「なんで岬ちゃんがこんなことしなきゃなんねえの」
そう続けた馨が一瞬目を伏せて、泣くのかと思った。 でもビー玉みたいな濁りのない黒目と目があって、その可能性がないことを知った。
馨が涙を流したところを俺は一度しか見たことがない。 体育祭の日、こいつの同室者の前で泣く馨しか俺は知らない。
「岬ちゃんがわあざわざ学校行ってこっち戻ってくんのも、この花も、ソファも、出される食べ物も全部俺が受け取っていいもんじゃねえよ」
「……別にお前のためにしてるわけじゃない」
「じゃあなんで」
「俺がしたいだけだ文句言うな」
なんて言えばいいか分からず思わず素っ気なく言うと、馨は少し笑った。
「……巧んとこには行けない。心配かけたくない」
「じゃあここいればいいだろ」
「出来ねえって」
「んでだよ」
苛々する。飯塚もこんな気持ちだったんだろうか。 どうして伸ばされる手を振り払うんだ。 お前のこと構い手ぇやつなんて余るほどいるんだから、乗っかっとけばいいのに。
さっき渡したノート。飯塚。同室者。 そうか。
「……俺、がっこ戻るよ」
行きたいかと聞きながらも内実俺はこいつに、辞めたいと言わせたかった。
ここにいたいと言ってほしかった。
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