わざと少し外した位置に落とされる岬ちゃんの唇は少し乾燥していた。珍しい。彼はいつも完璧にしつらえられている。金髪も丁寧にリタッチしてあるので、ほとんど黒い部分は見えないし、健康そうな血色の肌にくまやにきびが出来ることはない。外見だけならば、本当に、まるで絵画のような。
酒も煙草もピアスとも無縁で、浮いた噂を聞いたことがない。
きらびやかな、それでいて落ち着いたこの空間に遜色ない。
「……なに笑ってんだ」
「いや、……釣り合ってないなって」
「何が」
無意識に、口端や頬にくちびるを寄せられながら笑っていたらしい。 花瓶に落とされた吸い殻を思い浮かべる。 汚染された水が、五十嵐家の使用人の誰かが美しく切り揃えた吸い口から染み込んでいく様子を想像すると、やっぱり無理だと思った。
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目の前で、馨がぼんやりとした目で花瓶を見ている。 その様子から、憂鬱になっているのが分かった。
考え込むように目を伏せた後、表情が消え失せた様子はこんなときなのに情欲を誘う。真っ白な肌。頬からなめらかに細い首筋までのラインが描かれて、そしてそこには無数の傷がついていてなんだか似つかわしくないようで、その似つかわしくなさが違和感と共に欲を刺激する。こんな時なのに。
こっちを向いたと思えばすぐに表情をなくす馨に、もう一度手を伸ばすことが躊躇われた。
「…………岬ちゃん」
「、なんだよ」
「俺やっぱ、寮に戻るわ」
花瓶を見ているのか花を見ているのかただ空間を見ているだけなのか判別がつかない、ただぼんやりとした視線をゆっくりと俺に移して、馨はそう言った。
は、
「…………戻りてえの?」
「戻りたいってか」
ここにはいれないから。
落とされた一言に、一瞬言葉が詰まる。
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