「ぼくにはよくわからないよ」とアークは続ける。
「ざわついてる感じかな。形にはぜんぜんなってない。あるのはなんとなく分かるんだけど、意味を読むのはできなそう」
「そうなんだあ」となことと、声。
「ありがとうね、えーと、アークテュルス君?」
「君は、ザムザっていうの」
「そう呼んでもらってるねえ」
「ぼくもアークテュルスって呼んでもらうよ」
「あ、僕もなことだよ!」
「――ちょっと待って、俺会話においてけぼりなんだけど」

 四人分のぼりぼり音が一度止まった。

「まず、なことに聞くけどさ、これはいったい何な訳?」
「ザムザ君だよ。透明人間だよ」

 あっけらかんとなことは答える。
 透明?

「なんで、その……透明人間がうちにいるの。なんで俺のカップ使ってるの?」
「ザムザ君は僕の知り合いだよ。時々お話するんだよ。アークや黒梨くんに会わせて驚かしたいと思ってうちに招待したよ。カップが足りなかったから黒梨くんのを使ってもらったよ」
「なことが入っていいって言うから入ったよ。しようと思えば出来るけど今回は不法侵入じゃないよ。ついでに言うとこのアパートは防犯に問題があるね、泥棒余裕だ」

 文句は大家に当たってほしい。彼の口からはそんなことは絶対に言えないが。
 煎餅は容赦なく数を減らす。砕けながら空中に失せていくのは、透明人間が食べているからか。

 透明人間という言葉を誰かが最近言っていた気がする。
「慎でしょ」とアークテュルスが彼を読む。そうだったと思い出す。正確に言えば慎と同行していた人間。

「なあ透明人間」
「呼ぶならザムザにしろ」反発は早かった。分かったよと彼は呟く。
「紳士っぽい人に心当たりない?」
「ある」

 紳士の一言で通じるのかよ。拍子抜けする程即答だった。紳士、と(恐らくは)笑いながら茶を飲み干した透明人間曰く、

「あいつに傘貸してくれただろ? おれの事何か言ってたんだ?」

 あいつというのが確かに先日の黒衣のコートの男らしい。

「いや、名指しで細かく言ってたんじゃなくて、うちに透明人間が居るって言ってて。それってあんたの事かなあって」
「雨降った日に、あいつ、傘持って行かなかったのに、持って帰って来て、どうしたんだっておれが聞いたら“偶然出会った人に借りました”って言うから」
「黒梨くんが傘を貸した人が、偶然ザムザ君が居候してるお友達だったんだね」となことが言う。
「やな偶然だね」ザムザが言う。
「じゃあ、なに、同居関係なの? 紳士とあんた」
「もう一人居るけどね。お前ん家と状況は似てるかもしれない。ねえ、主夫さん?」

 ニヤリと笑ってでもしてくれたら少しは会話も掴みやすいだろうが、会話の相手は生憎透明人間だった。これと生活している紳士に対して彼は微妙な同情を寄せた。しかし自分も対して変わらないぞと同情はすぐに撤回した。思考を読んだアークが彼に無言の抗議をしたが彼は無視を決めこんだ。

「あんたが家事やってるの? てっきり紳士がやってるのかと思ったけど」
「紳士たるもの家事やるかよ。お手伝いさんがいるだろう?」
「で、お手伝いさんがあんただ、と」
「お手伝いの代わりに住まわして貰ってる」

 頬杖ついて会話を聞いていたなことが口を挟む。

「だから、黒梨くんとザムザ君って似てるよね」
「それは雇われ主夫的な意味?」
「ま、傍目にはそういう意味ってことで」
「そういう意味って、どういう意味だよ」

 彼は答えをアークテュルスにすがったが「黒梨にはおしえない」と知らんぷりを決めこんだ。先ほど無視したことへの嫌がらせか。分からないなと彼はため息を吐く。


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return / 0219 written by.yodaka
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