レ 


「探偵さん、残念ながらおれはほかのヒーロー同様に喚ばれた側ですよ」
「……は」


 簡潔に自分が黒幕などではないことを伝えると、サーティーンさんは毒気を抜かれたのか、薄く口を開けて呆けた。
 黒幕なんて存在がいるのかすらもおれはわからない。そもそも黒幕なんて言い方では#コンパスが悪いことをしているかのようじゃないですか!
 ここは平和な世界だというのに。平和でなくてはならないのに。
 さてさてさて、散々待たせてしまった質問に答えていくとしましょう。拳銃はまだ返せませんけれど。


「この世界がどのように成り立っているかなんて、おれには少しもわかりません」


 嘘ではない。テクノロジイというものにジジイは疎いのだ。ちょっと単語で韻を踏んでみましたが、おれにはラップの才能が絶望的にないことがわかっただけでした。無念。
 年下に『霊々クン』と某男性アイドル事務所のように呼ばれたことだし、将来的に『ちきそうそぅ……ちきちきそうそぅ……』とか歌い出しに言いたいところだったのに、それこそ時期尚早すぎたようです。
 テクノロジイ・ジジイも、『摘まれりゃYea! 気絶スタンにGood! だからちょいと硬いのはBoo!』みたいな感じで行くビジョンも、いずれ『RE〜I〜』と裏声で番組コールされる深夜帯報道番組で月曜キャスターを務めるビジョンもここで封印することにします。
 おれがこんなくだらないことばかり考えている奴だとサーティーンさんが知ったら、おれを疑っていたことが酷く恥ずかしくなってしまうだろうなあ。
 サーティーンさんのためにもおれは明日あしたから勉強会に生徒として交ざって賢くなるべきかもしれません。そうすればきっと月曜キャスターにも近づくでしょうし。封印したばかりだろとかは言わないでください。


「そう、わからないのです。しかしこれでも地獄の花であり天上の花でもある身です。おれがした事といえば、すでに現世しがんの身ではない方をヒーローとして喚ぶ際に細い蝋燭ろうそくほどだけ力を貸した程度でしょうか」


 どれだけ技術が進歩しようと、地上の生物があの世と呼ばれる場所に居る魂をどうこうするなどできない。かつての世界、デメテル*1様ですらゼウス*2様の口利きなしではハデス*3様の手からペルセポネ*4様を連れ戻すことができなかったように。*5
 だから死人を呼びたいならそこの住民の協力が必要不可欠で、そこで選ばれたのが地上でふらふらとしてはさめざめと涙を流して嘆いていたおれだったというだけだ。
 選ばれたのは霊々でした。お、これならコマーシャルがいけちゃうかもしれません。


「つーことは、だ。思い込みで死んだヒーローが生き返るのもオマエの仕業ってか」
「人でも狐でも蜘蛛でもないおれが何か、ご存知でしょう? 皆さんにだって、隠しているわけじゃないんですから」


 それこそコクリコさんのような小さな子でも、ヒーローの中では比較的遅くやってきたメグメグさんだって、おれが何かを知っているでしょうね。
 というか、サーティーンさんはいつだったか「うぉい男子諸君〜。優しい俺がお前らの欲しがってるイイ本を持ってきてやったぜ〜?」なんて食堂に入ってきたと思えばとても女性や子どもに見せるようなものではない本をそれぞれに押し付けたあげく、「霊々にはとっておきだ……。グローバルな美人揃いだぜ?」と純粋なおれの心の期待値をこの上なく高めておいて『世界の植物図鑑』と書かれた物を手渡してきた過去がある。
 エピソードはド畜生だけれど、そこからうかがえることは、おれが植物と深い繋がりのある存在だと理解しているということだ。
 ちなみに食堂は凄まじくパニックになった。マルコスさんはリリカさんに必死に弁解していたし、女性陣の瞳は総じてとても冷たかったし、アダムさんは物理的に空気を冷やしていたし、羞恥で慌てふためく者も多くいた。


「――彼岸花」


 サーティーンさんがおれの一番親しまれている名前をゆっくりと口にした。彼はやはり正しく知っていた。


「ええ、彼岸の入口には沢山咲いていますからね。というかそこら辺はおれの領域です。現世風に言うなれば今は国道のようになってしまっていますけど。仕方ありません、皆が通らなければならない道ですから」
「つまり通る魂の一つや二つ、彼岸そちらへと渡らせまいと引っ掛けるのは簡単ってことだ。自分の領域ならなおのことな」


 正直言うと、たまに『アッヤベッ』ってなることはある。「さっきリスタートバグがあったんだけど〜」とかVoidollに報告されたりもするけれど、ごめんなさい、それ大体がおれのミスです。機能として体は再構成されているのに魂が上手く花に引っ掛けられなかったときです。
 バトルのときに大規模な災害でも起こってみなさい、一気に魂がやってくるものだから見つけるだけでも一苦労なんですよ。同じリスポーンでもVoidollによる死なない転送はラグが無いのに、死んだ時のラグが長いのはおれの都合上仕方がないから許してほしいです。
 銃口を下ろしたサーティーンさんが「なあ」と続けて口を開く。撃たれないとわかり、おれの体はわかりやすく動悸も冷や汗も収まり始めた。


「どうして俺に教えた? 撃たれるとでも思ったか?」
「拷問するような真似はできませんよ、サーティーンさんは。幾度となく拷問されてきたおれが言うんですから絶対です。拷問官の、あるいはそれを平気で観られる人々の目や声とは似ても似つきません」


 撃たれないとわかっていても怯えてしまうのは、もう染み付いた反射のようなものだから見逃してほしい。銃なんて決して珍しいものでもありません、長く生きていれば幾度となく銃に体を貫かれたりもする。


「ならどうしてだ」
「#コンパスが幸福を侵すものになったとき、壊さなくてはいけませんから」


 おれは#コンパスを大変気に入っています。悲しい争いなどなく、素晴らしい世界だと思うんです。
 しかしバグで飛ばされたばかりの時に考えてしまった戦闘摂理解析システム#コンパスの目的――“軍事利用”が当たっていたとしたら、跡形もなく消してしまわなければ。
 おれ一人でできることなどたかが知れていて、だから一人でも味方につけておくに越したことはありません。しかもサーティーンさんはおれと同じく存在が彼岸に属す者。ヒーローたちの魂を奪い、正しい場所へといざなうのは彼の本業でもあるし、力を借りられたら立ち回りやすさは格段に上がるでしょう?


「ね?」


 棒立ちの彼に笑いかける。しかし彼の目は怪訝けげんそうに細まった。「……幸福ゥ?」「ええ、幸福です」おれは何も可笑しなことは言ってませんよ。


「幸福は権利ではありません、義務です。そこに己が在る限り、一から十まで、いえ百まで、千まで! すべて幸せにならなくてはいけません」


 それが何よりも大切なんですよ。それこそ、命よりも。


「――人生を殺すな、生を殺しなさい」


 バトル直前のヒーロー紹介で口癖のように言っているその言葉を改めて口にする。
 サーティーンさんは肯定するかと思いきや、ひとしきり声を上げて笑った後、「幸福が義務……とうとう化けの皮が剥がれたな」と口端を吊り上げた。「『あなたの生を預かります』だったか?」サーティーンさんはおれがキルを取ったときの決まり文句を低い声でつむいだ。


「化けの皮だなんて酷い言い方をされますね。おれはいつだっておれのままでした。痛いのは嫌だと、悲しいのは嫌だと、苦しいのは嫌だと、いつだって言っていたはずです。常に幸せを求めています。さあ、さあ! 共に義務を果たしましょうよ!」
「……ったくよぉ、どうしてこんな狂った奴の側にいながら誰もそれに気づけなかったんだか。つまり#コンパスがシアワセな世界だとわかったなら黒だと確定しちまった俺を排除し、シアワセを侵す世界なら俺を利用するってワケかよ。そして憎いことに俺はお前に協力せざるを得ない」


 排除やら利用やら、随分と棘のある言い方をされてしまった。
 おれはただ義務を果たそうと努め、それと同時にみんなが義務を果たすための手伝いもしているだけだというのに。おれの何がいけないのでしょうか……。


「……タヌキ爺が」


 サーティーンさんの顔が苦々しく歪められた。多少傷つくけれど、その素直さにはとても好感が持てる。彼はいつも自分を偽ってばかりだからそれはなおさらだ。


「別名に狐花というものがありますから、しいて言うなら古ギツネですよ、天使様」


 銃を返しがてら、にぃっこり笑えば彼は「ハッ」と左右非対称な表情で笑い飛ばしたのだった。


「俺はしいて言わずとも死神だぜ?」
「キヒヒ! 仰る通りです」







脚注


[*1] デメテル
ギリシア神話、オリュンポス十二神の一柱。大地・豊穣の女神。ゼウスの姉。でありつつゼウスに迫られる。同じく弟のポセイドンにも迫られる。モテモテ。

[*2] ゼウス
ギリシア神話、オリュンポス十二神の主神。神々の王。しかしトラブルの八割方はゼウスが原因。鬼嫁を持つが浮気癖は治らない昼ドラ量産機。

[*3] ハデス
ギリシア神話、オリュンポス十二神の一柱。冥界の王。くじ運が悪くて冥界担当になった。ゼウスたち六人姉弟のなかで一番まとも。影が薄い・陰キャ・引きこもりと言われがち。

[*4] ペルセポネ
ギリシア神話、農耕の女神。ゼウスとデメテルの娘。ハデスの妻となり冥界の女王となった。昼ドラ量産機の某兄弟に似ず一途だった夫ハデスが少し浮気してしまった際、相手の女をぷちっと踏み潰している怖い一面もある。

[*5] ペルセポネ誘拐事件
ペルセポネを妻にしたがっていたハデスをゼウスがそそのかし、ハデスはペルセポネを誘拐した。デメテルが怒り大地が荒廃したためゼウスはハデスにペルセポネを返すよう命じたが、ハデスがあげたザクロ十二粒のうち四粒をペルセポネは食べていたため、一年の三分の一を冥界の女王として過ごすことになった。ペルセポネが冥界にいる期間、大地・豊穣の女神デメテルは地上に実りをもたらさない(=冬)。季節はこれにより生まれた。デメテル視点だと、弟Aに関係を迫られてできた娘が誘拐されたというだけでも大変なのに情報を集めてみたらなんと娘に片思いしていた弟Bによる犯行だったが、真面目陰キャな弟Bがそんな大それた事をするだろうかとさらに探ったら誘拐はまさかの娘の父親でもある弟Aによる謎アドバイスが原因だったし問い詰めたら開き直りやがった……というブチ切れも当然の出来事。


(P.10)


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