今日も今日とて、クラスメイトと別れたあと適当に所謂そっち系の売りが盛んな区域の繁華街をうろついていた。
学ラン姿なので同じ高校のやつらに見つかったら何を言われるのか分かったもんじゃなけど、この姿が一番受けがいいのだ。
時間帯もほぼ深夜に近いし、何よりここは普通のやつなら絶対に近づかない。

「…あ」

道の脇の花壇に腰掛けながら品定めをしていると、ちょうどそこにデブで禿げだが金をもっていそうな服装のおっさんが俺に気づいた。
一瞬迷ったがもうすぐ年度変わりで何かと金が要りようだと思い直し、じっと視線を合わせると、そのおっさんはハッとしてから、下品な笑みを浮かべながら近づいてきた。

「君、高校生?」
「うん、コーコーセー」
「いくらかな?」

釣れた。
軽く肩を抱き寄せられながら、「俺、高いよ?」と甘えた声を出せば、興奮したようにハアハアと気持ち悪い息遣いが聞こえた。

「ご、五万はどう?」
「んー…」

すくな。

もう一声。と思いながら「どうしよっかなー」とおっさんのネクタイをするりと指先でなで上げる。
するとさらに息を荒げながら、六万はどうかと交渉してきた。
このおっさん金もってそうだしもうちょっと上げたいところだけど、あんまりしつこくして逃げられても困る。
それより今回はサービスとか言って六万にしといて、次に繋げたときもうちょっと高く取ればいいか。
そう考え、「いいよ」と言おうとした時、おっさんの手が置かれている方と逆側の肩に誰かの手が置かれた。


「未成年が、こんなところでいったい何をしているのかな?」

え。






「おまえ何してんの?」
「見たまんまー」
「は?」
「春を売ってんの」

もう少しで六万プラスα取れそうだったおっさんは、なんと俺の担任が俺を補導したせいでビビッて逃げていってしまった。
唖然とした担任の顔を見て気分が鬱屈とするのが分かった。
…どーっすかなー。
あの場から連れて行かれて、てっきり通報しに行くのかと思いきや、なぜかきれいなマンションの一室に連れて行かれて今に至る。

「翔太」
「ん?」
「お前……、」

担任は口を開きかけて、再び黙り込んだ。
部屋のフローリングで胡坐をかきながらその細い指を見る。

「せんせー」
「……」
「ごめんね」
「、」

がっかりさせただろうか。数えることしか話したことはないが、何をどう言えばいいのか悩んでいる顔を見ていたら唐突に申し訳なくなった。
すぐにでも事情を聞きたいはずなのに。

「金が必要なんだよ」
「金?」
「うん。こないだ親父が再婚して、家出なきゃいけなくなったんだ」

家を出ろなんて言われたことはないが、おれがいちゃいけない存在なのは言われなくてもわかる。あのひとは幸せにならなくてはいけないひとなのだ。どこの馬の骨とも知れないおれがいたのでは彼の幸せに傷がつく。傷で済めばまだいいが、済まなくなったときのことを考えれば選択は簡単なことだった。

「…おまえ、そういうことは早く言えよ」
「え」
「担任の先生だろうが。なんで頼んなかった」
「え」

だって頼ったらあんた金くれんの?

という、最低な一言はどうにか喉で止まってくれた。

代わりに目の前の担任を見下したよう不穏な感情が胸を支配した。まず食費。水光熱費。馬鹿でかい家賃。そこから安いアパートに引っ越すために何十万と必要な初期費用。交際費に通信費に授業料に雑費。分かっているのだろうか。体を売れば一回5万から10万。それだけの話だった。それだけの話のはずだ。
今更。

「……取りあえず今日は、ここ泊まれ。」
「は?」
いつの間にか視線を下げていたらしい。はっとして顔を上げると女子に人気のある若々しい担任教師の顔があった。





「おやすみ」

もしかしてと思って身構えていたが、担任は俺をベッドに寝かせると自分はソファで寝てしまった。

「……」

暗闇の中、天井の白さに目を凝らす。じっと見つめていると、不意に力が抜けたのがわかった。
汚れ切ったゴミのような自分が、白いシーツに浮いている。
その様を脳裏に思い浮かべて少し笑った。



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