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「ジャーン!」


 ミツヒコ、アユミちゃんよりも一歩前に出たゲンタが五人の子供たちの眼前にゴールデンヤイバーカードを突き出した。ホログラムの効果が会場内の照明でめいっぱい利いて、遠目からでも強い存在感を放っている。


「すんげー!」
「ゴールデンヤイバーカードだ!」
「プレミアだぜ!」


 彼らにも希少価値はわかっているらしい。五対の瞳はゲンタの手の中で扇状に広げられた五枚のカードを食い入るように見つめている。すかさず「バッジと交換してやってもいーぜ」とゲンタは少し意地悪に笑った。


「でも、ゲームもしたいしなぁ」


 相手の子供たちは顔を見合わせたり優柔不断な声を上げたりと、もだもだとして眉尻を下げている。
 とはいえ、ゴールデンヤイバーカードを眺める目の色はあと一歩で躊躇ためらいが消えることを教えてくれていた。落ちるのも時間の問題だ。
 もたれ掛かっていた壁から背を離し、輪に近寄る。「――よう、ガキ!」右手を顔の横でひらりと振って少し声を張ると、つぶらな瞳が俺を見上げた。


「なあそれ、プレミア付きのカードじゃないか? 俺に譲ってくれよ」
「えっ?」


 しゃがんで目線を合わせ、ぽかんと呆けるゲンタの手からカードを五枚とも抜き取る。『どうしてだ』とでも言いたげな表情を浮かべて立ち尽しているその少し後ろから出てきて、非難するような眼差しで俺の手首を掴んだのはミツヒコだった。


「……安心しろよ、タダで貰おうってわけじゃねぇって。そうだな……全部で五十万でどうだ?」
「お兄さんもこれがプレミアが付いたカードだってわかってますよね?」
「んだよ、お小遣いにもならないってか? 仕方ない、五百……いや、五千万出そう。ここに五枚もあるとなりゃ、もう二度と見つからないかもしれねぇからな」


 俺の手首を握るミツヒコの華奢な手をやんわりと離す。緩慢な動作でカードをまとめて懐に仕舞おうとすると、次に俺の手首を掴んだのは取引相手の子供だった。


「待ってよ!」
「わたしたちが最初に話してたの!」
「割り込みは駄目なんだぞ!」


 至極真っ当なことを言われて乾いた笑いがこぼれそうになる。ぽかぽかと俺の背中を叩く奴もいた。


「お前らの取引、ちゃんと聞いてたんだぜ? コクーンはあくまで先行体験だ。この先何度だって遊べるのに安いバッジを出し渋っている価値のわからないガキより、大人の俺が買ったほうが懸命だと思わないか?」


 教材に載せられそうなほどわかりやすく意地悪に笑ったと自分でも思う。「な? オニーサンにしとけって」ミツヒコの肩を抱き寄せると、相手の子供たちはすぐにべりべりと俺たちを剥がした。


「オレのバッジと交換してくれよっ!」
「わ、わたしも!」
「ボクとも交換して!」


 我先にと子供たちは胸もとで輝いていたバッジを幼い手で外しだす。それは品の価値が逆転した瞬間だった。
 先ほどまで取引相手の子供たちにあった選択権が今はゲンタたちにある。ミツヒコと顔を見合わせて一瞬だけ笑ったが、お互いすぐに表情を戻した。
 

「ボクたちには良識があります! お兄さんには申し訳ありませんが先にお話ししていた皆さんを優先しましょう」


 得意気に背を反らしている。ミツヒコの決定は子供たちの表情を明るくし、今度こそ俺の手からカードが失われた。
 五人の子供たちに「もう割り込みはしちゃ駄目だからね!」と念を押されて「神様はいつも見ているかもしれないしなぁ」と受け流すと、あしらわれたことが気に食わなかったのか頬を空気で満たした彼らにまたぽかぽかと集団リンチにあってしまった。
 ひとしきり叩く打つ等の残酷な暴行をしてから跳ねるようにして去っていった五人と、バッジを得て足取りの軽くなった三人の後ろ姿に手を振る。
 明日あすの今頃はカードが消えてしまったと泣きわめいている子供がいると思うと心苦しい気がしないでもないが、具現化し続けるのは面倒なのだ。勘弁してほしい。
 さて、これからどうするか……。
 このパーティー会場に長居する理由はない。あるのは濡れた服のようにじっとりと脳に貼り付いている嫌な推測だけだ。――ここは全く別の世界なのではないか?
 繋がらない電話。相互に知らない地名。異なる常識と通貨。
 もし推測が正しいものであるなら俺が取れるアクションはない。こうなった原因と思われる古書は手持ちにないのだから。
 唯一の救いは言葉が通じることだろう。一つ所に留まらない生活をしていたおかげで見知らぬ土地での生活自体に苦はないが、それはどこへ行こうとも共通語というものが人々に深く浸透しているからだ。偏屈な少数民族でない限り誰もがハンター語を使用する。


「お兄さんお兄さん!」


 どうせ富豪ばかりなのだろうと、ここで盗れるだけ金は集めてしまおうか考えていると子供たちと三度目の出会いを果たした。少し離れたところから駆けてくるその姿は俺を探していたことがすぐにわかった。
 ひざをついて待ち受ける。今日だけでりきれてしまうかもしれない、なんてくだらないことを考えながら。


「あのね、コナンくんもうバッジ持ってたの!」


 金木犀の色をしたワンピースが幼く揺れる。小さな両手で左手を取られると、てのひらにコロンと何かが転がった。


「だから一つ余っちゃいまして、話し合った結果」
「兄ちゃんにやろうってことになったんだよ!」
「うわ、いら…………」
「いら?」
「いっ……い……いやー、運がいいなぁ……!」


 期待がにじむ彼らに、顔いっぱいで喜んでみせる。
 それなら元の奴らに返してやれよとは思ったが、盗んだ物に飽きても所有者へと返さず手近なアンダーグラウンドへ流すクロロを見てきている以上、口は出せない。


「では行きましょう! もう搭乗が始まっているみたいですし」


 手を引かれた流れで立ち上がる。「俺をいくつだと思ってんだ」「二十……中頃とかですか?」なかなかに鋭い。駄目じゃねーか。
 歩きながらどうしたものかと考えていると、「でも外国人って年齢よくわかんないよなー」とゲンタが俺の顔をまじまじと見つめた。


「テレビで綺麗なお姉さんだって思って観てたらわたしたちより少ししか上じゃなかったりするよね!」


 俺にとって、特にフェイが若く見えるのと逆ということだろうか。いや、それでもキツい気がするぞ……?
 半ば引きずられるように子供たちに手を引かれ、何機ものコクーンと閲覧用の座席が並べられた会場に入った。流れのままに最後尾へと着く。搭乗する前には検問を通らないといけないらしい。


「ええと、申し訳ありませんがこちら高校生以下のお子様に限らせていただいておりまして……」


 知ってた。
 んなんわかってるよばーーか。希望してここにいるわけじゃねぇっての。


「じゃあ俺、大丈夫なはずですが……?」


 ここは堂々としていたほうがいい。下手に挙動不審になれば怪しまれるだけだ。
 帽子を外して、子供たちの言うところの“年上に見える外国人の顔”をよく見えるようにすると検問員は勢いよく頭を下げた。


「たっ、大変失礼いたしました! どうぞお通りください。ぜひ楽しんでいってくださいね」
「それはどうも。あなたの判断に感謝します」


 帽子を胸に、会釈する。
 今のやりとりをシャルが見ていたらきっと腹を抱えてのたうち回っていたに違いない。
 クロロはフェイほどではないとはいえ幼い顔立ちをしているのに、最近は髪をタイトに撫で付けていることが多くて年相応かそれ以上に見えたりする。その変わり様は軽い詐欺だ。
 まあ、もとより前髪は幼さの象徴であると言われているし、男女共にティーンを超えても額を全く見せない者は少数派に分類されるだろう。このニッポンという国がどうだかは知らない。
 そんなことを考えながらコクーンに乗り込む。
 思っていた以上に広くて、おそらく参加者のなかで一番体が大きい俺でもまだスペースに余裕があった。
 あれよあれよと頭に機械を装着され、未だに手に持っていた帽子まで持っていかれてしまった。


「電気椅子だよなぁ……」


 蓋が閉められたカプセルの中で、声がしっとりと反響する。
 言い方は悪いが、間違ってはいないだろう。
 同じ電気椅子でも、電気を拷問に使っていた時代から娯楽に使う時代へ。優しい移り変わりだ。
 コクーンとやらはどんな風に俺を楽しませてくれるのだろうか。
 ここが本当に異世界だとしたら、元の世界へと戻るまでのいい暇潰しくらいにはなってくれるに違いない。
 大きく息を吐くとともに、ゆっくりとまぶたを下ろした。



 ――五十名全員搭乗完了

 ――ブレインギアセット完了

 ――カプセルリッドクローズ

 ――ホストハードウェアにアクセス

 ――ブロックコード入力

 ――カプラー接続

 ――座標軸微調整

 ――ポイント修正完了

 ――ロックオン

 ――フェードインシステム起動

 ――パワーセット完了



 ――ゲームスタート


(P.9)


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