2020兵長生誕祭 | ナノ


こどもたち



タイミングは数多にあった。初めての壁外調査のあと、従来の王政をひっくり返したクーデターのあと。ウォールマリア奪還作戦へ出立する前夜。そして、それから。

リヴァイより入団は遅かったものの、今やナマエもリヴァイに次ぐ古参兵の一人。長い時間を共に過ごしてきたからこそ、すっかり仲間や友人といった、枠からはみ出すことができなくなってしまっている。それでもいいと思ってしまうのは、変わらず彼が側にいるせいか。


「港が見えてきた!ねぇリヴァイ。見て、見てよ」

頭上高く、遠くでカモメが鳴いている。船舶の汽笛が呼応するように響いて、甲板に出ていたリヴァイもナマエも、いよいよマーレに到着するのだと思い知る。

「オイ、お前まではしゃぐなみっともねぇ。ガキ共に示しがつかねぇだろうが」

「だって。やっぱりなんだかワクワクするじゃない?ねぇ、ハンジ」

いつになく浮足立った旧友の姿に、ハンジは片目の目尻を下げて微笑んだ。

「ナマエがそんなにこどもみたいなとこ、久しぶりに見たよ。少し前までは、貴女が一番下っ端だったのにねぇ」

「少し前って。随分前の話しでしょ。何言ってるの」

「感傷的になってたのさ。本当にこんな世界があるなんて……貴女が入ったばかりの頃は、思いもしなかったってこと」

そう言ってハンジはナマエの頭を撫でつける。周囲にはナマエとリヴァイと、それから104期の面々しかいないけれど。壁の外や、外の世界など。不用意な言葉を使うのは憚られるので、ハンジの言葉には含みがある。

思いもしなかった世界だ。

下船した一行を迎えたのはオニャンコポンで、彼の手引きにより一先ずはアズマビトの屋敷へと向かう。しかし目の前に広がるのは見たこともないものばかり。

感傷はすぐにどこか飛んでゆき、ハンジを筆頭に意識は目前のものに囚われる。

「ハンジ、本当にあの"くるま"にニンジンあげるのかしら」

ニンジンを買いに走ったハンジに、追いかけるオニャンコポン。早くも陣形はどこへやら。ナマエも楽しい気分になって、ハンジたちの方へと足を進めようとしたが。

「はぐれるな」

リヴァイがナマエの服の袖を掴む。

「もう、私こどもじゃないのよ」

「お前も十分うかれてるだろうが」

「だって……」

その時だった。

「そこのボク、甘ぁ〜いキャンディはいかがかな?」

赤、白、青、黄色。ビビットな縦縞模様の服に、白塗りのメイク。鼻は真っ赤な丸い付け鼻に特徴的なアイメイク。飴売りピエロがそう言ってキャンディを差し出したのは、他ならぬリヴァイだった。

その場にいた全員の空気が固まる。

あえて視線を逸らしたリヴァイに、ピエロは追い打ちをかける。

「キミだよ。カッコイイね!チビッ子ギャングかな?」

何故かナマエは、助けを求めるようにハンジに視線を送った。察したハンジは、上着の内ポケットから金貨の入った袋を取り出して。

「キャンディ?なら私が彼女に買ってあげようかな。ね、ねぇナマエ?」

「私、甘いのだいすき!」

「オイ、何やってるてめぇら。行くぞ」

ハンジが買ったキャンディはリヴァイがひったくって、彼はスタスタと歩き出す。

「あ、待ってよリヴァイ」

「さっさと歩け」

慌てて歩調を並べたナマエは「さっきの飴売りの人、きっとメイクしすぎてよく見えなかったのね」といつもの調子で笑ってみせた。

「……最悪だ」

リヴァイは舌打ちを一つ。ナマエがトドメの追い打ちをかけてしまったことは、ナマエが気付くはずもない。


それから移民の少年のスリに遭ったりしつつも、一行はアズマビト家に到着。ようやくキヨミと再会を果たし、明日の予定を話し終えた所で。

「リヴァイ?」

彼の機嫌が悪いことに、ナマエは気付いた。

「あ?」

「どうしたの?明日のこと、憂鬱になってる?」

翌日は国際討論会を見学に行くことになっている。ユミルの民保護団体が登壇する予定なのだ。どんな団体かは明らかではない。世界がユミルの民をどう思っているのか、見極める必要がある。

「いや……俺ははなから期待してねぇ」

「そう、なの?ねぇ、リヴァイの部屋に行っていい?さっきサシャからお菓子もらって」

「一人で食え」

「えー、せっかくだし一緒に食べようよ」

「俺にかまうな」

語尾には強い感情が乗っていた。急にヘソを曲げた彼に、ナマエの機嫌も悪くなる。

「何よ!緊張してるんじゃないかって心配してるのに!リヴァイのばか!」

「あ?誰が緊張してるっつった。勝手な憶測で話しすすめんじゃねぇ」

二人の背後ではハンジとオニャンコポンが声を潜めて話している。

「二人はどうしたんですか?いつもは仲が良いのに」

「うーん。理由はわからないでもないんだけど。たまーにこういうことあるから。そっとしておこうか」

「はぁ……?」

明日は国際討論会に行くというのに、身内で喧嘩しててどうするんですか。オニャンコポンの小さな呟きは睨み合う二人の前には塵に等しい。

「俺は先に休む。ハンジ、何かあったら起こしてくれ」

「あ、ああ……わかったけど」

ナマエからはわざと視線を逸らして言うリヴァイに、ナマエもいよいよ腹を立てた。

「何あの態度!私そんなにふざけてた?ひどいこと言った?」

「いや、ナマエは悪くないと思うけど。リヴァイも少し、大人気なかったな」

でしょう?とナマエはハンジの服の端を引っ掴む。

「でもやっぱりフォローはしておいでよ。慣れない土地だしさぁ、リヴァイも多少緊張してるんだろ」

「私がフォロー?どうして?」

「そういうとこだよ」

見兼ねたオニャンコポンが、紅茶の入ったポットをナマエに差し出した。兵長への差し入れにどうぞ、と。

無言で笑顔を繕うハンジとオニャンコポンを見て、ナマエもしぶしぶとポットを受け取る。

アズマビト家の屋敷は広く、リヴァイは個室をもらっていた。ナマエはハンジと同室だ。建築様式も島の様子とはだいぶ違っていて、ポットを握りしめたまま、見慣れぬ廊下を歩く。

思い起こせばナマエがリヴァイとこんな風に口論になることは、昔はままあった。段々と一緒にいる時間が蓄積してゆくにつれ、無駄な会話が減ってしまったようにも感じる。

(なんだか、私もリヴァイもこどもみたい)

リヴァイの部屋をノックすると、中からすぐさま返事があった。

「いねぇ」

「いるんじゃない!」

問答無用で扉を開けると、リヴァイはベッドで仰向けになり、顔には帽子がかぶさっていた。起きる気配のない彼に、ナマエはため息をひとつ。

「オニャンコポンがお茶くれたの。一緒に飲む?」

「……飲む」

起き上がったリヴァイの髪には軽い癖がついていた。ナマエはいつにない隙だらけの彼の姿に、怒っていたことも忘れて笑ってしまう。

「リヴァイが寝癖ついてるとこ、初めて見たかも」

するとリヴァイはじっとナマエを見やり。

「あ?癖くらいつくだろ」

「今まで見たことなかったよー。なんだか可愛いね」

「どうせ俺はチビッコギャングだ、クソが」

手元でお茶の準備をしていたナマエ。カップやソーサーが、かちゃんと止まる。

「リヴァイ、ひょっとしてそれで拗ねてたの?」

「だったらなんだ。最悪だろ……」

お茶はテーブルの上に置いたままにしておいて、ナマエはベッドの上に腰掛けた。触れるか触れないか、微妙な距離を保ちつつ二人は顔を見合わせる。

「あんなの気にすることないのに」

「お前な」

「でも、リヴァイのそういう可愛いところも好きだよ」

「……あ?」

リヴァイの瞳の奥が急に瞬いて、その鋭い視線が刺さった瞬間、ナマエは今、自分が何を言ったのかを改めて理解した。ワンテンポ遅れた彼女の調子が、急に動き出す。

「お茶!お茶いれようね。オニャンコポンにもらったお茶を」

「オイ、待て。話しの途中だ」

「話し?終わったでしょ?」

「も、と言っただろう。お前、今」

立ち上がろうとしたナマエの腕を、リヴァイが引っ張る。並んで座っていた距離は、さっきよりも近付いた。

「それは……なんていうか、言葉の綾で」

「本当に?」

ずっと言わないできたのに。

数多にあったタイミングをこれでもかと置き去りにして、ナマエはリヴァイに好きだと気持ちを伝えることをしなかった。

いつだって隣にいたから。言えば関係が変わってしまうと思ったから。

どうしたってこんな異国の地で。唐突に訪れた告白の機会。

「す……好きに決まってるでしょ!リヴァイなんて、強いしかっこいいし、なんだかんだ優しいし、落ち込んでる時は一緒にいてくれるし、そんなの、好きにならない方がおかしいでしょ」

一息に言い放つと、リヴァイはたっぷりの間のあとで吹きだして笑った。そんな風に笑う彼の姿を、ナマエは初めて見た。

「リヴァイ!」

急に恥ずかしくなって、ナマエは抗議するように彼の腕を叩く。

「ああ、悪い……俺も好きだ」

「え?」

「好きだっつってんだ」

「それは……その、仲間としてっていうか?」

途端に視界が暗転する。唇に柔らかな感触が触れる。口角を上げた、何故か得意げなリヴァイと目が合う。

「好きだ」

「いっ、今、リヴァイ」

「もっかいするか?」

「待って!ちょっと待って!色々いきなりで追い付かないから」

「いきなり告白してきたのはナマエの方だろうが」

「だって……」

目の前にいるリヴァイが、急に男になったような気がした。触れた唇が妙に熱くて、彼が好きなんだと、恋焦がれているのだと、胸が騒がしくなる。

ナマエは顔を両手で覆い、このあとどうすればいいか悩んだ。両想いになれたことは嬉しいが、気恥ずかしさばかりが先に立った。

「オイ、黙るな。寂しいじゃねぇか」

「そういうこと平気で言わないで。どうしてリヴァイはそんなに堂々としていられるの?」

「してねぇ。割と緊張してる」

「してるように見えないよ」

リヴァイは薄く微笑んでいる。さっきまで拗ねていたのが嘘のようだった。

「私ばっかり、なんだか恥ずかしい」

「恥ずかしいのは俺の方だ」

リヴァイが言う方は、昼間の「チビッコギャング」のことを言っているのだろう。

「ふふ、私たちこどもみたいだね」

「何だと」

「さっきこの部屋にくる時も同じように思ってたんだけど……そうだね、恋してると、大人も関係なくこどもになっちゃうのかも」

ふん、とリヴァイは鼻で笑う。きっと同じように思ったのだ。

「リヴァイに恋していてよかった。私もまだ、こどもでいられる場所があるんだね」

リヴァイは虚を突かれたような気持ちになった。きっと、リヴァイもナマエのことを好きで、気持ちを伝えてこなかったのは。こどもでいたい部分もあったのかもしれない。ずっと変わらない二人でいたかったのかもしれない。

でも一度触れた唇はキャンディよりもずっと甘くて。

「ッン……」

一度目のキスより長い。もうこどもじゃないんだぞ、と伝えるような深い交わり。唇の間を割って、二人の舌が絡む。ナマエが身をよじったのは最初だけで、すぐにリヴァイの腕を掴んだ。リヴァイはぎゅっとナマエを抱きしめて、唇が離れると耳のすぐ側で囁いた。

「今夜は俺の部屋にこい。ハンジの奴には気付かれねぇようにな」

ついにナマエは言い返すことも出来無いくらいに赤面してしまい、呆気にとられてしまって。

「ああ、こいつはお前にやる」

壁にかかった上着の中から、リヴァイは昼間のピエロからひったくったキャンディを取り出した。

赤い顔のまま、ナマエは吹きだして笑う。

「……リヴァイが食べなよ」

「やるよ」

唇の代わりに、今度は本当に甘い塊がナマエの口の中へと突っ込まれた。ナマエは続けて笑う。リヴァイも笑う。もう彼は、拗ねる様子を見せなかった。

「リヴァイ」

「何だ」

もらった飴を舐めながら、ナマエは片手でリヴァイの服の袖を引っ張る。

「これからも、ずっと一緒にいてね」

リヴァイは服の袖で遊んでいたナマエの手を掴み、指を絡めて握りしめた。ああ、と返事をする彼は、ナマエが見た彼の表情の中で、一番素敵でかっこよかった。



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