドリーム☆マジカルスクエア』
*7が特に役に立っているらしい。
ダメージオールカットの『全天首都防壁 Hum-Sphere LLIK』は言わずもがな、攻撃倍率が通常最高値の乃保さんが『ドリーム☆マジカルスクエア』を使用したらそれこそ悪夢だ。逃げられもせず、防御カードの発動も間に合わずあっという間にチェーンソーの餌食となる。
コクリコさんに憑いている悪魔のほうがまだ優しく思えるほどに『ナイトメア☆マジスクノホタン』はマズい。
んま、今はキルができないから四秒間だけ少し安心できる程度のものでしょうけど、動けなくなった者が出ればカバーしようとほかの者が庇うように前へ出て、結果的に敵全体の動きが鈍る。さらにルチアーノさんの銃撃とアダムさんの氷柱が相手の動きを誘導し、おれとジャンヌさんの時は半円形だった配置隊形もすっかり直線状になることを余儀なくされている。
上手い、純粋にそう思った。騎士団長として戦争を幾度となく経験してきたアダムさんと、数多の修羅場を潜ったであろうルチアーノさん、戦闘を好み目覚ましい成長を続ける乃保さんの立ち回りに思わず感嘆の息が漏れた。
「さあ、いくつでしょう。見た目は二十前後に見えませんか?」
「私が生きていたのは十五世紀ですよ」
「キヒヒ、面白いところを突っ込んできますね……」
しかし敵も決して劣っていない。まるで『―蒼王宮― 氷冠女王 イデア=N=ユランブルク』
*8を使われたかのように時々カードの発動やヒーローアクションが強制キャンセルされているし――敵の中に能力を封じる“個性”の者がいるのだと思う――、基礎戦闘力も平均的にかなり高い。しかしおれたちと違って一人につき一つのことしかできないのが攻めきれない要因の一つだろう。数人ほど動くことができない者もいるのは、もしかしたら“個性”の使い勝手が悪いのかもしれない。例えば、味方にまで作用してしまう、とか。
「うーん……ヒトの子が存在するよりもずっと前から生きてはいました」
「へ、まさかの最年長じゃないですか……!」
「どうでしょうか、皆さんの年齢を訊き回ったことはないですから。まー臆病者は長生きするんですよ。多分ね」
乃保さんが眼鏡に手を掛けるのを見て、来た、と体に力が込もる。眼鏡を外し、突如まるで巨大生物の卵のようなものに閉じこもった乃保さんに視線が集中した。
そんな視線に答えるかのように、すぐにチェーンソーの刃が卵の中からざっくりと顔を出す。そのままジグザグ状に上へと滑っていくさまは、雛鳥が中から殻を破く行為には似ても似つかない狂暴さを
孕んでいた。
「あ、サーティーンさんとかワンチャン年上ありませんか。あの方からハッキリと聞いたことはありませんが、天使堕ちの死神らしいでしょう」
「ああ……テーマソングってプライベートまで裸にしてきますよね……」
「ええ。おれは今の世界が創られる前からの者なんです。その頃は天使という概念がなくただ神が乱立していたので、サーティーンさんが天使始まりならば年下なのですが、天使の前に神の一柱であった過去がさらにあるとしたら……いえ、
流石にないかな」
一人につき一曲与えられたテーマソングはバトル時に出場ヒーローの中からランダム選ばれて流される。サーティーンさんの曲『天使だと思っていたのに』はほかのヒーローと比べてもかなり彼の中に踏み込んでいると思う。曲の通りの人生を過ごしてきたのなら、「URにしてやるよ!」なんてケラケラと笑っておれを集中攻撃してくるのも許せなくもないかもしれない。
いや、無理ですね。無意味に摘むなよかなり痛いんですよ。
「アルマ一刀流秘奥義、アイシクルコフィン!」
視線を一人占めする乃保さんが卵から飛び出すよりも一瞬間早く、少し離れた位置にいた男が動いた。物腰柔らかな普段とは打って変わっておれたちのもとにも届くほど吠えるように声を上げ、烈火を火種まで掻き消すかのごとく大振りで氷剣を振ったのはアダムさんだ。
「ひゃああぁ……」
「すっっげ……ここまでの人数が氷塊になったの初めて見ました……!」
アダムさんのヒーロースキル『アイシクルコフィン』は前方直線上にいる敵を数秒の間凍結させるというものだ。
凍結自体にダメージはないものの――あくまでおれたちの話であって現実を生きるニンゲンは凍傷とかになるかもしれない。そうしたら謝りましょう――氷結状態で攻撃を受ければ氷と共に粉々に砕けて一撃で死んでしまう。つまり今凍結させられてしまった者は死と隣り合わせということだ。
「俺の氷剣から逃げられると思うな」
ぐ……ぎぎ……痺れる……。普段の一人称は“私”で紳士的なのにバトルになると“俺”で粗雑になるとか、同じ男でもクラッとくるところありますよネ……。同じ一人称を使っているのにおれとは天と地の差……んぐう、格好いいい……!
マルコスさんは『タメ息出るほど容姿端麗イケメンボーイ』が彼のテーマソングの歌詞になるほどの自他共に認めるイケメンなのに中身が残念なのだ。ずっとリリカちゃんリリカちゃん言っている限界オタク……一途なのはいいことだと思いますが。
この間なんてリリカさんに「マルコスくん、今日は早起きなんだね! 早く会えてリリカ嬉しい!」なんて言われて「供給過多……」と胸を押さえて倒れていた。
閑話休題、ルチアーノさんとアダムさんはヒーロースキルの発動が完了した乃保さんに強引に腕を引かれて敵の間を駆け抜けていく。『ビハインド ザ グラスイズ』
*9は移動速度に至ってはスプリンターのおれたちとほとんど同じになる。
めっっちゃ怖いでしょう……。チェーンソーをギャリギャリ鳴らした女性が超高速で追っかけてくるんです……。おれスプリンターで本当によかった……引き離せないけど追い付かれはしない……。
その代わり『お前が引き付けてろ』とでも言うかのように仲間は一目散に退散するか、おれを摘むことで乃保さんを
気絶させて一気に叩くかの行為に出る。前者になったら泣きの鬼ごっこだし、後者なら問答無用の死だ。
「あっ……氷が砕けてしまいました」
ばらばらと小さな氷塊が体から落ちて、固まっていたニンゲンたちは次々に行動が可能になっていく。中にはくしゃみをしていたり痛がっている様子のニンゲンもいるから、多少のダメージはあったらしい。
あわあわとするジャンヌさんに「でももう逃げ切ったようですよ」と敵が校舎内へと足を向けだしたのを眼下に収めながら答える。「一安心ですね」と甘く暖かい紅茶を飲んだかのように彼女は目を細めた。
「はい、一安……安……んん……? ……やっべ、余裕こいてる暇ありませんでした……! 敵はこちらを探してきますよ……!」
「へ? え、あっ、そ、そうでした〜……!」
校門を
一瞥し、いまだ開いていないことに舌打ちを溢す。見つかる前にあの三人と合流しなくては。タンク一人、スプリンター一人、ガンナー一人、アタッカー二人となれば多少はバランスがとれるだろう。
まとまったら危険と言うのならば、アダムさん、ジャンヌさん、おれチームと乃保さん、ルチアーノさんチームになりそうですね。アダムさんはアタッカーにも
拘わらずヒーローアクションが遠距離攻撃だから、近距離でしか戦えない乃保さんはガンナーのルチアーノさんと組み、一撃貰っただけで回復が必要なおれと、回復手段がワープ系カードしか持っていないアダムさんはジャンヌさんと組む。乃保さんのほうには『ドリーム☆マジカルスクエア』、おれのほうには『祭り開始! どでかい和太鼓』
*10があるからバランスもきっといいでしょう。
「私はここで待つのが最善だと思いますが、どちらが先にやってくるか……」
「ですね……。敵だった場合、窓から飛び降りられないこともないですが、普段飛び降りてるグレートウォールの分断壁よりも高いから気をつけないといけません」
心中ナタデココは悲しすぎる。だったら素直に捕まりたい。
んま、おれはともかくジャンヌさんが傷つけられることはないでしょう。聖女ですよ、聖女。ジャンヌさんを傷つけてみなさい、お迎え役の死神サーティーンさんも真っ青になる罪状が並ぶでしょうな! 地獄に落ちたいのなら話は別ですけどね。
「じゃあとりあえず身を隠しつつ乃保さんたちを」
教室の扉を開け、廊下へと踏み出す。さてどちらに進もうかと左右を確認すると、廊下の遥か先にいた金髪が眩しい筋骨隆々のスーパーマンみたいなニンゲンと視線がかち合った。彼は遠くにいても見落とせないほどの存在感を放っている。あの筋肉に並べるのはグスタフさんくらいだろう。
「…………」
やっべ、なんて声も漏れなかった。口から泡を吹いて倒れてしまいたい気分だ。あわわわわわグスタフさん助けて。
「いいいいい今死ねばここ校門に戻れますかかっかかかっか」
「れ、霊々さん、お気を確……ひっ!」
瞬きをしたかしていないかもわからない間にスーパーマンが眼前にやってきた。あの距離を一瞬で詰めたんですか? まーじです? ええ嘘だぁ。
「侵入者はキミたち、だな?」
腰に両手を当てている男は彫りが深いのか、眼球があるはずのところに濃い影が落ちていて視線がわからない。それでも逃がすまいとこちらをじっとその双眸に捕らえていることは嫌というほどに伝わってくる。
あ、いや、この子、単に画風が違うんですわ。光源の強さ以上の影ですよこれ。
黒塗り指定入っちゃってるじゃん。
にしても嘘じゃなかった〜〜! ア〜〜!
「お、お……おアア゛ーーーッ!」
今までで一番の反射を見せたのではないかというほど、自分でも驚きのスピードで後ろのジャンヌさんを背中から生えた四本の節足で回収して、机を足場に窓へと飛び退く。まるで『ビハインド ザ グラスイズ』が乃保さんではなくおれのヒーロースキルになったかのように解錠するのも窓を開けるのもすべて神掛かった速度だったと思う。
躊躇する暇もなく飛び降りる。地面に足をつけてジャンヌさんを解放し、もう一度校舎内に戻ろうと振り向く。リスタートだと思えばいい。全ヒーローの中でリスタート最多の男ですからね……! よし、すぐに乃保さんたちと合流して――
「こ、降参させていただきたく存じます」
振り向くと同時に両の
掌を顔の横に掲げる。いわゆるハンズアップというやつだ。振り向いたら先ほどとは顔ぶれの違う、灰色の制服を
纏ったニンゲンたちがずらりと大群をなしていた。
お、屋外避難中の生徒〜〜!
あー……タイミング最悪すぎませんか……。てかおれの足を凍らせたの誰ですかまじ無理痛い痛い痛い何で飛び降りた直後にできんですかあなたたちおれたちが飛び降りてくること知らなかったでしょう反射神経コノヤロウ……!
「霊々さん、これダメージ継続型みたいです……!」
「ヒイッ」
急いで『銀河防衛ロボ Unidoll-2525』
*11を発動させる。ジャンヌさんはまだ少ししか削れていなかったけどおれがやばかった。
ジャンヌさんのヒーローアクションの持続回復が止まった時がおれのアンハッピーナタデココだな、なんて考えながらふくらはぎまで凍結している脚を見て、被ダメージと回復を繰り返す感覚が交互に襲ってきている自身の体に口もとを引きつらせたのだった。
脚注
[*1] 恒星間転送装置 Tele-Pass水属性の移動カード。最寄りの敵の背後へと瞬間移動する。
↑[*2] どこにでもいけるドア木属性の移動カード。前方のポータルキーへ瞬間移動する。
↑[*3] ―蒼王宮― 恩寵天使 ソーン=ユーリエフ水属性の移動カード。ライフを全回復した状態でリスポーン地点へ帰還し、十二秒間移動速度を大幅アップする。
↑[*4] 魂を司る聖天使 ガブリエル水属性の治癒カード。ライフを全回復させる。
↑[*5] 裏取り隙を突いて敵陣地のポータルキーを制圧する行為。
↑[*6] 全天首都防壁 Hum-Sphere LLIK木属性の防御カード。六秒間完全ダメージカットするシールドを生成する。
↑[*7] ドリーム☆マジカルスクエア水属性の弱体化カード。前方の敵の全行動速度を四秒間大ダウンさせる。
↑[*8] ―蒼王宮― 氷冠女王 イデア=N=ユランブルク水属性の全範囲カード。敵チーム全員のカードのバフ効果・持続回復効果を打ち消し、ノックバックさせる。
↑[*9] ビハインド ザ グラスイズ双挽乃保のヒーロースキル。覚醒し、約二十秒間カードの使用速度・移動速度・攻撃速度等が超高速化する。
↑[*10] 祭り開始! どでかい和太鼓火属性の周囲カード。周囲の敵を九秒間サイレント状態にする。
↑[*11] 銀河防衛ロボ Unidoll-2525水属性の治癒カード。自身とチーム全員のライフを60%回復する。
↑
(P.5)