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 意識が浮上する。あの時のように鳥の啼き声も聞こえなければ、閉じたまぶたを朝の光が通るわけでもない。
 ゆっくりと目を開けると暗闇に立っていた。辺りには参加者と思われる子供たちが散っていて、全員をまとめて一つのスポットライトが照らしていた。


「もうゲームの中……なんだよな」


 不思議だ。手を何度か開いたり閉じたりしてみる。感覚はしっかりとあった。……現実の自分は繭の中でぐっすりだろうけどな。
 リアルすぎる感覚が、どれだけ脳を奪われているのかを親切に教えてくれている。笑い事として済ませるのは少し難しいことのように思えた。
 そんな気持ち悪さを遮るように突如として頭上に虹色の巨大な輪が現れた。そこから神や天使などと呼ばれるような神聖な存在が降りてきても首を傾げる者はいないだろう。
 同時に、五つの入り口らしき光も俺たち囲むように出現する。
 なんだか裁判にかけられているみたいだ。
 マイルールの異空間を作る念能力者はしばしば見掛けるが、地を足で踏みしめられていないような感覚がそれと似ていた。あまり好きじゃない。


「さぁ、コクーン初体験のみんな。ゲームの始まりだよ」


 エコーの乗った声が、果てがあるかもわからない空間で巨大な存在感を放つ。声は自らをノアズアークと名乗った。
 バッジ所有者を選ばれし者だと誰かが表現していたように、ここにいる人間が方舟はこぶねに乗れた幸運な者ということなのか、それともここから選別が始まるのか――いや、それは考えすぎか。


「今から五つのステージのデモ映像を流すから、自分の遊びたい世界を選んでほしい」


 俺たちを囲む五つの光源はそれぞれの世界への入り口だったらしい。それらはあまりにも真っ白で見えないものだから、見た目通りその先が本当に明るいのかわからない。
 どうか選んだ先が深淵ではありませんように。やめてくれよ、俺は小心者なんだ。
 蛾のように光へと近づこうとすると「でも一つだけ注意しておくよ」とノアズアークは俺の足を止めた。


「これは単純なテレビゲームじゃない。君たちの命が懸かったゲームなんだ」


 一歩前へと出していた足を戻す。……もしかしなくても厄介なことに巻き込まれちまったらしい。マズいことになった。
 ついさっき人を殺しておいて言うのもおかしいが、別世界で孤独に命を奪われるなんて冗談じゃない。こんなに早いは勘弁だ。
 暇潰しという認識を改めないといけないか……。
 頭ではそう思っていても、ニヤリと上がる口もとを抑えることはできなかった。
 愛する者たちがいないこんな遼遠ところで死ぬつもりはない。
 ハンター試験よりも手応えがあればいいが。


「君たち全員がゲームオーバーになっちゃうと、現実の世界には戻れなくなっちゃうんだ。だから真剣にゲームをしなきゃね」


 そう言ってるお前が一番楽しそうじゃねーか、ノアズアーク。
 可哀想になあ。子供たちの顔は揃って凍りついている。寒くないこの空間で歯をカチカチと鳴らしている奴もいた。
 ハンター試験は命懸けのものではあるが、それを承知で受験する覚悟と、会場に辿り着けるだけの実力を兼ね備えた者しか参加できない。
 一方、これから行われるゲームは右も左もわからない幼い連中を無理矢理参加させた挙げ句に失敗したら命を取ると言っているのだから、清々しいほどに良識の欠片もない。


「たった一人でもゴールに辿り着けば君たちの勝ちだ。それまでの間にゲームオーバーになっちゃった子もみんな目覚めて、現実世界に帰ることができる。これがボクの決めたルール。理解してくれた?」


 ああ、よくわかったよ。
 下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるとは言うが、五十人を五つのステージに分けさせるところもまた憎たらしい。


「全員がゲームオーバーになったときは、特殊な電磁波を流して、君たちの頭の中を破壊しちゃうからね」


 プレミア付きカードが明日あすには消えてしまっているとしても、ノアズアークに乗らずに済んだあの五人の子供たちこそ方舟はこぶねに乗れた奴らなんじゃないだろうか。
 ニッポンのリセットとかなんとかほざいているノアズアークの声をBGMにしながら考える。
 さて、一人でもクリアすればいいというのはありがたいことではあるが、そんなに優しいものじゃないはずだ。
 ざっと見回した限りここにいる子供たちはほとんどがまだ幼く、ティーンにも満たない。ゲームに上手い下手はあっても戦力として見るべきではないだろう。コンティニューで何度も生き返れる世界じゃない。
 取り返しがつかないという点は現実世界と同じだと言いたいところだが、ここでのゲームオーバーは死ぬことではないと思う。勿論ゲームの中で命を落とせば当然ゲームオーバーになるだろうが、もっと簡単なことでもきっと終わってしまうはずだ。
 理由は単純、ここがゲームの世界だからだ。
 例を上げるなら、そうだな――怪我をする、とか。
 敵とぶつかっただけでライフが減るシステムのゲームだってあるくらいだ。現実とはまるで違う。細心の注意を払ってプレイしなくちゃならない。


「ないよね」


 突然、先ほどまでとは変わって鋭くなったノアズアークの声が聞こえ、目の前の現実に引き戻される。
 少年のようなその声は「ヒロキくんの命をもてあそぶ権利が大人になかったように」と続けた。
 あだ討ちがお望みか?


「さて、子供たちがお待ちかねだからそろそろゲームを始めよう! 一人、大人がいるみたいだけどね?」


 明るい声色へと戻ったノアズアークが嫌味ったらしく言いやがった言葉で視線が集まる。
 だらりと下げていた腕を上げてゆらゆらと手を振った。残念ながらうたのおにいさんじゃない俺にはお前らを和ませてやることはできないです。


「アイヴィーお兄さん! どうしてここに!?」
「俺にとってはランちゃんがいることが驚きだ。バッジ、つけてなかったよな?」
「園子が譲ってくれたんです。コナン君が参加するのが見えたから……」


 言葉尻に行くにつれて、彼女の声が小さくなる。きっとソノコちゃんとのやりとりを思い返しているのだろう。
 このゲームに全く興味が無かったのなら、バッジをつけなかったかあるいは最初から誰かに譲っているはずだ。
 その上で気を遣ってくれたというのに、こんな大事おおごとになってしまったことが気になるのだろう。


「彼女を泣かせないためにもクリアしような」
「はい……絶対に」


 きっと彼女は馬鹿じゃない。
 俺には大切な人間に庇われて生き残った過去などない。しかしその経験がある奴を知っている。「時を止めたいと、あわよくば戻したいと何度願ったか」とそいつは苦々しく語った。
 理解することはできずとも、想像することくらいは俺にだってできるのだ。


「で? どんな手使ったの?」
「ゲンタたちのバッジが一つ余ったらしくてな。好意でくれたんだ。年齢はテキトーに誤魔化したよ。ま、流石さすがに機械は誤魔化せなかったみたいだが」
「そうなんだよ哀ちゃん! このバッジ、お兄さんがいなかったらゲットできなかったんだから!」


 俺が協力を断っていれば今頃こんな危険な目に遭っていなかっただろうに。そういった意味を込めて「ごめんな」と謝れば、彼女は「なんで謝るのよ」と眉をひそめた。
 謝った意味がわからないわけでもないだろうと思いながらも口を開こうとすると、立て続けに彼女が喋った。


「自信がないのかしら?」
「失敗する気はないな」
「ならいいじゃない」


 アイちゃんが生意気に微笑む。小さな耳に髪を掛け直す仕草は大人びて映った。それでも子供は子供だ。「ならいいじゃない」なんて言わせていいはずがない。


「……子供は本来、慎重に守られて育つべきだ」


 自らのてのひらを見つめる。
 汚れ一つ付いていない手。しかし、人を殺したばかりの手。かつて子供と歩くときはこうするものだと繋がれた手。
 どうして手を繋ぐのかと子供おれに訊かれたあの人は具体的な答えを出せなかったが、それが今なら少しわかるような気がした。
 もう一度「ごめんな」と謝ると、彼女は「頼りにしてるわ」と返答を変えたのだった。

(P.10)


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