「それで、僕はどうすれば」
「そう。君は今までどおり求め続けていればいい。しかし今から目指す地点は少々特異だ。君はよく考える。しかし、頭で考えるだけでは足りないものがある。あるのだ。脳は全知ではないのだよ。
 人のもつ感覚の中で、視覚はその八割超を占めている。眼球と脳は直結している。君は目で見たものを脳で考える。これまではそれでよかったし、君は脳の思考を研ぎ澄ます道に差しかかった。よろしい。しかし、それだけでは到達し得ぬ領域がある。分かるね。それが今だ。辿り着くためには頭の言葉で考えていては足りない。身体の言葉にも耳を貸しなさい。脳で考えるだけではない。全身で考えるのだ。耳で、鼻で、口で、それだけではない、手で考え、腹で考え、体温で考え、両足で考え、脈拍で考える、心は熟慮しながら身体の直感を聞きなさい。絶えず心と身体で考える、直感を蔑ろにしてはいけない。さすれば、世界は君に手を差し伸べる。世界の手で翻弄され続けること。身体の歩むがままにさせること。
 VIIIIと名乗る君、名は知らないが、君は身体ありきの心だ。身体の言葉も信じてやりなさい。身体とともに行きなさい」

 一息つき、

「……引き受けてくれるね、君の身体は」

 僕は呆然としていた。僕は思う。惑いながら。「……ありがとうございます」

「礼を言うのは私の方だ。それよりも、彼に、宜しく伝えてくれ」

 宜しく、まだ出会えるかも分からないその男に。
 たくさんのことを言われ、僕はその半分も理解できたかあやしい。〈身体で考える〉、流れに身を任せる。……
 リアル?
 リアルな現実、身体?
 彼……悪霊と呼んでいたそれは、リアルな人間で、†闇巫ノ騎士†も目の前に実在していて、K缶も高田巡査という人間で、僕も八月一日夏生という名前でリアルに存在する。あの人も――celestaもどこかに絶対に実在している。皆現実のどこかにいる。互いに知らなかっただけで、彼らは生身の人間だ。
 今考えている僕は、VIIIIなのか? †闇巫ノ騎士†と向き合う僕はVIIIIなのか? VIIIIというのはただの偽名で、独立した存在ではない筈なのに。VIIIIとかcelestaとかいうのは、僕らに属する氷山の一角みたいなものだろう? 僕がVIIIIなのか八月一日夏生なのかって、普通に考えて、どちらも同じ意味なのに。
 身体の言葉、身体の直感、脳ではない部分で考える。
 僕は考える。
 追い求めていたものが僕一人の問題ではないということと、†闇巫ノ騎士†がマジだということ。
 出来事の点と点を想像する。僕の知っていることも知らないことも、みな点になって散らばっている。実在する誰かの点と点をつないでいく。街を線でつないでいく。視覚化されたそんなイメージを思い浮かべた。絵の中で僕は汗をかいて走っていた。僕もつながっていく。

「ええっと」僕は言う。「これってアフターサービスっていうか、継続したアドバイスとかないんですか」
「傘は一本だ。折りたたみは自分で用意しなさい」

 かんたんに突っぱねられた。

「ただ、通常業務になるが、ワンコイン運命鑑定はいつでも行っている。五〇〇円で手相、人相、易でも姓名判断でも人生相談でも何でも、一人五〇〇円で受け付けよう。それから除霊もワンコインだ」
「それって、採算合うんですか」
「心配には及ばない。副業として数珠と壺の販売を行っている。それから先月運命鑑定入門本を電子書籍で刊行した。そちらの印税もある」

 そのペンネームも†闇巫ノ騎士†なのだろうかと考えたけど訊かなかった。

「分かりました」

 何にも分かんないけれど僕は席を立って礼を言う。

「次に会うのは結果報告の時にしたいです」

 僕に、†闇巫ノ騎士†は微笑んだ。

「時代とともに我々はいくつもの心を自由に表出できるようになった。我々は今や身体を介さず心を通じ合わせる技術さえ有する。しかし、身体はどこへ行っても身体のままだ。今日、君の身体に出会えたことを誇りに思う。
 幸運を祈ろう。君の身体と、君の心に」

 僕は雑踏に合流し、イヤホンで耳を塞ぐ。……さて。色んなことを考えた。
 次の曲はドラムのカウントではじまる。前の曲とは打って変わって、ざわめき掻きむしり叫ぶような曲。苦悩。ドラム。これを奏でた人はもうこの世界のどこにもいない。


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