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side:Conan Edogawa
口の中が渇く。飲み込める水分は一滴も無いというのに無理矢理に
嚥下
(
えんげ
)
すると喉がヒリヒリと痛んだ。
何を飲み込みたかったのかはわからない。吐き気があったわけでもないが、こうでもしないと吐いてしまいそうな気がした。
――「キョウスケに刑罰は下らないさ」
アイヴィーさんの耳打ちが脳内で乱れて呼吸を浅くする。
走って、走って、パトカーに乗り込もうとしていた響輔さんの背にようやく追いつくと嫌な予感はどこへやら、不思議そうな顔でオレを見たその顔に
安堵
(
あんど
)
だけが胸に残る。
気が抜けて、ちょうど音楽関係で気になっていた個人的な質問を投げると響輔さんは殺人犯のイメージとは結びつかない人の良さで快く答えてからパトカーに乗り込んで林道に消えていった。
「お前は眠くないのか?」
背後から聞こえた声に、体が硬直する。
刑罰が下らないという言葉を聞いた時、自分が思っていたよりもすんなりとアイヴィーさんが殺すからだと考えついてしまった。
しかし響輔さんが連行された今、ここにいるアイヴィーさんにそれは不可能だ。……オレが神経質になっちまっただけか。
あの言葉も、きっと友人である響輔さんを想ってのものだったのかもしれない。響輔さんがアイヴィーさんを招待したのは罪を着せるためだった可能性もあるが、言わないでおこう。
「うん、大丈夫だよ!」
アイヴィーさんは子供と話す時、膝をついて目線を合わせてくることが多い。体が縮んですっかり見下ろされることに慣れてしまったせいか大人の顔が近くにあると戸惑いを覚えることもあるが、声が聞き取りやすくて助かっている。
しかしいくら子供の姿で子供を演じていようと、頭を撫でられると気恥ずかしさはある。それでも手を振り払わずに受け入れ続けたのは、
頭蓋
(
とうがい
)
の丸みを大きな手で包み込む慎重な撫で方や、時にはわしゃわしゃと髪を乱す雑な撫で方が嫌いじゃなかったからだ。
明らかに子供扱いしているのに、その目の奥にあったのは子供への慈愛ではなく親の言いつけを守るかのような誠実さであれば子供扱いされている気がしない。
それを求めているのはアイヴィーさんのほうなのではないかと、染めて黒くなった髪に手を乗せて撫でるとアイヴィーさんは酷く驚いた顔になってからクツクツと喉で笑って、それから俺の手を優しく払った。
「よしてくれよ、
惨
(
みじ
)
めなガキにでも見えたのか?」
「そこまでは思ってないけど……。アイヴィーさんにも寂しくて眠れない夜ってある?」
「ああ、もちろん。俺をそんな美化しないでくれ。時間ってやつが勝手に横を通りすぎていくだけで、パンも奇跡も導きも必要なただの男なんだぞ」
オレの頭からスルリと滑り落ちた大きな手が目の横を通り、頬を伝い、輪郭を丁寧になぞって首まで辿りつくと、硬い指先が点字の文字を追うようにゆっくりと顎下を撫でた。手袋越しでも微かに体温を感じる。
「寂しい時には特別熱いシャワーを浴びるといい。ハスキに教えてやってくれ」
「蓮希さんに?」
「ああ。だって、あの子以外のシタラは
全
(
、
)
員
(
、
)
死
(
、
)
ぬ
(
、
)
んだからな」
心臓が嫌な音をしてドッと跳ねる。馬の駈け足のような三拍子で激しく続く鼓動を知ってか知らでか、綺麗な歯列は「彼女にも効くかはわからないが」と悪気もなく続ける。
ラムネ瓶を底から覗いたような青い瞳は体を芯から冷やした。この人はあまりに危険だと警笛が聞こえる。
どんな言葉を紡ぐべきか、とさながら断首前の罪人になったような心持ちで慎重に言葉を選ぶも、思考がまとまらずにはくはくと口を動かすことしかできない。
「なんだ、やっぱり眠たいんじゃねーか」
そんなわけがない。こんな状況であくびの一つでもできるほど肝は据わっていない。しかしどういうわけか否定の言葉すら口からは出てこなかった。
オレの顎下に触れていたアイヴィーさんの指先が先ほどよりも強く肌に沈む。
「何をして――」
「寝とけよ」
絞り出した言葉は、しかし無意味だった。訊こうとして気がつく。
指先が押し当てられていたここが頸動脈洞であることに。
血の気が引いて、慌てて手を振り払おうとしたがどうやら気づくのが遅すぎたらしい。
「ちく、しょう……」
全身から力が抜けていくのを感じながら、春の陽気の中でまどろみに落ちていくように目を閉じた。
(P.52)
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