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数多くいたヒーローたちも、今や忠臣さんとまといさんだけになっている。
なぜおれたちがこんな行動を起こしたのか誰にも言っていないことを思い出して、なるほど抵抗されるわけだと一人納得する。
戦争のために利用されていそうだから#コンパスを解体しませんか。そう持ち掛けたら話し合えたかもしれない。そうなればVoidollや納得できないヒーローたちに邪魔をされそうですが。
結果としてはこれでよかったのかもしれませんが、話し合いを失念しているなんて周りが見えなくなってしまっていましたねえ。今となっては口下手なおれでは説得できないどころか、もう耳も貸してもらえないでしょう。
「なぜルチアーノを殺した。奴がいれば人数で優勢をとれただろうに」
「缶ジュースの炭酸も抜けきらぬ間のじゃれ合いでした。ここで皆さんと過ごした時間は弾けるようで、おれは刺激的なまま幕を引きたいのです」
こんなに強引な行動を起こしているのに説得力はないかもしれないけれど、おれは忠臣さんたちの立場が正義でないと思っているわけではない。ええ、本当に。「回りくどい言い方はよしておくれよ」まといさんは肩をすくめた。
「……望みを申せ」
「いつものように、試合形式で闘いましょう。決闘というやつです。少々、やり方は汚いですがね?」
幸福な日々を完全に過去のものとし変革を望むのならば、矛盾しているように聞こえるが、それらをくずかごへと捨ててはならない。
己の手で変えるその幸福だった日々をいつか蔑む自分にならないように気をつけなければならない。
忠臣さん、まといさん。そしてここにはもういないヒーローの皆さん。あなた方と過ごした時間は決して汚点となることのない尊ぶべきものとなっているんですよ。
だからこそ、幸福な日々の中央に存在していたバトルによってすべてを終わらせるべきでしょう。
「この日のためにステージを準備していたんです。きっと楽しんでいただけますよ」
ステージの上空図が投影されたゲートを互いの前に作成する。
早速足を踏み入れようとするおれを止めたまといさんは立ち入り禁止エリアを指差して説明を求めてきた。ショベルカーや鉄骨などが放置されているそこは、面積の半分近くをも占めている。
「このステージは仮に『工事現場』とでも呼んでおきましょうか。作る創る造る……“つくる”という行為はとても重要です。しかしそれは破壊と紙一重、運命を決するコインよりも厚みのないもの……。いずれ大きな災禍をもたらす
#コンパスを破壊するおれたちと、変わらぬ日常をつくり続けたいあなた方が勝負するには良い場所でしょう?」
おれの目を見るのがそんなに居心地が悪いのか、二人はすぐにゲートへと視線を移動させる。
おれと同じ有毒植物でも、
水仙*1のように美しい外見だったのなら、きっとこうはならないのでしょうね。
「この工事は、作っているのか破壊しているのか……。勝敗をもってして決めようではありませんか」
地獄の炎のように真っ赤な髪を、蜜のような黄色へとカラーチェンジさせる。サーティーンさんまでもが可笑しな表情でおれを見てきていた。
それも仕方がありませんね。データの体ならばコスチュームシステムで髪色や服装を簡単に変えられるけれど、これは生身ですし。
鍾馗水仙――水仙とついてはいるけれど、水仙ではなく黄色い彼岸花の呼び名だ。
だからこうして黄色くしたところでナルキッソスよろしく美しい見た目になるわけでもない。それでも、多少美しくなった気分になることならできる。
そういえばニンゲンは黄色いおれのことを過去に想いを馳せて偲ぶ存在としていましたっけ。
「安心してくださいね。データではないおれたちを戦闘不能にできるギミックがちゃんとありますから」
ゲートにとっぷりと体を飲み込ませると、次に目を開けた時にはスポーン地点に立っていた。おれたちは赤チームらしい。つまりはAとBが敵陣で、DとEが自陣になる。
隣のサーティーンさんと目が合う。もともと三対三の通常バトルとは別に二対二のモードも存在するけれど、やはり味方が一人しかいないのはどうにも慣れない。
「人生を殺すな、生を殺しなさい――だろ?」
「はい。
何人たりとも他人から尊厳を奪ってはなりません。幸福のなかで命を燃やし尽くすのです」
バトル開始までのカウントダウンがゼロになったのを合図に、スポーン地点から飛び出して、最寄りのEポータルキーを制圧する。
一陣をスプリンターが制圧することなど通常あり得ないことだ。けれど、このステージに限り、そうでなくてはならない。
なぜなら――
「オイオイ、なんつーステージだよ!?」
サーティーンさんにも言っていなかったこのステージの特殊ギミック――それはB、C、Dポータルキーが一直線に並ぶ通路の床が一定時間ごとに
崩落するというもの。
開幕直後に一度目の崩落が訪れるため、崩落通路ではない一陣を落ち着いて制圧し、床が修復されるまでの間はヒーロースキルを貯めるのがこのステージの開幕後の基本的な立ち回りとなる。
例外としては、床の崩落は通路端のB、Dポータルキーから始まるため『どこにでもいけるドア』
*2の発動カット
*3をすることで中央のCポータルキーを制圧し、崩落までにその横にある避難用の足場へと行くことができる。
しかし残念ながら今回は『どこにでもいけるドア』を持ってきていないし、持ってきていたとしてもおれはギリギリでいつも生きていたいリアルなフェイスではないから想定された通常の立ち回りでバトルは幕を開けた。
データの体ではないおれたちを戦闘不能にできるギミックこそ、この崩落床であることにまといさんたちは気づいたはずだ。
「……俺らが落ちたらどーなんだ?」
「キヒヒ。
底は作っていないんですよ」
「つまりは永遠に――」
「祈り続けていればあなたには羽が授けられるでしょうね。元天使さん」
おれは駄目でしょうけど。
真っ黒な穴をただの怖い夢だとでも慰めるように修復が始まった床へとダッシュジャンプして乗り上げて、そのままCポータルキーへと走りいち早く制圧する。
そこからは普段通りの戦闘だった。一つ違うのは忠臣さんたちは無茶な特攻をしてくることが一度もなく、持ち前の戦闘経験を存分に活かして安全な試合運びをしてくることだ。
派手さには少し欠けますが、キルされたらその時点で復活が望めないのですから死なない立ち回りは一番大切ですね。
「しかしそれではポータルキーを奪えませんよ?」
このゲームは敵をより多くキルしたチームが勝つのではない。試合終了時にポータルキーを多く制圧していたチームが勝つのだ。
どうしてもキルという行為の見映えが良いから観客のいるバトルでは盛り上げるためにとにかく敵とぶつかり合うけれど、勝利だけを見るなら攻め時と護り時のオンオフをきちんと分けなければならない。
しかしキルを怖れるあまり、攻め時を作れていないのが敵チームの現状だ。
二回目の崩落が始まり、中央のCポータルキーを挟む形で二箇所ある小さな足場へと避難を済ませる。向かいには忠臣さんがいた。
こんなに狭い所で敵と同じ足場へと逃げてしまったら、それこそ殺るか殺られるかの二つに一つが強制的に決まるようなもの。こちらに避難してよかったですね……。
遠距離攻撃なら向かいにいても届くけれど、幸い忠臣さんは近距離攻撃のカードにバフを持つ純アタッカーのヒーローだから遠距離の心配はしなくてもいいはず――そんな束の間の
安堵はいとも
容易く葬られた。
「な……」
Cポータルキー越しの睨み合いが続くなか、殺気と呼ぶに
相応しい気配が突如真後ろに現れた。
慌てて振り返ると、ここにいるはずのないまといさんが歯を見せて笑っている。
マズい。脳は一瞬にしてこれから起こることを察して、実際にその通り彼女の頭上に『機航師弾 フルーク・ツォイク』
*4が展開される。
驚きの声も上げきれないまま視界は逆さまになった。
爆ぜ飛ばされて空中に投げ出された体は上空で弧を描いていき、海にぼうっと浮かんで果てない深海を背に感じている時のように今は暗い暗い穴を感じている。
サーティーンさんがおれの名前を叫んでいるのを聞きながら、『恒星間転送装置 Tele-Pass』
*5を使用した奇襲を受けてしまったのだろうと冷静な頭で考えた。
枯れることもできずこのまま永遠に堕ち続けるのは――
「嫌、だなあ……」
いやにゆっくりと感じる世界でぼんやりとステージの星空を見つめる。かつての神や英雄たちは星となっているけれど、どれが誰かだなんて正直わからない。
しかしその輝きは己の中に溶け入っている最も美しい波の光を懐古させると同時に、世を嘆き悲しむ涙が光っているようにも見えた。
――星乙女
*6様、おれが間違っていたのでしょうか。
決闘に負けるとはそういうことだ。
この工事は
つくるものだった。
……恨みなどしませんよ。これが皆の正しい幸福ならばそれを受け入れることがおれの幸福のはずでしょうしね。
今すぐには受け入れ難いけれど、問題はありません。
自分に言い聞かせるための時間はこれから狂うほど与えられるのですから。
脚注
[*1] ナルキッソスギリシア神話の青年。非常に美しい外見を持つ。水面に映る己に恋し充たされない想いにやつれ死ぬと、そこに水仙が咲いた。ナルシストの語源。
↑[*2] どこにでもいけるドア木属性の移動カード。前方のポータルキーへ瞬間移動する。
↑[*3] 発動カット展開から発動までが高速なカードと立て続けに出すことで、本来発動するまでに時間が掛かるカードも素早く発動できる小技。
↑[*4] 機航師弾 フルーク・ツォイク火属性の近距離カード。前方に大ダメージ攻撃を放つ。
↑[*5] 恒星間転送装置 Tele-Pass水属性の移動カード。最寄りの敵の背後へと瞬間移動する。
↑[*6] 星乙女ギリシア神話の女神、アストライアーの愛称。神々が荒んだ人間たちを見限って天界へ帰るなかで唯一地上に残って人間を信じようとしたものの、悪化する欲望や戦争に絶望して地上を去った。アストライアーはおとめ座となり、アストライアーが持っていた天秤はてんびん座となった。
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(P.15)