▼ 1.chocolate mice(ヘリコプター)
窓を震わすけたたましい音が響く。耳を澄ませば、運転席の方からパチパチと天井部のスイッチを下げる音が響いた。ナマエには何をしているのかわからない。時折赤い光が視界を横切る。ナマエとリヴァイの斜め前にいるゲルガーが、装備の点検をしていた。
高度3000m時速240km/h。
軍の要請を受けた
ここにナマエがいるのは他でも無い、ナマエの弟である「エレン」の顔を確認する為だ。今回の任務は士官学校生──もとい、抗体を持つ人間の保護である。この抗体を持つ人間にはナマエも含まれる。
本来ならばハンジらと共に
「目標地点上空まであと
操縦士から声がかかる。
「よし。来い、ナマエ」
「……遂に来たのね、この時が」
もちろん、ヘリコプターからスカイダイビングでパラシュートなんてナマエには人生で初めての体験だ。ここへ来るまでこれを散々渋った経緯がある。他のメンバーは皆こんな突入には慣れっこなので、どこか面白げにナマエを見やった。
「ラッキーガール、今日の幸運も祈るよ」
そう言ったのはニヒルな笑顔を見せるナナバだ。ナマエは通り過ぎ様に、ナナバとさりげないグータッチを交わした。
タンデムジャンプ用の機材はもちろんリヴァイが背負う。リヴァイは手際よく自身の体に、大きな登山リュックのような装備を装着し、ナマエの背後から抱きしめるような形でベルトを回していく。途中でゲルガーが野次を飛ばしてきたが、ナナバにつつかれてすぐに肩をすくめた。
「無線機はどうだ」
今回の作戦には軍より支給される無線機が導入される。エルヴィンは確認しろ、の意味で言っているようだ。リヴァイはしっかりと耳に固定したインターカムに触れ、スイッチを入れた。
「全員聞こえるか」
ナマエも慣れないインターカムに耳を済ませる。会話をするにも難しいヘリコプター内だが、インカム越しに聞こえるリヴァイの声はクリアだった。ナマエを含めた全員が、軽く手を挙げてリヴァイに合図を送る。今回は着ている装備も軍から支給されたものだ。特殊攻撃部隊等が装着する黒い防護服。ナマエには胸当てと膝当てのサイズが合わなくて少し痛い。
リヴァイは一度インカムの電源を落として、しっかりと自身の前に括りつけられたナマエの頭を掴み、キスを1つ。ちゅ、という音はナマエの耳にしか聞こえない。それからまた、インカムの電源を入れた。
「これより作戦を開始する。
ヘリコプターの側面部、扉が開く。
「リヴァイ……リヴァイ、やっぱり怖い……!」
「悪いが待ってやれる余裕はねぇ。しっかり歯食いしばれよ」
コメディ番組なんかではこの間が一番長いんじゃないか、とナマエは思う。ヘリから飛び降りるコメディアン達は飛ぼうか飛ぶまいか、声を荒げて騒ぐのだ。
ナマエには一瞬の猶予も与えられなかった。ゴーグルを下げた瞬間、リヴァイは狭い歩幅で助走を付ける。ナマエも陸地で練習したように、それに倣った。2人はヘリコプターから飛び降りる。
足が空を蹴った。声をかけるまで目を閉じていい、と言われたナマエはその通りにする。風が全身を下から突き上げ、背中にはリヴァイがぴったりと張り付いている。透明なゴーグルには視界を奪うような衝撃を受ける。しかし降下は長い時間では無い。
「
脚を折り、体を海老反りにさせる体勢のことだ。着陸予定である士官学校の屋上は近い。リヴァイがドローグリリースハンドルを引くと、全身が開いたパラシュートの方へと引っ張られる。
「奴ら、いやがるな」
パラシュートが安定した瞬間、リヴァイが呟いた。インカムの電源は入っている。
「奴らって……」
「全員気を付けろ!屋上にアンデッドの姿を確認!ナマエ、ゴーグルは着いてるな?」
「うん!」
ナマエの肩越しの後ろから、銃を装備する音が聞こえる。リヴァイはナマエよりもずっと視力が良い。状況と反比例してゆっくりと降下していく中、ナマエは目を凝らした。
「あれ……エレン?」
「一番前で喰われそうになってる奴か」
屋上には士官学校の制服(ナマエはエレンが着ていたのを見た事がある、茶色い上着のものだ)を着たエレンを含む3人、そしてアンデッドが10数体、エレン達に詰めよっている最中だった。抗体を持っているせいか、エレンが前に出ている。
「エレン!」
「俺が撃つ。お前はまだ手を出すな」
そう言い終えると同時、リヴァイの足は屋上の地面を走った。長いパラシュートが地面へと広がり、装備と共に脱ぎ捨てられる。ミカサとアルミンは視線だけで2人を確認した。
身軽になったリヴァイは手斧のホルスターを外し、片手ではベレッタを構えたままエレンの方へと向かう。
「あ……!」
小さく息を飲んだのはエレンだった。背後から唐突な発砲音、続けざまに通りすぎる人影。風が瞬くような動きに、士官学校生の3人は目を見張った。
「エレン!危ないから下がって」
「え、あ?姉ちゃん?!」
目前のリヴァイと背後の姉と。エレンの驚くポイントは多過ぎるだろう。
ミカサは自身も戦おうと構えていたが、3人は武器の類を所持していないようだった。リヴァイが10数体を殲滅した頃には他の
「オイ、ガキ共……これはどういう状況だ?」
士官学校生は校内に籠城状態という報告であった。アンデッドが入り込んでいるというのは、それなりの緊急事態が伺える。
敬礼を構え「は!」と声を上げたのはアルミンだった。
「僕達3人が食糧庫に来た時に急に現れたんです。夕方までは報告通りの籠城状態にありました。まだ校内には仲間もいて……下の状況はわかりません」
アルミンの表情は青ざめている。無理も無い。成人しきれていない細い肩の上に、エルヴィンは優しく手を置いた。
「アルミン・アルレルト、だな?報告の際は君がいつも無線に出ると聞いていた。詳しく校舎内の様子を聞こう。士官生全員を連れて帰還する」
それから、とエルヴィンは言葉を続けた。視線を抱き合う姉弟に向けて。
「彼がエレン・イェーガーで間違い無い、な」
「はい。そうですが……軍ではなくどうして
困惑したようなアルミンに、今度は誤魔化すようにナマエの方に顔を背けたエルヴィン。
「ナマエ、紹介してくれるか。彼が弟だろう?」
「あ……うん」
ナマエの目には少しだけ涙が浮かんでいた。エレンはきっと大丈夫だと言い聞かせていたけれど、無事でいてくれたことが嬉しいのだ。腕の中のエレンは不服そうに「いい加減離せよ」と悪態をついていたが、満更でも無さそうだった。
「お前が弟か」
「あ、はっ!士官学校第34班所属、エレン・イェーガーです!」
次いでエレンはミカサ、アルミンの紹介を促した。エルヴィンも頷いて、それに耳を傾ける。
エレンは言葉を切って、そっとナマエに耳打ちをした。
「なんで姉ちゃんがここにいるんだ。家は?」
「色々あって私も
「はぁ?」
リヴァイはおもむろにナマエの肩を掴み、自身の方へと引き寄せた。そろそろ離れろ、の意図らしい。エレンはこういう事に敏感な方では無い。しかしリヴァイの動きはそんなエレンから見ても不自然であった。
「あの……?リヴァイ、兵長……?」
「俺のことを知ってるのか。まぁ、知ってる年代だろうな……よろしくな、弟」
「リヴァイって有名なの?あ、エレン。リヴァイと私、そのうち結婚するんだ。エレンのお兄ちゃんになるよ!」
「は、はぁぁぁ?!いや、あのリヴァイ兵長が?いや、でも認められませんよ!」
話題が妙な方角へと舵を切る。見兼ねたナナバが「そろそろ状況把握しとかない?」と集まる一行に向けて吐き捨てたのだった。
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