003 1/3



「ま、単刀直入に言うとここがどこだかわかんねーんだ。まーったく。ゲームの発表パーティーだってことは周りの話を聞いてなんとかわかったんだけどな」
「……へ?」


 先ほどまでの大人びた表情はどこへやら、メガネはすっかり年相応の表情へと変わった。


「兄ちゃん記憶喪失なのか?」
「まさか。自分の名前だって仲間の名前だって今までどう過ごしてきたかもちゃんと覚えてるぜ?」
「もし仮に記憶障害だとしたら、きっと会場に入った後に忘れちゃったんだよね!」
「何でだよ、コナン」
「だってここに入るには招待状も必要だし、地名や場所がわかるからここに来れたんでしょ?」


 推測を立ててくれちゃいるが、俺がここに飛ばされた原因はおそらくあの古書だ。いわくとやらは念による転送系の能力のことだったのだろう。
 古書ということは、当たり前だが月日が相当に経っているということだ。念能力者は生命エネルギーを操るがゆえに戦死さえしなければ長寿傾向にあるが――常に危険と隣り合わせな仕事柄これがなかなか難しい――使い手がまだこの世に存在していることを期待するのはよしたほうがいいだろう。
 念能力は時として死後も世界に残り続ける。そして厄介なことに多くの場合、死後に残った念は生前より強力なのだ。それを呪いと呼ぶ者もいる。
 発動条件は本を開くことか? 俺が本を落とし、その拍子に本が開かれてここに飛ばされてしまったと考えれば辻褄は合う。
 近くにいたマチやシャルも来てる可能性があるがどうにも姿が見えない。まあ飛ばされていないのならそれに越したことはないし、飛ばされていても二人はなんとかできるだろう。


「とりあえず質問の答えだけど、ここは米花市の米花シティホールだよ」
「ベイカシ? ……聞いたことない地名だな。もう少し詳しく教えちゃくれないか」
「……東京だよ」
「それは流石さすがにお兄さんだってわかると思いますよ」
「トウキョウ……」


 流石さすがにわかるってことは有名なのだろうか。俺は地理に明るいわけじゃないが、ある程度の国名くらいは押さえているつもりだったのに。


「……ちょっとあなた大丈夫? 本当に記憶喪失なんじゃないの?」


 ウェーブがかかった髪の少女が口を開いた。
 もし文字に起こされたのなら優しく心配してくれているような言葉だが、実際には子供らしからぬような疑り深い目で見上げられているし、口調だって優しいもんじゃない。そしてほかの奴らもそんな目で見てくれるな。わからないもんは仕方ないだろ。


「……日本」
「ニッポン?」
「ここは、日本(にっぽん)っていう国。日本(にほん)とも呼ばれるわ」


 ……つまりここは、ニッポンっていう国の、トウキョウっていう都市で、さらにはその中のベイカシってとこに建っている、ベイカシティホール……っていうことか?


「ちょっと江戸川君。国名までわからないって普通じゃないわよ?」
「仕方ねえだろ? 気づいたらここにいたんだから」
「そういうのを記憶喪失っていうのよ」
「そうか……」


 考えてみれば、そっちのほうが上手く立ち回りやすそうだ。「お兄さんが話してるのって日本語だよ!」と俺の袖を引っ張られて「ハンター語だろ?」と返せば、「ハンター語……? 歩美わかんない……」とアユミちゃんの眉尻を下げさせてしまった。


「共通語じゃねぇか……」


 母語ではないから詳しいことは知らないが。とはいえ母語よりもハンター語のほうが使用歴は長い。それなのに、ニホン語と呼ばれているのを今まで知らなかった。前途多難の予感をびしびしと感じて萎えていると、赤ドレスの女が目を輝かせて興奮気味で話しだした。


「全身黒を身にまとった怪しげな青年……その正体は失ってしまった記憶を取り戻すため一人孤独に耐えながら旅をする悲しき者だった……」
「はは……寂しくならないようそばにいてくれよ」
「やーん! 素敵!」


 正面からグイグイと押されて多少の気恥ずかしさに襲われていると彼女の友人らしき女性が申し訳なさをにじませた表情で会釈をしてきて、笑顔で返す。これが彼女の通常運転なのだろう。
 女性関係に限らず、消極的よりも積極的な人間のほうが好みだから悪い気はしない。


「名前は、名前は何と仰るんですか!?」
「そ、園子……」
「ドラマの見すぎじゃねーのか?」


 ガタイのいい少年の突っ込みにこっそり笑う。「ふん、どーせガキにゃわかんないわよ」悪いが俺にも理解は難しい。


「アイヴィーだ。よろしくな」


 彼女の希望通りに名乗る。もちろん笑顔も忘れずに。
 名刺なんてものはどこのポケットを叩いても増えるどころか一枚すら隠れていないが、それはそんなものがあったところで俺には載せられる役職なんてないからだ。真っ当な暮らしをしていないとも言う。
 A級賞金首が「わたくしこういう者でして」とホームコードやら電話番号やら書かれた上等な紙切れを渡すなんてどんなジョークだよ。
 ハンターライセンスは世界最高の名刺とも言われるが、あれはホイホイと人の前に出すものではないと思う。主に厄介事をけるという意味でだ。
 欲深い人間や面倒事を抱えた人間は探さずともそこら中に転がっているのだから。
 このきらびやかな空間においても、それが例外となることは決してない。

(P.7)


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -