「そしてこの日照りであるが、ここからが肝心な話だ。
 実はこの日照りには原因である、魔王が、いる」

 そう言って太陽から矢印を引っ張り、「魔」の字とつなげる。

「どこから現れたこの魔王こそ日照りの原因だ。日照りは魔王が生み出した現象の一つに過ぎん。君の雨雲も魔王の現象だ。魔王を鎮めぬ限り、ことは何も終わらない。誰かが魔王を鎮めなくては……」

 嫌な予感がした。すごく嫌な予感がした。
 魔王って、僕の徒歩圏にいる魔王のことだ。

「これは……アレですか。王様に呼び出されて魔王を倒しに行く系ですか」
「ひとつ、いや二つ違う。私は王ではない。それと、倒す必要は、ない」

 †闇巫ノ騎士†は呟く。

「私はあの者と対峙した。それは知っているだろう。私が敗北したことも知っている筈だ。私は彼を、倒そうとしたんだ。全く太刀打ちできなかった。私は彼を視ようとした。非業の死を遂げ慰められず邪に染まった霊魂を捜した。そうして死者の国に誘おうとした。しかし、私は完膚なきまでに敗北した。
 何故か? 私は何も視えなかったのだ。
 思い返してみれば奇妙だった。あれだけ強く物体に作用するだけの力を持つものが、何の霊気も発しなかったのだ。彼が、食事を取り、飲酒を要求した時点で、私は気付くべきだった。彼は、死者でも超越的現象でもなかった。あのさなかに微かに視えたものを、たぐり寄せて考えたよ。そしてようやく気付いた。彼は、ただのひとだったのだ。
 彼は生きていた。どういうことかは分からないが、彼は身体と心を引き裂かれながら、生きて助けを求めている、ひとりの確かな人間だった」
「……悪霊は、人間だった」
「そうだ。
 あれは、苦しいだけの人間の断章だった。凍りつき、呪われ、歪み、諦め、涙も流せず声にもならないひとりの人間の闘争だった。心も身体もバラバラに砕け、測り知れないかなしみを抱え、死ぬことも出来ず生きたまま死んだように、死よりも深い闇の中を彷徨っているのだ。たった独り。恐らくは今もなお」
「それで、僕にそれを」
「だから探していたのだよ。私には彼をどうすることも出来ない。私は適任を探していた。君は強く望んでいる。君なら彼に出会えるかも知れない。君にはどうか、彼の友達になってあげてほしいんだ」

 僕が。
 確かに僕は望んでいた。でもそれは、事実を知りたいというただそれだけの興味で、そのあとどうするかなんて全然考えてもみなかった。
 友達?
 あのこは?

「あの……他の人に、こうやって声を掛けたりはしなかったんですか」
「勿論可能だが、その中で君が一番適任だ。
 正直に言うと、私はK缶の方が有能だと考えていた。はじめはね。しかし、目的が魔王と友達になることに変わった今、彼では無理な相談となってしまった。分かるかい。彼は魔王を倒すことは出来るだろうが、仲間にすることは出来ないんだ。私は彼と出会っていないが……それでも君にも分かるだろう。あの場に、友達の適任はいなかった」
「僕は、K缶と会いました」
「捜したのかい?」
「いや……偶然出会ったんです。僕がVIIIIとは名乗らなかったけど……確かに……無理そうでした」
「だろう。私にも彼を視付けられなかった、つまり、残念ながら彼のもつものはこの件が求めるものではないということだ」

 そこで、消去法で僕ということか?

「渋々君を選んだのではない。私が君を意志によって選んだのだし、何よりも君が求めていたのだ。君が雨雲を抱えていたから、彼の砂漠に君を誘おうとしたまでだ。そして君は、君を覆う鉛色の雲を晴らし、青空にまみえる。双方いや三方が幸せになるのだ。私達も、君も、あの者も。私の面子は保たれ、民は一安心する。君は君の抱えるくすぶりをきっと晴らす。そして彼は、もう孤独ではなくなる。誰も損はさせない。出来るのは、君なのだよ、VIIII君」

 求めていた筈のものをあらためて突きつけられると思考が止まる。
 こんなの、まるで物語じゃないか。
 僕はどうすればいい?
 とにかく、僕は頷いた。いったいこの決断がどこへ行くのか知らないけれども。いや、やっていることは変わりないのか? K缶に言われ、†闇巫ノ騎士†に言われ、再確認しただけ? 空白を埋めながら、悪霊と呼ばれた者に、そしてもしかしたらその向こう側にいるあの人に出会う、そういう運動を、目指していたのに全然進展しなかったそれを。
 一体僕はどこへ行くんだ?

「よろしい。VIIII君、君はとても思慮深い。君はきっと難問を解くことが出来る。けれども、そうだな、今の君の装備では少々物足りないものがある。彼と向き合う以前に彼に辿り着くだけの、違った装備が必要だ」

 そう言って、†闇巫ノ騎士†は僕の目をまっすぐに見た。これが「視る」ということだろうか。

「女難の相が強い」

 あ、やっぱりな、と思ってしまう。

「まあ、女難の相と無縁の男はいない……さて、君の成すべきこと……というよりもこれは、私から君へ贈る傘だよ。一本しかやらないから亡くさないようにしなさい」

 僕は傘を手に入れた。らしい。


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