要 


 それは聞き慣れた機械の声だった。


「――10」


 バトルが終わり、ギミックも停止したはずの足もとが嫌な蛍光緑に染まる。それは『リブート シーケンス スタート』*1の範囲内であることを教えてくれている。
 いやいや、待ってくださいよ、何で何で何で――


「何でVoidollがここにいんだァ!?」


 おれの口から出ようとした疑問はサーティーンさんから発せられた。
 おれはきちんと壊したはず。動けるわけがないのに!
 Voidollに予備機が無いことは確認済みだし、そもそもVoidollの外れかかっている片腕が、おれが相手にした個体だということの証明だ。
 いや、おかしい。おれは腕をもぎ取っただけでなく、繋がっているコードすら踏みつけてぶちりと千切った。
 なのに何で腕が、壊れかけとはいえ繋がっている?
 

「――9」


 そんなの一つしかない。誰かが修理したんだ。……一体誰が?
 そこまで考えて、ふとその時は気にも留めていなかった天才発明家の最期の言葉が鮮明によみがえった。
 ――「ボクのイタズラ、最後まで楽しんでってよね」
 しまった! 途中で姿が見えなくなっていたのは、Voidollを修理しにいっていたのか。あの短時間で応急処置とはいえ修理ができるヒーローはニコラ・テスラしかいない。
 ああ、ああ、アア、あああ、畜生畜生畜生畜生畜生畜生! 失念していた、もっと跡形もなく壊さなければならなかったのに!


「――8」


 ギリギリと激しい歯軋りの音を抑える余裕はなかった。
 無機質な声が淡々と発動までの秒数を刻んでいく。
 Voidollはおれたち同様にデータの体ではなく、バトル用に戦闘能力のバランス調整がされていない。本来の機能だからか普段より圧倒的に広く、このステージの半分以上を飲み込む空間転移装置の輪は、無敵地点であるリスポーン地にいようと範囲内であれば容赦なく転送してくるに違いない。
 再びVoidollを壊さない限り、勝機はない。


「――7」
「あー……俺らの負けらしいな?」


 いくらカードの攻撃力が高かろうと、緊急状態のVoidollは移動速度が大幅に上昇する。まず追い付けないし、サーティーンさんでも狙えないでしょうね。
 でも何か、何か考えないと。『紅薔薇の暗殺術 クルエルダー』*2で強制的に引き寄せて『機航師弾 フルーク・ツォイク』*3を当てるのは? ……無理だ、不意でも突かない限り合わせてガードを張ってくるはず。やはり壊し切れない。
 どこも破損していない常のVoidollなら最大出力ともなればステージ全体を覆えるに違いないけれど、現在はそれができていないのが唯一の救いですね。……ならばそれに賭けましょうか。


「――6」
「二手に分かれましょう」
「は……?」


 今この場でとるべき選択は、最悪をけること。
 ならその最悪とは? もちろん、二人ともが転送されてしまうことにほかならない。


「――5」
「あなたは今すぐリスポーン地点リス地へ戻ってください」
「――4」
「んなことしても意味なんて――」
「戻りなさい!!」


 人に怒鳴るなど、一体いつぶりでしょう。それほどまでにあのカタコトマシーンは余裕を奪ってくれました。
 おれの怒声に怯んだサーティーンさんは、しかしすぐに気を取り直してリスポーン地点へと駆け出していった。
 そんなサーティーンさんを追って移動を始めたVoidollとすれ違うようにして反対側へと駆け出す。
 やはりそうきますか……賢い機械め。


「3」


 予想通り、おれではなくサーティーンさんを追放するつもりらしい。
 まあ当たり前ですね、魂をどうこうできるおれがいなければアプリのほうはともかく、この電脳空間のオリジナル#コンパスは成り立たなくなる。
 死者であるジャンヌさんやテスラさんをヒーローとして喚べないだけでなく、バトルのキルによって出た死者をリスポーンさせられなくなりますから。
 頭の足りないおれなんて、また上手いように話して引き留めればいい。


Μη με αφήνειςこっちに来い!」


 振り返って『紅薔薇の暗殺術 クルエルダー』を発動する。
 いくらVoidollでも背後からの不意打ちには対処できなかったらしい。ガードを展開することなく、サーティーンさんを追って遠くにいたVoidollは一瞬でおれの目の前に引き寄せられて転倒した。


「2」


 回り込んで遠くまで『機航師弾 フルーク・ツォイク』で飛ばそう――そう思ったものの、Voidollも必死なのか起き上がる時間すら惜しいと言わんばかりに倒れた体勢のまま浮遊してまた去ろうとするものだから、咄嗟とっさにVoidollの脚を掴む。
 もう! 行かせるわけありません!


「1」


 この位置ではまだギリギリおれたちのリスポーン地点が範囲内かもしれない。
 もっと遠くへやらなければ、もっと、あと少し、もっと、もっと遠くへ!


「おれを追放なさい、Voidoll!」


 平らな靴で力強く床を踏みしめる。遠心力を使ってVoidollを投げ飛ばせば、床に何度かこすれながらもシンプルな白いボディーは最奥さいおうの壁へと向けて飛んでいった。
 普段のバトルならば聞けるはずの「GO!」という転送時の声は聞こえなかった。







脚注


[*1] リブート シーケンス スタート
Voidollのヒーロースキル。発動から八秒後に範囲内にいる敵全員をリスポーン地点に強制送還する。

[*2] 紅薔薇の暗殺術 クルエルダー
木属性の遠距離カード。前方の敵を引き寄せ、ダウンさせる。

[*3] 機航師弾 フルーク・ツォイク
火属性の近距離カード。前方に大ダメージ攻撃を放つ。


(P.17)


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