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「……ジャスティスとヴィオレッタがいない」
前線を張るヒーローたちとサーティーンさんとの激しいチャンバラが行われているなか呟いたのはマルコスさんだった。
もう前に出るなと言わんばかりに最後列まで下げてもらえたのはとてもありがたい。コクリコさんも耐久力が低めなスプリンターだからか、おれと同じく最後列で守られている。
彼女の意識を奪って操っている悪魔と目が合って、口もとだけでニッコリと笑った。
「リリカさんは?」
姿が見えない魔法少女の所在を訊くと、「リリカはここだよ」と彼女はひょっこりと顔を出した。「へえ……そこにいたんですねえ」おれの所からは長身のマルコスさんに隠れて見えなかっただけらしい。
顎に手を当てて悩むマルコスさんは容姿パワーで素晴らしく様になっているけれど、「リリカちゃん気をつけてね」と付け足したあたりが彼らしい。我が身だけが可愛いとなってもおかしくないこの状況でその言葉は、彼にとってリリカさんが本当に大切に想っている存在なのだと再認識させられた。
マリア様とアダムさん、メグメグさんのヒーローアクションによってサーティーンさんは非常に戦いづらそうだ。
避けに徹しているおかげかまだ被弾してはいないものの、戦いが長引くほどヒーローたちに光が当たってくるに違いありません。
「これは時間の問題ですねえ」
「ああ、心配するな」
グスタフさんのマスク越しのくぐもった声がおれを励ます。
タンクがグスタフさんだけになってしまったからか、彼は前線から引いて控えのヒーローたちを守りにやってきてくれた。優しくて、そしてロールのやるべきことをしっかりわかっている素晴らしい方です!
でもごめんなさい。
「少しばかり立場を履き違えていらっしゃるかもしれません」
「……何?」
目の前にいるのは、防御倍率・体力倍率ともに最高値1.50のステータスを持つ最硬のタンク。攻撃倍率が2.00のおれとて、普通ならチームのレベル差がないと大ダメージカードを切っても一撃では仕留められない。
ええ、普通なら!
「――ボクらの愛の強さを見せてやろう」
突如禍々しい空気に変わったコクリコさんに、誰もが動きを止めて彼女を見る。コクリコさんのヒーロースキル『インフェルノ シュリーカー』は彼女を中心とした範囲内の敵の攻撃力・防御力・移動速度を大幅に下方させるというとんでもないデバフ能力だ。
「お前たち、まさか……」
移動速度が九十パーセントも落とされている状態では逃げても無駄だということを試合経験で知っているのか、グスタフさんは一歩も動かずにおれを睨んでいる。
なんて怖いんでしょう……。ですが時間を無駄にしてはいられません。
「あなたの生を預かります」
節足で串刺した彼の体に『機航師弾 フルーク・ツォイク』
*1を浴びせれば、彼はキル判定となって消えていった。
ごめんなさい、グスタフさん。おれはサーティーンさんとは違って魂を送る術は持っていませんから殺さないとなんです。後であなたの魂はちゃーんと元の世界へ返して差し上げますからね。今は生を預かります。
「ばあっ」
「キャッ!」
コクリコさんのヒーロースキルの時間が終わってしまう前に、と急いでリリカさんたちの目の前まで移動する。彼女を守ろうとするもコクリコさんのデバフのせいで思うように動けていないマルコスさん共々節足で串刺して拘束し、彼らの足もとに『祭りの目玉! ドラゴン花火』
*2を置けば、踏むしかないそれによって二人は爆煙に呑まれた。
「……やっぱりキミだったんだね、霊々」
「わあ、生きていらっしゃったんですね!」
煙が晴れた向こうにはマルコスさんと、なぜかテスラさんが立っている。リリカさんだけは苦しませずにすぐにキルをとれたらしい。
ニンゲンは事あるごとに『リア充爆発しろ』と言っていたから爆発してみたけれどなかなかに難しいようですね。
……あれれ、少し古い? 今は【爆破してみた】的な実験動画の時代でしょうか? それはアウト? ウ〜ム、細かいことはいいでしょう、現場からの報告は以上です!
「危ない……罠カードを目の前で置くなんて考えてもなかったよぉ……」
「テスラさんは驚かせることが大好きですもんね」
テスラさんの周りにはシールドが生成されている。見たところ、テスラさんが
咄嗟にマルコスさんの壁になったようですね。
発動の速さと継続時間から見るに、あのシールドは『楽団姫 ディーバ』
*3でしょうか。あちゃ、結構厄介なことをされてしまいました。
眉尻を下げていると、パーカーの長い袖をゆらゆらと揺らしていたマルコスさんが口を開いた。普段よりも幾分か低いその声に、背中に物差しを入れられた気分になる。
「サーティーンに注目が集まっているなか消えたジャスティスとヴィオレッタ……。最後列にいてなおかつ攻撃力の高い霊々かコクリコが怪しかったけど、どちらかがやったならもう一方が気づくから思い過ごしだと思ってたのに……まさかコクリコまでグルだったなんてね」
「キヒヒ! サーティーンさんが激しいチャンバラをしてくださったおかげで、おれたち二人とも気づかれないうちに倒せたんです!」
「人質の時とか結構上手い芝居だったよ、騙されたしー。ネタバラシのついでにコクリコとの繋がりを教えてくんない?」
「仲良しだから、じゃ駄目なんですか?」
「ボクも喜んで協力しているわけじゃない」
「もう、悪魔さんってばー!」
ぷんぷんと頬を膨らませて、冷たいことを言った悪魔さんを怒る。
手を取り合った仲なのだからそんなこと言わなくてもいいでしょう?
「へぇ……なるほど。悪魔は霊々に脅されてるってわけ?」
「冥府の入り口には川があり、現世を離れた魂はそこを渡らねばならない。マルコス、貴様はこの赤髪が何であるかわかっているな?」
「彼岸花でしょ?」
「フン……その川辺を埋め尽くすように咲いているのがコイツだ。蜘蛛脚のような花に魂を引っ掻けて選別する――つまり門番だな」
「でもキミは悪魔だ。霊々にどうこうできるとは思えない」
「このゲームが、キルの度に本当に死んでいるとは知らなかっただろう?」
「何だって?」
なんてこったい、おれだけ
蚊帳の外! 二人だけで盛り上がらないでくださいよ、もうっ!
「花に引っ掛かったヒーローの魂を冥府へと通さず、再構成されたデータの体に戻しているのだ。死神サーティーンが#コンパスに来たのは霊々の行いによって魂の帳簿が合わなかったからだろう」
「事情はわかったよ。つまりキミは……コクリコが人質にとられているってことだね?」
随分と酷い言い方ですねえ。おれは悪魔さんに対してコの字も出していないんですよ?
賢い悪魔さんなら協力してくれるだろうなあと思って勉強会へお菓子を差し入れる傍らお誘いしたら快く了承してくれただけなのに。
「諦めろマルコス。ソイツは地上の者とは死が異なる。仮に絶やせても、今ソイツの手中にあるヒーローたちの魂が元の世界に帰れず冥府へ流れるだけだ……。キサマの愛するリリカという娘もな」
「ふーん……。霊々さ、キミってほんと性格悪い奴なんじゃん」
「まさか! おれは皆さんの幸福をいつだって心から願っているのに。戦争と戦争の間にあるのが平和ではなく、平和と平和と平和な世界にしたいんです! 皆さんが笑い合い、認め合い、励まし合い、未知への探求を続ける日々以上に尊いものがあると思いますか? 幸福は今や目指すもののように思われていますが、違うんですよ。んもう困ってしまいます、どうしてニンゲンはそんなに卑屈なんでしょう。幸福は権利なんかじゃありません、義務なんです。誰もが幸福であるべきだと誰もが本当は知っているのに、どうしてか誰もが義務であると言い換えないんです! 義務であると知れば、幸福以外が無くせるのに」
「……あー、そーだね。うん、ヤバい奴かも。でももういーや。ここにはリリカちゃんいないし」
賢くて素早くて強くて格好いいマルコスさんが理解を示してくださったなんて! とても嬉しいですね。ハイスペックニートさんから本気の説得を受けてしまったら、おれの決意なんてすぐに揺らいでしまうやもしれませんでしたから。
『機航師弾 フルーク・ツォイク』のクールタイムも上がりましたし、今なら多少のダメージを受けているマルコスさんのことは一瞬でキルできるはずです。
「幸福を信じきっている奴が一番厄介なんだよ」
「痛いのは一瞬だけですからねっ……! 頑張ってください!」
「話が通じないんだもん。時間も体力もムダムダ〜」
「マルコスさん、あなたの生を預かります」
今度こそテスラさんに邪魔されずに、オレンジパーカーの彼を綺麗さっぱり消し去る。
そういえばマルコスさんは撃破されてリスポーンする時に「死んでなかった!」なんて驚いたように溢す時があるけれど、悪魔さんの話をあっさり信じたこともあるし、もしかして彼の魂は死の感覚にうっすらと気づいていたのかもしれない。
やっぱりハイスペックな子ですね! ……というかテスラさんは?
キョロキョロと部屋を見渡しても姿が見えない。テスラさんを探して生をおれに預けてもらいたいところだけど、
流石に戦争慣れしたアダムさん、マリア様、忠臣さんが残っている状況でサーティーンさんを残すわけにはいきませんよね。
「とりあえず、数を減らすことからいきましょう!」
おれがパチンと手を打つと悪魔さんが操るコクリコさんの体はメグメグさんへと向かっていった。メグメグさんはトリガーハッピーになって視野が狭くなってしまう癖があるから、ちょこまかと動いて攻めればきっと倒せるはず。
おれもスプリンターらしく、残っているガンナーを狙いましょうか! ええっと……まといさんですね! うーん嫌だなあ〜!?
梅干しのような顔になってしまっているだろうなあと思いつつ、端末にインストールしたアプリを起動させてから火筒を構えるまといさんへ向かってジグザグに走る。
「な、何であんたがきららみたいに透明化してんだい!」
まといさんの顔にはわかりやすく焦燥の色が浮かんでいる。
狙いを定められないながらも接近させないために砲撃を試みるまといさんだが、スプリンター相手にそれは通用しない。
眼前まで迫り寄って、急ブレーキの勢いを殺すためにまといさんの体に節足を刺すと、彼女は苦痛に顔を歪めた。
うう、少しだけ我慢してください……! すぐに送って差し上げますから……!
「どんなに理想を述べようとも、今の世界において平和とは戦争と戦争の間にある学習期間にほかなりません」
「くっ……」
「おれ、遊び呆けていたわけじゃないんですよ。きららさんが宣伝なさっている忍術アプリとやらをおれもインストールしてみたんです。とても難しかったのですが熱心に教えていただいたおかげで形にはなっていたでしょう?」
「きららも、あんたがそんな奴だって知ってたら教えなかったよ……!」
あれれ……おれ、何かまといさんに嫌われるようなことしてしまったでしょうか。あっ、刺したのにすぐに追撃しないで長く喋ってしまったからですか!? いいえ、訊いてきたのはまといさんですし、おれは真摯に答えるべきだと思ったんです。本当です、悪意はすこうしもないんですよっ……?
「リリカもマルコスも、みんなあんたを仲間だと思っていたのに……!」
「過去形にしないでください、皆さんいずれちゃんとわかってくださいますから。何事においても見解の相違は生まれてしまうものです、咎めはしません。おれたちはずっと仲間ですよ?」
マルコスさんにアニメ『魔法少女リリカ☆ルルカ』を観せていただいた時、リリカさんの覚醒回に涙腺を壊されてしまったら、リリカ覚醒回で泣く奴は同志だとマルコスさんにも言っていただけましたしね!
リリカさんには覚醒モードがあると前々から耳にしていたから、不安の種を取り除くため覚醒の条件を封じておこうと思って視聴したのにあんなにいい話だったなんてッ……!
覚醒には仲間のステッキが必要らしいけれど、この電脳世界にそんなものはないからついでに安心も得られてよかったです!
「……わかったよ。霊々、あんたにも考えがあるんだろ。そんで、この日のために準備してきたことは認めるよ」
「ありがとうございます!」
「けれど……」
「けれど?」
「やられっぱなしってぇのもつまらないもんさね。あたいにもちったぁ華を持たせておくれよ」
節足が刺さった肩はとても痛むはず。それなのに強がって不敵な笑みを浮かべたまといさんに、ゾクリと寒気に襲われた。
「透明化ダッシュは厄介だったよ。けどね、こうして刺してくれるってんなら逃げられないのはあんたも一緒さ」
「ひょええっっ、た、正しいッ……!」
「べらべらと喋ったんだ、準備はできてんだろう? さあ、この花火職人深川まといが綺麗に打ち上げてやろうじゃないの!」
「ま、待っ」
まといさんの頭上で、おれも愛用する火属性の大ダメージカード『機航師弾 フルーク・ツォイク』がくるりと回転する様子がやけにゆっくりと眼球に記録される。
摘まれることはないとわかっていても、反射的に身構えてしまって硬直するおれの体に強い衝撃が訪れるのを感じながら、「ぶっ飛べー!」なんて力強くに叫んだまといさんの声を聞いた。
☆さよなら、天さん……さよならッ――!
脚注
[*1] 機航師弾 フルーク・ツォイク火属性の近距離カード。前方に大ダメージ攻撃を放つ。
↑[*2] 祭りの目玉! ドラゴン花火火属性の罠カード。踏むと爆発し、大ダメージを与える。
↑[*3] 楽団姫 ディーバ水属性の防御カード。三秒間完全ダメージカットするシールドを生成する。
↑
(P.12)