ド 


 Re:(学びが)ゼロでも終わらぬ肉体生活。
 張ったばかりのピカピカなシールドが木っ端微塵になっていく様を激痛のなかで見る。テスラさんを拘束したおれを襲ったのは、彼が展開した『反導砲 カノーネ・ファイエル』*1によるガードブレイク攻撃だった。
 さっきまといさん相手にさよなら天さんをしたってのにおれって奴はまた、またっ……! 学習能力ないなぁ。
 でも今回のミスは前回よりも許されたいのですがどうでしょうか。
 だってテスラさんは近距離カードの発動がワーストレベルで遅くて、『反導砲 カノーネ・ファイエル』のカードが頭上に見えてからでもけようと思えばけられる。
 それなのにまさか近距離カードをデッキに積んでいるなんて、誰が予想できるでしょうか!
 ダッシュの勢いのまま節足を刺すことで相手を短時間拘束する代わりに自身も相手からはすぐには離れられないポンコツの話は置いておくとして、けれどだからこそその思い込みを利用して『反導砲 カノーネ・ファイエル』を積む型は存在している。
 スプリンター同士の初手Cポータルキーへの駆けっこ勝負になるマップにて、わざと少し出遅れることで相手にポータルキーを制圧させる。しかしその直後、ポータルキー制圧中の無防備の時間を対策して事前にシールドを張っていた相手へと『反導砲 カノーネ・ファイエル』をぶちかまし、秒速キルからのポータルキー奪取という地獄みたいな開幕を演出するのだ。
 それはアプリで遊ぶニンゲンたちの大会等で稀に見られたもので、なるほどテスラさんはそれを学習したのでしょう。
 イタズラ好きのテスラさんをリスペクトした面白い立ち回りでおれは好きだけれど、たった今やられた側としては堪ったものじゃありませんね。


「にひひっ……誤差の範囲……とは言えないね……」
「おれとてやられっぱなしではいられませんから」


 這ったままずるずると何かもわからない臓器を引きずるおれの前方には、先ほど立っていた場所よりもはるかに遠い位置まで後退したテスラさんがいる。
 ガードブレイクされる直前、テスラさんへと身を寄せて刺さりを深くした節足を折り曲げることで、吹き飛ばされて自然と節足が抜ける際に彼の体につっかえて体をえぐる形になった。
 もちろん生身であるおれとは違って年齢制限が掛かりそうな見た目にはなっていないけれど、ライフゲージを表示させていたのならきっとほとんど空っぽになっていることでしょう。警戒して距離をとったのがいい証拠ですね。


「あっちゃー、ボクの負けだよ」
「ええ、そうですねえ」


 テスラさんの降参は、決して投げやりになったものではない。
 ガンナーであるルチアーノさんが武器を構えているこの状況で距離をとってしまうことはチェックメイトを意味している。


「ボクのイタズラ、最後まで楽しんでってよね」


 銃声が響く。
 試合で彼に倒される度に「ボクの方が可愛いって証明だね?」なんて言われていたけれど、いざ倒される側になっても最期までテスラさんは可愛く愉しげに笑っていた。


「無事か」
「いえ全く……」
「どうしたらいい?」
「内臓を正しい位置に戻してもらえるだけでもなんとか……」


 ずるずると這っていた体を仰向けに変えるのはとても大変だった。
 永久に地を這っていろとおれに罰を与えた神よ、満足ですか。*2
 勉強をすると言っておいてサボり中に母親が部屋をノックしてきた中学生の片付けの如く、とりあえず体内に詰め込んだだけのそれらをルチアーノさんに見せる。
 彼は呆れた様子ではあったものの手袋越しに手際よく済ませると、おれの手を取って立ち上がらせてくれた。


「……本当に生物なのか?」
「おれにとって此岸しがんと彼岸というのはただの場所の区別でしかありません。ですが多くの生物にとっては、生者の地と死者の地という区別になります。そういう前提で見るならば、彼岸で生まれたおれは命ある存在ではないでしょうね」
「生の反対が死であるという前提ならどうだ」
「おれには死というものがありません。いえ、正確にはあるのですが非常に難しいので無いに等しいんですよ。だからその前提でもおれは生を得ていないのでしょうね」


 ルチアーノさんのイケオジな顔面に困惑のしわが寄る。見かねたサーティーンさんが「そいつは」と口を開いた。


「精霊だ。ただその言葉もしっくりくるかと言われたらビミョーなトコだし、俺も把握しきれちゃいない」
「でも彼岸花なのだろう? 生物のなかの植物という分類ではないのか」
「アー……っと、植物ってーのは人間が言うとこの“細胞”みたいな……」


 不安なのか、チラチラと視線を寄越すサーティーンさんにサムズアップを返す。「勉強家なんですねえ!」と言えば「うるせえ」と一蹴いっしゅうされてしまった。
 百年というまどろめば一瞬で過ぎてしまうような時間すら、ヒーローたちは生きていない。
 ニンゲンは成長があまりに早い。まるで一本の映画を観ているかのように、昨日きのうは子供で今日は大人で、三日後は老人、そして一週間後にはもう墓土に眠っている。
 ――んま、ニンゲンに必ず死が訪れるようになったのはおれが原因ではあるんですけどね。*3
 はて、ニンゲンと関わりを持つことは一本の安いゲームを買うような感覚だと、誰が言っていたでしょうか。昔のおれだったかもしれないし、誰も言っていなかったかもしれない。それくらいヒトとは短命な生物であるのだ。
 一方でニンゲンは花を短命だと言う。花に関連する名を付けると短命の運命を背負わせることになる、なんて迷信すらある。
 たしかに花は枯れる。萎む。舞う。落ちる。散る。
 しかしサーティーンさんが説明したように、植物とはあくまで“細胞”のようなもの……。それらの成長は新陳代謝とでも呼んでおくとわかりやすいでしょうか。


「なるほど。つまりは彼岸花を絶やせば霊々が消えるということだな? たしかに、非常に難しい」
「殺し屋の癖ですか? 殺し方を考えるのはやめてください?」
「そーゆーこった。仮に此岸しがんのを絶やせてもこいつの本域である彼岸には比べ物にならねぇ数があんだよ。荒らしているうちに花に喰われるか毒でやられるか、上手くいっても引っ掛かっていた死者の魂まで壊すことになっちまうから手が出せねぇ」
「あの、だから殺し方会議はやめてください?」


 けれど、会話の間に体調はかなり良くなってきていたので二人には感謝をしないといけませんね。


「……知りたいことも知れた。約束もここまでだったな」
「はい、ヒーローたちが残り二人になるまでご助力ありがとうございました」
「構わない。私自身のためだ」


 棺を一撫でしたルチアーノさんの顔にはまさに愛情と呼ぶべきものが宿っていた。
 彼の魂を元の世界に戻すのではなく、門番でしかないおれが命を奪う上、裁判を通さず奥様のところへやるという契約を勝手に結んだことに不満げであったサーティーンさんだが、見た目には似合わず繊細な彼のことだ、それを見てしまってはもう何も言えまい。


「私を殺すに値したのは人間ではなく精霊だったか……」
「これからは束の間とは言わず、この世界が終わるまで奥様と幸せにお過ごしください」
「ああ、そうしよう」


 試合を熱く盛り上げるため、試合中にヒーローそれぞれがアピールをすることがある。まあ簡単に言ってしまうと“煽り合い”。観客はそれを見るのがとても面白いらしい。
 そこでルチアーノさんが言う挑発文句こそ、「お前は私を殺すに値する人間か?」というもの。シビれますねえ。
 ちなみにジャンヌさんは「痛みでは私を退けることはできません!」という挑発と言うよりも清々しい自信の表れであるのに対して、サーティーンさんは「お前大丈夫かぁ? ちゃんとココ、入ってるぅ?」とド畜生に貶してくるのでメンタル次第では戦闘不能になります。
『えーん! ボイえも〜ん! サティアンがいじめてくるよぉ〜〜!』と管理役のVoidollに泣きつこうとしたことが何度あったかわからないけれど、VoidollもVoidollで「アナタ、シニタインデスヨネ?」という台詞がプログラミングされているクソ煽り厨ロボットなので頼りになるはずもありません。


「次は彼岸でお会いしましょう」
「ああ、感謝する」


 微笑むルチアーノさんの前に立つ。いつも通り『機航師弾 フルーク・ツォイク』*4で一思いに送ってしまおうかと思って、けれど壮絶な人生を送ってもなお愛する妻を想い、その幸福を考え続けていたルチアーノという男には特別な敬意を手向けるべきだろう、とそれは行動にはならなかった。
 キヒヒ、おれ自身の手で送らせていただきましょう!
 それに天上で幸福に暮らす彼を正しい場所まで引きずり落とす真面目なやからがいないとも限りませんから、彼の魂にはおれの印をつけて手出しさせないようにするべきでしたね!


「おみなさい」


 首に四つあるホクロのように小さな黒い眼球のうち一つを節足でほじくり出して、ルチアーノさんの口内へと入れる。たとえ彼がデータの体であろうとも、魂そのものにマーキングするのだから関係ない。
 躊躇ためらわずに上下した喉仏にニンマリと笑う。えぐった首から流れ出る血が白い襟をすっかり濡らす頃には、味方はサーティーンさんだけとなっていた。


「……今の何だ?」
黄泉戸喫よもつへぐいですよ」
「黄泉のものを喰うってやつだよな。でもそれって黄泉のものを食べたら黄泉の住人と見なされて現世に戻れなくなるってやつじゃねェのか」
「それは『同じ釜の飯を食べて仲間だと認め合う』という共食信仰から来た可愛い想像ですね。大きく外れているわけではありませんが、それでは無差別すぎますよ」
「……まァ、行き来が不可能なら俺やお前がここにいれてる意味がわかんねぇわな」
「はい。本当の黄泉戸喫よもつへぐいと呼ばれる行為は、特別な力や手段を用いて生んだ黄泉のものを食べさせることによって『この魂を管理しています』と知らせるただの首輪付けなんですよ。誰にでもできることではありませんし、意識せずできることでもありません」


 トレーナーの相棒にボールを投げたら『ひとのものをとったらどろぼう!』って言われるのと同じ感じですね。
 イザナミ*5様は黄泉戸喫よもつへぐいをしたが帰りたくなってヨモツカミ*6様に相談したというエピソードがあるけれど、彼女はただ黄泉のものを食べたというだけ。
 帰れないというのは彼女の思い込みで帰ろうと思えば帰れたはずだし、おれのところまで戻ってこられたのならイイヨーと通したかもしれないけれど、本当に帰れないようになっていたのならヨモツカミ様からイザナミ様へ黄泉戸喫よもつへぐいが行われていたということになるのでしょう。


「どうやら天使への教育は十分ではないようですね」


 天使として生き、今は死神となった彼が知らなかったことに驚いてしまった。
 生まれながらに賛美歌を歌える天使でも、知らないことはあるんですね。教えてあげるくらいいいでしょうに。
 

「オンリーワンの精霊サンと違って、大量生産品だからなァ」


 けらけらと笑うサーティーンさんの背中に白い翼はない。
 大勢いるなら、それだけ多くの幸せがそこに存在できますね。幸せにし合うことができますね。幸せを分かつことができますね。
 それはきっと素晴らしいことだろうと考えていたのに「残念ながら」と面白おかしい様子で付け加えたサーティーンさんに首を傾げると、彼はシニカルに笑ったように見えた。







脚注


[*1] 反導砲 カノーネ・ファイエル
水属性の近距離カード。敵のシールドを割り、破壊成功時に大ダメージを与える。

[*2] 蛇への罰
旧約聖書『創世記』の物語。エデンの園にあった善悪の知識の樹の実は食べると善悪の知識を得られる代わりに死ぬため食べることを禁じられていたが、神の教えに背かせようとする蛇にそそのかされイヴはそれを食べ、イヴの勧めでアダムも食べた。その事を知った神は、蛇に地を這いずらせる呪いを掛けた。蛇に脚が無いことの起源とされている。

[*3] エデンの園を追放された人間
旧約聖書『創世記』の物語。エデンの園には善悪の知識の樹以外に、生命の樹と呼ばれるものがある。生命の樹の実を食べると永遠の命が得られ、善悪の知識の樹の実と生命の樹の実を両方食べると神に等しい存在となる。生命の樹の実までをも人間に食べられると自身の地位が脅かされるため、神はアダムとイヴをエデンの園から追放した。これにより生命の樹の実を食べることができなくなった二人は永遠の命を得られず、食べると死ぬ善悪の知識の樹の実だけを食べていたことで人間は必ず死ぬ運命となった。

[*4] 機航師弾 フルーク・ツォイク
火属性の近距離カード。前方に大ダメージ攻撃を放つ。

[*5] イザナミ
日本神話の女神。火の神を産んで亡くなった。

[*6] ヨモツカミ
日本神話の神。黄泉の国を支配している。


(P.14)


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