必
最期に祝福の一つでも贈りましょう。
もともとおれの得意とすることではない上、聖女の誠意を利用してしまったばかりの身ではありますが。
そういえば、おれの背を力強く押して人質から解放したのはジャンヌさんの最期を見せないように、なんてサーティーンさんなりの優しさだったのかもしれませんね。……しんみりしちゃうので考えすぎということにしましょうか。
脱力感に心までも打ちのめされそうになりながら手を伸ばし、季節のわからぬ夜空に無理矢理太陽を昇らせて
逢魔時まで戻す。
夕立の勢いすべてを呑み込んだ雷を一つ落としたのを皮切りに、夕焼けに照らされ一層あかあかとした花が雨のように降り始めた。
赤い花が天から降ることはめでたいことの前触れという考えのもと、どこかの経典では天人が
曼珠沙華を降らせたと記されていましたっけ。
夕立花――
夕立の雨は
喜雨と呼ばれることもありますから、祝福には
相応しいでしょう?
けれど雲間から光の一筋でも差していたならもっと綺麗だったに違いないと思っていると、
鎌鼬が横を通ったのかと錯覚する鋭い冷たさが脇腹を襲った。同時にその衝撃で落下の軌道が大幅に変わる。
それでも落下は続いていたが、浮かぶCポータルキーとすぐ真横ですれ違ったのを目の端で捉えた瞬間、節足は思考を置き去りにしてそこにぶら下がった。慌てておれの少し下方で落下しているサーティーンさんの腕を片手で掴む。
脇腹からは体液が
溢れ落ち、おれとサーティーンさんの体を吊っている節足はメキメキと嫌な音を立てている。けれど痛いなんて言っていられない。
「吐きそう、オエェ」
「危ないところでした。ありがとうございます」
落ちゆくおれを見たサーティーンさんが起こした行動は、アタッカーモードの彼のヒーローアクションである跳躍斬りをおれにお見舞いすることだった。
それは散々嘆いていた、幽霊々というヒーローの一風変わった特性――
味方でも攻撃可能が最も生きた瞬間だった。
空中で押されるように鎌で斬られた体は横方向へと飛ばされ、そこにあったCポータルキーを掴んで九死に一生を得たけれど、サーティーンさんの手もとが少しでも狂っていれば今頃二人仲良く暗闇の腹の中――想像してふるりと身が震えた。
なんとか力を振り絞って二人分の体を持ち上げ、修復が始まった床へと這い戻る。
「思ったよりヤるなぁ?」
「地に足が付いていれば根を張れるんですよ、植物ってのはね」
「なら簡単に吹き飛ばされてんじゃねーぞぉ」
「キヒヒ、一本取られちゃいました」
今まで落ち着いた闘いをしていたのは、奇襲するタイミングを
窺っていただけだったようですね。
このステージは単純なマップ構造であるために、チームプレー一辺倒なバトルが展開されると考えるに違いないと見くびってしまっていた。けれどまといさんたちは上空図と開幕直後の落下ギミックを見て、味方同士が分断されることで助けに行きづらく、個人プレーの比重がそれなりに大きくなることをすぐに見抜いていたのかもしれない。
流石初期組と言わざるを得ませんねえ、闘いにくいです。
「『
恒星間転送装置 Tele-Pass』
*1だなんて、随分なヤンキーデッキじゃないですか」
「……それが綺麗に決まったんだから、大人しくやられてくれてもよかったんじゃないかい?」
話している間にも絶え間ない攻防が続く。これは普段のバトルにおいても珍しいことではない。
まといさんが使用した『恒星間転送装置 Tele-Pass』は強力である代償にクールダウンまでに七十秒を要する重たいカードであり、先ほど使ったのは残り約二分の時だった。
三分間の試合において落下ギミックは開幕、残り二分、残り一分の、一分間隔で計三回発動する。
最後の落下ギミックの時までにクールタイムが明けることはないからきっともう落とされはしないものの、大ダメージを貰ってしまえば当然体は痛んで動きづらくなるし、吹き飛ばされればその間にCポータルキー奪取くらいはされてしまうからやはり『恒星間転送装置 Tele-Pass』復活までに倒しておきたいところですね。
「勝負を仕掛けるなら次の崩落で――ちょいとあんた、そう顔に書いてあるよ」
「おっと! わかりやすすぎましたか」
いよいよ最後の崩落が始まり、床が端から徐々に消えていくのを中央で見ていると見事に言い当てられてしまって、羞恥混じりに笑う。
「あんたたちを穴に落とそうと攻めにいくより、リスクを減らして勝利を狙うために『
恒星間転送装置 Tele-Pass』復活まであたいが引っ込むと思ってたかい?」
Cポータルキーが国境のようにおれたちを分けている。
先ほどは忠臣さんとおれの一対一で向かい合って避難していたが、今回はチーム同士の睨み合いとなった。
おれの調整によって攻撃回避や防御に少しでも気を抜いたら死んでしまうステータスのお二人だから、睨み合いに応じるのは相当なリスクが伴う。避難用のこの足場は立ちくらみでも起こしてしまえば奈落に吸い込まれそうなほどに窮屈だ。ダメージカットカードにももちろんクールタイムはあるし、回避が難しいとなると彼らにとって数秒とはいえ睨み合いは死に直結するとも言える。
ましてや今回はガンナーであるサーティーンさんがおれの隣に立っているから、奈落越しでもいやらしく攻撃ができてしまう。それなのに、自陣へ戻るどころか最前線に残るだなんて。
「一体何をお考えに?」
「なあに、一丁派手に飾ってやろうかと思ってね。さあ、お代は見てのお帰りだよ!」
明朗快活に「ワッショイ!」と掛け声を上げたまといさんがステージの床にドンと置いた物に、顔が自然と青
褪める。
とてもよく見慣れてはいるものの、回避が難しいこの状況でそれを使うのは鬼畜も鬼畜。まといさんが置いたのは『からくりタレット』と呼ばれる回転式砲台だった。
一定時間、付近の敵を無差別に自動攻撃しまくるという、痛いの痛いの飛んでくる機だ。
そんな物が置かれてしまってはおれの膝は号泣しているけれど怖がっているのはおれだけではなく、気丈に見えるまといさんが強がっているらしいことは彼女の指先から見てとれた。
ここで引いて安全を求めてしまえば、おれたちを倒しきることはできないと考えたのかもしれない。それは正しい。
「死中に活を求める――。前線に残った素晴らしい勇気を認めましょう。しかし、おれは思うのです。
退く勇気こそあなたが持つべきものだったと」
「『
機航師弾 フルーク・ツォイク』
*2『
祭りの目玉! ドラゴン花火』
*3『
全天首都防壁 Hum-Sphere LLIK』
*4……あんたがあと一枚を隠していたことと関係あるかい?」
ターゲティングしたおれの胴体へと馬鹿の一つ覚えのように向かってくる砲弾を、なんとか二つに一つは回避する。骨が木っ端微塵になる嫌な音が体内を走るせいで口を開くことができず、ただ笑顔で肯定を表した。
んま、試合前からR指定が入りそうな負傷をしているのに回復カードを一度も出していないとなれば自然と残り一枠を警戒しますよね。
「では、答え合わせといきましょうか」
自らの回復を捨ててまでデッキに搭載した最後の一枚のカードを解く。
“個性”の世界でおれたちを苦しめたブラックホールほどの持続力はない。しかし瞬間的な吸引力なら決して引けをとらない木属性の遠距離カード――『紅薔薇の暗殺術 クルエルダー』
*5が今おれの頭上に展開されているはずだ。
おれは火属性の攻撃カードと水属性の回復カード以外の発動には長けていない。特に火属性の回復カードや水属性の攻撃カードは目も当てられない。
しかし木属性のカード全般は大きな隙ができるわけでもなく平均的な発動時間で済むから、相手にとって瞬時に適切な対処をするのは非常に難しい。
それなのにまといさんは細長い足場の上で忠臣さんを強く押して端に追いやり、自身は反対の端へ移動するという最適な行動を見せた。
『紅薔薇の暗殺術 クルエルダー』が生んだ空気の道がまといさんを襲う。両者の間には床がないというのにこちらへと引き寄せれば、当然彼女は闇へと落ちていった。
まといさんのついでに忠臣さんも巻き込めたならとても理想的だと考えていたのに、最期まで賢いニンゲンでしたね……。
おれたちと違ってデータの体でキルという概念がある以上、戦闘不能状態と見なされるこの落下にはキル判定を与えられる。
早速彼女の魂が
花に引っ掛かった気配を感じて、チロリと出した二股の舌で上唇を濡らせば「キメェ」と横から端的な暴言を投げつけられた。
「そんなこと言って! もう! 蛇の怨みは怖いんですからね!」
蛇のように舌を出してシャーだかジーだか自分でもよくわからない音を出して威嚇のフリをする。本気で怒ったはずもないのに、
狼狽えたサーティーンさんは「洪水は起こさないよな、な?」とハンズアップした手をヒラヒラとさせた。
「もう二度と洪水を起こさないと、
肉なる者に虹を架けてまで誓ってさしあげたのはおれではなく唯一神サマですよ
*6」
どうしよっかなあと悩むそぶりを見せると、彼は動揺しているようだった。
「虹を見る度にその契約を思い起こすようにすると神は律儀に仰ってもいたようですが……虹は雨上がりに出るものですしね、思い出すも何もないのに。そういえばかの英雄テセウス
*7も、つまらない物忘れによって父を亡くしてしまっているくらいです
*8」
彼岸花が水辺に多く見られるのは洪水を防ぐ役割を担っているからだとサーティーンさんはきちんと学んでいるようですね。エラい!
「キヒヒ! そう焦らないでくださいよう。おれはどこぞの短気な神と違って、ただ皆さんの幸福を願っているだけですから! そうでもないと、イヴに果実を勧めはしないでしょう?」
「はっ?」
「はい?」
敵チームは残り忠臣さん一人。ギミックにより崩落していた床は修復されている。おれたちは呑気に会話しているけれど、二対一では隙をつくのも難しいはずだ。
「エデンの園で禁断の果実を食べるようそそのかした蛇って……」
「そそのかしただなんて人聞きの悪い。おれは良いことをしたんです! 自由の楽園だなんて言っておいて、善悪すら知らない脳抜けのまま永久に飼われるなんて幸福ではないでしょう?」
「俺はその時代を生きてねーからわかんねーよ。けど、あれは知恵の実であると同時に死を与える実でもあったと聞いてんぜ」
そういえば禁断の果実がりんごやらブドウやらイチジクやら論争があるんでしたね。ええっと……何でしたっけ?
いかんせん大昔のことだから記憶が曖昧で……。美味しそうに召し上がっていたこと以外覚えていないですね……。
「アダムとイヴがそれを食べなかったら、人間に寿命なんてなかったんじゃねぇの?」
「おれはこの世界を愛しているとは言えませんけれど、この世界がある以上は守りたいと思っているんです。冥界に魂が入ってこないことがどれだけ危険か、死神のあなたならわかるでしょう?」
「人間は増え続け、そして人間以外が消える……。食べるものもなければ土地もない――地獄だな」
「ええ。かつての世界ではアスクレピオス
*9様という名医が死者を冥界から取り戻していたこともありました」
サーティーンさんがわずかに目を見開く。
あの頃に死神がいたらさぞてんやわんやの事態だっただろうと考えると、少し面白くてクスクスと笑いが漏れた。
「それで、どうなったんだ?」
「未来を憂いたゼウス様によって殺されました。
*10人間には――いえ、神にすら死は必要なのです」
世界を壊さないために。
それに、いつかの死は
生を潤す。それは幸福を生む。
「お前のやってる事はそのアスなんちゃらと変わんねー気ィするけどな」
「アスクレピオス様による蘇生は医術なのでその普及は我々が憂う未来に繋がりかねませんが、魂を引っ掛けるのはおれにしかできない方法ですから、個人の範囲で済むのですよ」
実際、ハデス様も冥界から帰すことを許可することもありますしね! 個人の範囲ってのは、馬鹿馬鹿しいようで意外と重要なものですよ。
自身の眼球を
瞼の上から撫でると、眼球の熱がじんわりと指先を焼いた。
「でもよ、果実を食っちまったことを問い詰められたアダムは、勧めてきたイヴのせいだっつって、イヴは勧めてきた蛇のせいだって責任転嫁しただろ?」
「ええ、まぁ」
「それが“罪”ってもんの始まりなわけだ。お前は幸福だ幸福だ言うわりに、罪を背負わせてんだぜ?」
「善悪を知らずして幸福は認識できません。無知に比べたら死も罪も些細なことでしょう」
目を細めて笑い掛ける。サーティーンさんは「ま、そんな目玉になる理由がわかったからいいけどよ」とだけ言って、それ以上何か言い返してくることはなかった。
話し込んでしまったせいで残り時間はわずかだ。忠臣さんにどうするかと尋ねると、彼は刀剣を自らの腹に刺した。
おや、最期まで立ち向かって散っていくと思っていたのに! あなたの潔さはおれの想像以上だったみたいですね。
「守る民のいない世界に存在意義はない。迷いの生じた刀剣に光はない」
データである彼の体からは血の代わりに小さなキューブがぽろぽろと崩れ落ちるだけだ。
ここに至るまでのおれやサーティーンさん、ルチアーノさんの話を受けて、忠臣さんのなかで考えるところがあったのかもしれませんね。民の意見を戯れ言だと切り捨てないなんて、立派な総帥ですねえ。やはり、ニンゲンに果実を与えたことは失敗ではありませんでした。
満足感で肺を膨らませ、痛みによる苦痛を早いところなくしてあげるために『機航師弾 フルーク・ツォイク』を放つ。彼の目におれへの軽蔑はなかった。
「――バトル終了です」
無機質な音声が、おれとサーティーンさんだけのフィールドに響く。
勝利の実感がジワジワと足裏の神経から上がってきて、ふるりと小さく身を震わせた。
しかし、喜びも束の間。
余韻に浸らせまいと言うように割り込んできたここで聞くはずのない合成音声に、おれたちの体はメドゥーサ
*11を見てしまったニンゲンのように固まることとなった。
「クウカンテンイソウチ サイダイシュツリョクデ キドウシマス」
脚注
[*1] 恒星間転送装置 Tele-Pass水属性の移動カード。最寄りの敵の背後へと瞬間移動する。
↑[*2] 機航師弾 フルーク・ツォイク火属性の近距離カード。前方に大ダメージ攻撃を放つ。
↑[*3] 祭りの目玉! ドラゴン花火火属性の罠カード。踏むと爆発し、大ダメージを与える。
↑[*4] 全天首都防壁 Hum-Sphere LLIK木属性の防御カード。六秒間完全ダメージカットするシールドを生成する。
↑[*5] 紅薔薇の暗殺術 クルエルダー木属性の遠距離カード。前方の敵を引き寄せ、ダウンさせる。
↑[*6] 大洪水の誓い旧約聖書『創世記』の洪水物語。神は雨を降らし地上の生き物を一掃するための洪水を起こすことを計画するが、正しい人間であったノアには助言をする。それにより造った方舟に乗ったノアとその親戚、そしてすべての動物一対は洪水を乗り越えた。神は二度と洪水によって生命を絶やすことをしないと誓い、その契約の印として虹をかけた。
↑[*7] テセウスギリシア神話の英雄。父はアテナイの王アイゲウス。
↑[*8] 誤解の死ミノタウロス討伐のためにテセウスが乗った船の帆は黒かったが、生き延びた場合は白帆で帰還することをテセウスとアイゲウスは約束した。しかし約束を忘れてしまっていたために黒帆で帰り、その船を見たアイゲウスは絶望し海に身を投げた。エーゲ海の名前の由来。
↑[*9] アスクレピオスギリシア神話の医神。父はオリュンポス十二神の一柱であるアポロン。医学に優れ、メドゥーサの血を得た後はそれを用いて死者の蘇生を行った。WHO(世界保健機関)のロゴにはアスクレピオスの杖が描かれている。
↑[*10] アスクレピオスへの罰アスクレピオスの行う蘇生によって世界の秩序が崩されていくことに冥界の王ハデスが怒り、それを聞き入れた神々の王ゼウスはアスクレピオスに雷を落として殺した。しかし医学の功績は認められ、神の一員としてへびつかい座になった。
出来のいい息子を殺されたアポロンはブチ切れたものの、神々の王であり自身の父親のゼウスに逆らうことはできなかったため、ゼウスに雷霆を贈った巨人たちを八つ当たりで殺した。なおゼウスにバレて超怒られている。アポロンは理性の神ともされていることから芸術の分野では静観的作品を『アポロン的(アポロ的)』、激情的作品を『デュオニソス的』と言うが、少なくともこのストーリーのアポロンはデュオニソス的な神である。↑[*11] メドゥーサギリシア神話の怪物。処女神であるアテーナーの神殿にて海神ポセイドンと交わってしまったため、醜い姿に変えられた。毒蛇の頭髪を持ち、見る者を石に変えてしまう。アテーナーは戦神でもあり、アテーナーから助力を受けた英雄ペルセウスによって討伐された。
↑
(P.16)