Unconditional | ナノ


▼ 1.chocolate mice(ヘリコプター)

窓を震わすけたたましい音が響く。耳を澄ませば、運転席の方からパチパチと天井部のスイッチを下げる音が響いた。ナマエには何をしているのかわからない。時折赤い光が視界を横切る。ナマエとリヴァイの斜め前にいるゲルガーが、装備の点検をしていた。

高度3000m時速240km/h。
軍の要請を受けた自由の翼フリーフライは、シガンシナ州に唯一残るヘリコプターで一直線に士官学校へと向かっていた。突入のメンバーはエルヴィンを筆頭にリヴァイ、ミケ、ナナバ、ゲルガー、そしてナマエである。

ここにナマエがいるのは他でも無い、ナマエの弟である「エレン」の顔を確認する為だ。今回の任務は士官学校生──もとい、抗体を持つ人間の保護である。この抗体を持つ人間にはナマエも含まれる。

本来ならばハンジらと共に自由の翼フリーフライの現在の本拠地、発電所跡に居残るべきであろう。しかしそれでは危険が及ぶと、エルヴィンが判断した為だ。いくらリヴァイと一緒に降下するといっても、高度3000mからパラシュートで落下する方がずっと危険だとナマエは思ったが、エルヴィンの作戦にリヴァイが黙って同調したので、ナマエもそれに倣った。

「目標地点上空まであと1000フィート約0.3キロ地点だ」

操縦士から声がかかる。

「よし。来い、ナマエ」

「……遂に来たのね、この時が」

もちろん、ヘリコプターからスカイダイビングでパラシュートなんてナマエには人生で初めての体験だ。ここへ来るまでこれを散々渋った経緯がある。他のメンバーは皆こんな突入には慣れっこなので、どこか面白げにナマエを見やった。

「ラッキーガール、今日の幸運も祈るよ」

そう言ったのはニヒルな笑顔を見せるナナバだ。ナマエは通り過ぎ様に、ナナバとさりげないグータッチを交わした。

タンデムジャンプ用の機材はもちろんリヴァイが背負う。リヴァイは手際よく自身の体に、大きな登山リュックのような装備を装着し、ナマエの背後から抱きしめるような形でベルトを回していく。途中でゲルガーが野次を飛ばしてきたが、ナナバにつつかれてすぐに肩をすくめた。

「無線機はどうだ」

今回の作戦には軍より支給される無線機が導入される。エルヴィンは確認しろ、の意味で言っているようだ。リヴァイはしっかりと耳に固定したインターカムに触れ、スイッチを入れた。

「全員聞こえるか」

ナマエも慣れないインターカムに耳を済ませる。会話をするにも難しいヘリコプター内だが、インカム越しに聞こえるリヴァイの声はクリアだった。ナマエを含めた全員が、軽く手を挙げてリヴァイに合図を送る。今回は着ている装備も軍から支給されたものだ。特殊攻撃部隊等が装着する黒い防護服。ナマエには胸当てと膝当てのサイズが合わなくて少し痛い。

リヴァイは一度インカムの電源を落として、しっかりと自身の前に括りつけられたナマエの頭を掴み、キスを1つ。ちゅ、という音はナマエの耳にしか聞こえない。それからまた、インカムの電源を入れた。

「これより作戦を開始する。21時フタヒトマルマルリヴァイ・アッカーマン、ナマエ・イェーガーより降下を開始」

ヘリコプターの側面部、扉が開く。

「リヴァイ……リヴァイ、やっぱり怖い……!」

「悪いが待ってやれる余裕はねぇ。しっかり歯食いしばれよ」

コメディ番組なんかではこの間が一番長いんじゃないか、とナマエは思う。ヘリから飛び降りるコメディアン達は飛ぼうか飛ぶまいか、声を荒げて騒ぐのだ。

ナマエには一瞬の猶予も与えられなかった。ゴーグルを下げた瞬間、リヴァイは狭い歩幅で助走を付ける。ナマエも陸地で練習したように、それに倣った。2人はヘリコプターから飛び降りる。

足が空を蹴った。声をかけるまで目を閉じていい、と言われたナマエはその通りにする。風が全身を下から突き上げ、背中にはリヴァイがぴったりと張り付いている。透明なゴーグルには視界を奪うような衝撃を受ける。しかし降下は長い時間では無い。

開くぞ。(パラシュートを)ナマエ、エキジットの体勢だ!」

脚を折り、体を海老反りにさせる体勢のことだ。着陸予定である士官学校の屋上は近い。リヴァイがドローグリリースハンドルを引くと、全身が開いたパラシュートの方へと引っ張られる。

「奴ら、いやがるな」

パラシュートが安定した瞬間、リヴァイが呟いた。インカムの電源は入っている。

「奴らって……」

「全員気を付けろ!屋上にアンデッドの姿を確認!ナマエ、ゴーグルは着いてるな?」

「うん!」

ナマエの肩越しの後ろから、銃を装備する音が聞こえる。リヴァイはナマエよりもずっと視力が良い。状況と反比例してゆっくりと降下していく中、ナマエは目を凝らした。

「あれ……エレン?」

「一番前で喰われそうになってる奴か」

屋上には士官学校の制服(ナマエはエレンが着ていたのを見た事がある、茶色い上着のものだ)を着たエレンを含む3人、そしてアンデッドが10数体、エレン達に詰めよっている最中だった。抗体を持っているせいか、エレンが前に出ている。

「エレン!」

「俺が撃つ。お前はまだ手を出すな」

そう言い終えると同時、リヴァイの足は屋上の地面を走った。長いパラシュートが地面へと広がり、装備と共に脱ぎ捨てられる。ミカサとアルミンは視線だけで2人を確認した。

身軽になったリヴァイは手斧のホルスターを外し、片手ではベレッタを構えたままエレンの方へと向かう。

「あ……!」

小さく息を飲んだのはエレンだった。背後から唐突な発砲音、続けざまに通りすぎる人影。風が瞬くような動きに、士官学校生の3人は目を見張った。

「エレン!危ないから下がって」

「え、あ?姉ちゃん?!」

目前のリヴァイと背後の姉と。エレンの驚くポイントは多過ぎるだろう。

ミカサは自身も戦おうと構えていたが、3人は武器の類を所持していないようだった。リヴァイが10数体を殲滅した頃には他の自由の翼フリーフライのメンバーも屋上に着地し、ヘリコプターは一旦その場を離れて行く。血飛沫が夜の屋上に濃い闇を落とす中、リヴァイはゆっくりと振り返った。

「オイ、ガキ共……これはどういう状況だ?」

士官学校生は校内に籠城状態という報告であった。アンデッドが入り込んでいるというのは、それなりの緊急事態が伺える。

敬礼を構え「は!」と声を上げたのはアルミンだった。

「僕達3人が食糧庫に来た時に急に現れたんです。夕方までは報告通りの籠城状態にありました。まだ校内には仲間もいて……下の状況はわかりません」

アルミンの表情は青ざめている。無理も無い。成人しきれていない細い肩の上に、エルヴィンは優しく手を置いた。

「アルミン・アルレルト、だな?報告の際は君がいつも無線に出ると聞いていた。詳しく校舎内の様子を聞こう。士官生全員を連れて帰還する」

それから、とエルヴィンは言葉を続けた。視線を抱き合う姉弟に向けて。

「彼がエレン・イェーガーで間違い無い、な」

「はい。そうですが……軍ではなくどうして自由の翼フリーフライが……」

困惑したようなアルミンに、今度は誤魔化すようにナマエの方に顔を背けたエルヴィン。

「ナマエ、紹介してくれるか。彼が弟だろう?」

「あ……うん」

ナマエの目には少しだけ涙が浮かんでいた。エレンはきっと大丈夫だと言い聞かせていたけれど、無事でいてくれたことが嬉しいのだ。腕の中のエレンは不服そうに「いい加減離せよ」と悪態をついていたが、満更でも無さそうだった。

「お前が弟か」

「あ、はっ!士官学校第34班所属、エレン・イェーガーです!」

次いでエレンはミカサ、アルミンの紹介を促した。エルヴィンも頷いて、それに耳を傾ける。

エレンは言葉を切って、そっとナマエに耳打ちをした。

「なんで姉ちゃんがここにいるんだ。家は?」

「色々あって私も自由の翼フリーフライにいるの」

「はぁ?」

リヴァイはおもむろにナマエの肩を掴み、自身の方へと引き寄せた。そろそろ離れろ、の意図らしい。エレンはこういう事に敏感な方では無い。しかしリヴァイの動きはそんなエレンから見ても不自然であった。

「あの……?リヴァイ、兵長……?」

「俺のことを知ってるのか。まぁ、知ってる年代だろうな……よろしくな、弟」

「リヴァイって有名なの?あ、エレン。リヴァイと私、そのうち結婚するんだ。エレンのお兄ちゃんになるよ!」

「は、はぁぁぁ?!いや、あのリヴァイ兵長が?いや、でも認められませんよ!」

話題が妙な方角へと舵を切る。見兼ねたナナバが「そろそろ状況把握しとかない?」と集まる一行に向けて吐き捨てたのだった。


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