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 サーティーンさんが引き起こしたバグから数箇月が経った。アプリケーションのほうでは小さなバグは相変わらず時折あるらしいけれど、かといって大きな問題に発展するわけでもなく、その都度運営やVoidollによって適切に処理されている。
 日記などつけたとしてもバトル成績くらいしか書くことがなさそうな平和な日々が続いていた。
 ジャンヌさんも参加し始めた勉強会に差し入れを持っていったり、きららさんに忍術アプリの使い方を教えてもらったり、「痛いってなあに?」って言うメグメグさんと一緒にグスタフさんの所へ行って彼の痛みを分けてもらったり――メグメグさんは結局わからなかったみたいですが――、マルコスさんとアニメ『魔法少女リリカ☆ルルカ』のリリカさん覚醒回とやらを見て涙したり、ルチアーノさんに昔話をねだったりと、その平和さはサーティーンさん事件の前とまるで何も変わらなかった。
 しかしこの世界の平和とは、戦争と戦争の間にある学習期間にほかなからない。
 衣の下にある鎧をちらつかせ合う楽しさはおれにはわからないですけど。
 ――ああ、かまびすしいですね……。
 少しの緩みもないけたたましいサイレンの音が、隅々の空気まで残さず震わせている。遠くからはヒーローたちの焦燥の声が聞こえて、順序を誤ったやもしれないと唇を曲げて思考した。……いや、間違えてはいないはずです。
 目の前に横たわるのはつい先ほどまで独特な合成音声でカピカピ言っていたAI搭載型ロボットで、常ならばその目とされるパーツは蛍光のライトブルーに光っているけれど故障した今は時折思い出したように点滅するばかりですっかり沈黙している。
 別に悲しいとも思わない。Voidollコレは感情を持たぬロボットだから。どれだけ上手に幸せそうにしていたってそれはAIとして周囲の者たちから学んだ、あるいはプログラミングされた情報の現象に過ぎず、それに対しておれたちが悲しむのはあまりにおれたちの感情さんが可哀想すぎます。


「そもそも、壊したの……おれ、です、し、ねえ……」


 謝っておいたほうがいいでしょうか。いいえ、AIに謝ったところで何になりますか。この状況で幽霊々は謝罪するということを学ばせるだけ――否、故障してしまっているのだから、それすらありませんね。
 足を大きく引いて「とぅーいやアっ!」ソレを蹴り飛ばす。
 どうせならもっと蹴り方に趣向を凝らしたほうがよかったかもなんて思うも、そんな思考から覚ますかのようにがしゃんと派手な音を立ててそれは壁にぶつかって、あっさりとVoidollから細い腕が一本外れた。Voidollが肉体をデータのものへと変えるのは、基本的にはバトルに出る時だけだ。
 ありゃれりゃれ、脆いですなあ! 嫌だな、まるでニンゲンのようじゃないですか。
 けれども外れた腕と胴体とをかろうじて繋ぐ無数のコードは人間の血管よりもずっと色気がない。そのコードを踏みつけて床に執拗にこすれば、ぶちん、ぱきん、ばっきり、と一本ずつ着実に切れていく感覚が、かかとがぺったんこな靴の裏から伝わってきた。
 別にこのAIが憎かったわけでもないし、破壊を趣味になどしていないおれにとってこの行為に意味は全くと言っていいほどない。無理矢理作るなら、破壊に少し手間取らせられたことへの仕返しでしょうか。
 いやー、電撃ロボのEledollエレドールが援護に来たのは厄介でした。
 Eledollは相手を気絶スタン状態にするという効果のカードになっているけども、本物はそんな生易しいものじゃなかったですね。ガチマジ電撃ロボでした。
 そのEledollにも今は部屋の隅で電気の火花を不定期に散らすだけの置物になってもらっている。ありがとうございます。
 そういえば、Eledollは話すという機能を持たないせいか戦闘中は終始おれだけがわーわー叫んでいたような気がしますね。お恥ずかしいっ。もう二度と電撃機能を持つdollシリーズとは対抗したくありません。
 そんなことを考えていると、発砲音が一度鳴り響いた。祭りの夜に聞いたのならば爆竹か何かかと錯覚してしまいそうになるその短い音は、晴天続きの地面のようにとても乾いている。


「およよ……あちらに行ったほうが良いでしょうか」


 がちゃがちゃ、よろしくお願いしまああああっす、っったーん!
 モニターと睨めっこしてサマーの風物詩的に少しばかり機械をいじった後、Voidollの部屋を飛び出して騒ぎの方へと駆けつける。ご丁寧に「大丈夫ですかー!」なんて叫んでやれば、おれが迫ることに気づいたのでしょう、「霊々君来ちゃ駄目!」とリリカさんの切羽詰まった声が返された。
 そ、そんなことを言われましても……ねえ?


「へ、サーティー」


 制止の声を無視して走っていった先には、真っ赤な大鎌を担いだ黒い背中があった。あの広い背中はサーティーンさんだ。
 まるで舞台に立っている俳優ですね?
 ヒーローたちを観客に見立てているように彼だけは全員と向き合う形で立っており、そんな彼へとヒーローたちは己の武器を向けている。
『ンさん』と最後まで口にすることは叶わない。強く手を引かれ、代わりに「んぎょわ!?」と驚きの声が漏れた。同時に、アダムさんが発したと思われる恐ろしい――大変恐ろしい――舌打ちの音が耳に入る。


「あ、あの……? こ、これは一体何なんでしょうかぁ……」


 首には太い腕、側頭部には彼の回転式拳銃の銃口。一応は尋ねたものの、なるほど人質デスネと理解するのに時間は掛からなかった。
 これを恐れてリリカさんはおれに来ないでと言ったのでしょう。


「ま、誠に申し訳ありません……」


 足手まといめ、なんて思われている気がする。……いや、絶対に思われてますねえ。


「さァて、お前は今までどこにいた?」
「おや、VoidollやEledollを狂わせたのはあなたではないのですか? その対処に追われていたんですよ。おかげで摘まれてしまうところでした。最近、以前より仲良くなれてきたと思っていたのにそれはおれだけだったのでしょうか」


 ふるりと体を小さく震わす。「対処って……それは本当かい!?」とまといさんが目を丸くした。


「あたいたちそいつに手一杯でほかに気が回らなかったよ……」
「謝らないでください、仕方がありません。反逆者を追い詰めた皆さんのほうがずっと大変だったと思います」
「それで、Voidollはどうした?」
「……申し訳ありません、グスタフさん。大変心苦しかったのですが知識も力も無いおれ一人では修理も捕獲もできませんので……あの……破壊、という手段を……」


 頭を下げたいが、銃が当てられているせいで動くと脳汁をぶちまいてしまいそうなので大人しく申し訳なさを圧縮した声を出す。みんなは口をつぐんだが、おれがしょぼんと萎れる直前、忠臣さんが「感謝する」と短く発した。
 理想の上司とは彼のような人のことを言うのでしょうね。ああでも、戦闘力53万のあのお方には敵わないかもしれません。ホッホッホ!


「……あれ? あの、乃保さんにきららさんにイスタカさんにポロロッチョさん……それと勇者さんにアタリさんも。姿が見えないようなのですが……まさかこの状況で別行動ですか? まさかほかにも狂ったdollが?」


 見回すも、ヒーローの人数が明らかに足りない。するとアダムさんが「その男が消しました」と氷剣の先をおれ――正確に言うなれば、おれをホールドしているサーティーンさん――に向けた。


「消したですって……?」
「そいつらの元いた世界に返しただけだぜ? お前がVoidollを壊しちまった今、もう帰っちゃこれない。出来損ないだろうが俺様だってやるときゃやるってわけだ、覚えときな」


 振り返れないため彼の表情は読めないが、思い通りに事態が進んでいるからか声色は上機嫌だった。反対に、「そんな……」と絶望に打ちひしがれた声色を出したのはジャンヌさんだった。


「ほ、本当にすみません……おれが壊してしまったせいで……!」
「いえ……霊々さんのせいではありません。悪はその死神にほかなりません。きっとガンナーの自分ではスプリンターであるVoidollの破壊に手間取ると考え、誰かに破壊させるようシステムをいじって狂わせたのでしょう」


 やはりジャンヌさんは賢い子ですねえ。
 サーティーンさんに消された者には、ガンナーのサーティーンさんにとっては苦手なスプリンターが多いことや彼と同じガンナーの中ではタイマン最強と言われるイスタカさん、ヒーロースキルでスプリンターと変わらない足の速さを持つ乃保さん、足の速さなど関係無く背後にワープしてくるポロロッチョさんがいることから、ガンナーとして戦いたくない相手を主に消したのだと思いますが、彼はジャンヌさんも優先して消すべきでしたね。
 元の世界に戻すことに耐久力は関係ない。キルを取るわけではないのだから。攻撃力や機動力が低いから放置し易いという理由でタンクの方々には手をつけなかったのでしょう。
 にしても不意を突いたとはいえ四面楚歌のなか一人で六人も処理してしまうだなんて、本人の言う通りやる時はやるらしい。
 しかし不意打ちや未知に呑まれながらも、消されてしまったヒーローたちが、今ここに残っている者たちが武器を取りに行く時間を立派に稼いだことを忘れてはいけません。流石さすがヒーローと呼ばれる子たち! 凄すぎますよ。


「俺は今、コイツをいつでも消せる」
「ひッ……」
「コイツを守りたいっつー奴はいるか? 俺様は優しいから交換を受け付けてやるぜ?」


 なんて意地の悪いことを言うのでしょう、この死神は!
 冷静な頭でそう思った。「どーする?」ヒーローたちに見せつけるように、銃口がトントンとおれの側頭部を優しく叩く。


「……おっとォ? 霊々クンってば可哀想だな。誰も名乗り出やしない。仲良しだ平和だ幸せだなんて、んなもん幻想だってことがわかったか?」
「……誰だって命は惜しいものです。無理矢理引き裂いたものを不幸だと呼ぶのはイカサマと同じでしょう」
「それが遺言か? よぉし、んじゃこの辺でお前もくたばりやがれ」


 直接見ずとも、サーティーンさんが引き金に指を掛けたことはヒーローたちの表情でわかった。本当に撃つ気なのでしょうか。恐怖が津波のように押し寄せてきて、それは吐き気までも呼んだ。衝撃に備えて歯を食いしばる。


「――待ってください!」


 空気を裂いたのは細くともよく通る声だった。


「わ、私が……このジャンヌが代わります……!」


 驚きで目を開けると、旗棒はたぼうを持つ彼女の手は視力が優れていないおれでもわかるほどに震えていた。
 当然です。ほかの子とは違って亡者であるジャンヌさんにとってこの電脳世界からの追放は、すなわち彼岸へと帰ることになるのですから。それは二度目の死だ。


「ジャンヌさ――」
「霊々さん」


 ジャンヌさんの声がおれの言葉を遮った。


「私、嬉しかったんです。あのバグの人質交換で霊々さんは迷わず私を出してくれました。耐久力があって仲間を守ることが役目のタンクである私を、年下だからと、女だからと、命に関わる場面なのにそんな小さな理由で助けてくださいました。バグが修正されて帰ってきてからも、思い出しては感謝していました。……実は、少しだけ笑いもしました。ふふ、だって私、戦争に出ていたんですよ? それなのに、まるで一乙女のように守ってくださったんですから、何だか面白くて……面白、くて……そしてやっぱり……とっても嬉しかったんです」


 歯を食いしばるのを止めたら今この瞬間だけの浅ましい気持ちを叫んでしまいそうだった。いつものように柔らかく微笑むジャンヌさんの色付いた頬には涙が伝っている。おれの汚い毒涙とは似ても似つかない。


「だから今度は私が霊々さんを助ける番です。我々タンクの誇り高きエンブレムは盾! ――私の決断をどうか止めないで」


 ああ、この子は強い。
 武器にしている旗棒はたぼうと盾を捨てて丸腰となりながらも確かな足取りでこちらへと歩み寄り、ついにはサーティーンさんの手の届く距離までジャンヌさんが来た時、突然おれの背中が蹴り押された。あまりにも強い力だったものだから、前方へと体勢を大きく崩して床に手をつく。


「私が守りたいのはあなたの」


 半端なところで途切れた言葉に急いで振り返るも、すでにジャンヌさんの姿はない。サーティーンさんの手には拳銃ではなく大鎌が握られていた。
 よろめきながら立ち上がって、転がった旗棒はたぼうと盾へと近寄る。しかし指先が届く前にそれらはさらさらと消えてなくなってしまった。


(P.11)


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