預言者


 帰路、音楽を聴きながら歩いた。アルバムの七曲目。雰囲気はいいのだけれど、どことなく不穏な感じがする。でも聴きほれてしまう。このところ三日に一度は聴いている。
 駅前に弾き語りの男がいた。ほんの少し、歌詞に耳を傾けてみたけれど、あまり好きになれそうな感じではない。

どんなにきみが
くたくたに疲れても
朝日がぼくらを照らす
明日が待ってる ……

 こんな感じ。どうしてもこの手のものには疑いを覚えてしまう。かといって別に悲観的で鬱っぽい、涙を誘うような曲が好きな訳ではないんだけど。
 駅前には弾き語りもいればアクセサリーの露店もあり、占い師も小さな机を出して座っている。どれも見覚えのある面子だった。毎週何曜日の何時といったふうに定期的にやっているらしい。ああいうものは儲かるのだろうか。どうも露店というのは、少しでも気にする素振りを見せたら、妙な好意を持たれたりいいカモにされそうで敬遠している。
 音楽を聴きながら、その占い師をちらりと覗いた。初老の男で、妙にうさん臭い顔立ちで、服の丈も長く、いかにもという感じを体現している。占い師というより手品師っぽいが、机の上には「運命鑑定」と書いてある。誰か客がいるところを見たことがない。うさん臭えなあと思いながら通りすぎる。音楽はアウトロに近づき、リズミカル、跳ねるようなギターのメロディ。ボイチェンしたウィスパーボイス。「待ちなさい」と聴こえた気がする。
 ……いや、肉声である。
 占い師が手招きしている。それも、かなりしつこく。人通りは露店を避けて流れ、つまり占い師の目の前には僕しかいなく、未だ音楽は鳴りやまない。次の一曲への橋渡しのクライマックス。ゆるやかにフェードアウトしていく直前、ボリュームダウンし、代わりに聴こえる野音は、

「まあちょっと座りなさい。そこへ」

 何言ってんだこのオッサン。プレイヤーを見ると、アウトロ終わるまであと二十秒。もどかしいなあと思いながら待つ。好きな曲も好きじゃなくなっていくように思えてそれがくやしい。何をしているんだ、「ほら、座りなさい」と占い師は何度も僕を呼ぶし、周囲の視線も痛い気がするし、何だこれ。
 余韻が終わりまで響き渡る前に一時停止を掛ける。イヤホンを片耳外し、話だけは聞いてやる態度をとる。逃げ出してもよかったが、興味がない訳ではなかった。ただし商談になったら有無を言わさず逃げるつもりでいる。そんな僕の態度を見透かしたらしい。

「金の心配をしているならそれはいらない。私は、視たい人しか視ないのだよ、本来はね。私から君を選んだのだよ。だからこの会話で私は何の金銭も要求しないし、何も買わせないことを誓おう。どうか雑談だと思って、肩の力を抜いて、私の話を聞いてくれないかね」

 限りなく、うさん臭い。

「それ、誰に対しても同じこと言ってんじゃないですか」
「とんでもない。私は人を選ぶ。私は、本当に必要な者しか視ない。その者に出会う為にこうして張り込みをしているようなものだ。時には、頼まれて視ることもあるが、多くは何も視えない。何も持たないのだから視える筈がないのだ。そのときは仕方なく手相や人相や姓名を見るがな、本当に視るべき者は、見なくても、視えるのだ」

 ……これは、アレかな。アレな人かな。入院病棟ならT川沿いにありますよって教えてあげるべきなのかな。

「そういうことだ。まあ座りなさい。なるべく手短に終わらせよう」

 詐欺師から電波中年男性に格上げされたその男に従い、僕はイヤホンを外して正面のパイプ椅子に座った。
「さて」、男は紙とペンを出す。

「ところで君のことは何とお呼びしたらいいものかな?」

 仕方なく、ホズミ、と答えようとすると、男の言葉はまだ繋がっていて、

「ふむ、いかんせんフリガナを知らないものでね。これは、どのように読むのが君の意図なのか、文字の上では分からぬからね」

 そうして男は書きつけたのだった。何の迷いも無く。

『VIIII』と。

 ぞっと、冷たいものが腹に満ちる感じがした。はあ? なぜ知ってるんだ? 動揺が態度に表れているに違いないが、それでも冷静ではいられない。
「怖がらなくていい」と男は言った。なだめるというより、驚かれては心外だという風に。でも、冗談じゃない、なぜ、実在の八月一日夏生とネットのVIIIIが一致したんだ? 何がつながっているんだ? celestaでさえ――僕だって、celestaのことは――知らないというのに。

「……あなたは、誰なんです?」

 誰という語の中に、あのコミュニティが含まれ、その一員であることを明かすも同然だが、これよりマシな文句が見付からなかった。

「ああ、そうか勿論『ひとに名を尋ねる時はまず自分から』のセオリーが成立する。よかろう。それにね、私は君の本名、住所、電話番号、メールアドレス、その他のハンドルネーム等個人情報は全く知らない。全くだ。私が知るのは君の言語と思想の片鱗のみだ。君の身体に出会うのも今日が初めてだ。安心したまえ。私が名乗ったところで、君がかれ(机上のVIIIIを指差す)ではないと主張してもいっこうに構わないし、君の言い分を全面的に認めよう。話すことは何一つ変わらない。ともあれ私の名は、こういうものなのだが……」

 そう言って、男はVIIIIの隣に書いた。

『VIIII †』

 プラス? いや、続きがあった。

『†闇巫』

 う うわあ……

『†闇巫ノ騎士†』

 うっわあ………………

「〈ダーク・ナイト〉と申す。宜しく」

 頭上に隠しカメラがあってさ、しばらく経ったら看板持ったK缶が『ドッキリ大成功!☆』って出て来んの。大団円じゃん。やったあ〜……

「敬遠しているようだが、これは魔除けの名だよ。勿論現代風にアレンジしてあるがな」

 ……いや確かに、悪魔や死神を退けるためにわざと邪悪な意味や汚い言葉を名前に使う風習はあるけれども、けどさあ。「現代風」のサンプリングにネット使っちゃ駄目でしょう。
 詐欺師、電波中年男性と来て邪気眼まで格上げされたこの男に対して、僕、VIIIIはどうすればいいのだろうか。


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