STORY | ナノ

▽ 七月と黒


ノワール。
ノワールには「黒」という意味があるという。
「黒」とは「孤独」の象徴。
ひとりぼっちを集めた俺達にぴったりだと、その時は思った。
ある日のことだった。ふと夜中に起きてしまい、なにか暖かい物を飲もうとリビングに向かおうとした時。
なにやら話し声が聞こえる。
ノワールはリーダーの命令の下みんなでルームシェアをしている。
「一人」を掟としたチームにルームシェア...。この意味が分からない程俺は頭は悪くない。
この声も、きっとチームの人達がなにか話し合っているのだろう。
なにを話しているのだろうか。
そーっと近付いた。
こっそり聞くつもりはなかった。チームメンバーなんだし、俺も混ざろうと思っただけだった。
あの言葉を聞くまでは。



ハイカラシティ。ロビー前。
クラッカーはないが、まるであるのではないかと錯覚する程の拍手が聞こえた。
「カザカミ、S+昇格おめでとー!」
「ちょ、やめて恥ずかしい」
その拍手の張本人、シャプマ使いのエンギを慌てて止めるホッカス使いのカザカミ。無理もないだろう。エンギ一人で放たれた馬鹿でかい音は周りの視線を集めるには十分過ぎるのだ。しかも今日はやたらとインクリングの出入が多いというおまけ付き。俺ならチョップをお見舞いしている。
「でも凄いわカザカミ。本当におめでとう」
微笑み、リッター使いのケイはエンギ程ではないが小さく拍手を贈った。なんとかエンギを止めたカザカミは、視線を逸らしつつ、小さく礼を言う。バケデコ使いである俺、フチドリも、良かったじゃねぇか、と声を掛けてやる。カザカミはうん、と小さく頷いた。
俺達チームクロメは先程までガチマの待機室にいた。というのも、カザカミのS+昇格戦を観戦する為だ。カザカミは意識しちゃうから、と俺達が来るのを拒んでいたが、ケイとエンギの巧みな攻め言葉に首を縦に振るしかなかったのだ。割って入って二人を止めるべきだったとは思うが、ああなったら二人は止められないということは俺が一番身をもって知っている。遠くで見ているのが精一杯だったのだ。許せカザカミ。
結果は見ての通り。まぁカザカミなら出来るだろうとは分かっていた。直撃の命中率と立ち回り。どれももうSのそれを越えているのだ。エンギがいるお陰でタグマでS+に当たることが多いのだが、相手もカンストではない限り対等に渡り合っていたし。S+昇格も時間の問題だっただろう。そういえばエンギはこの前S+カンストにめでたく到達したらしい。本当、凄い奴だ。
「そういえばフチドリはSに上がらないの?」
すっかり落ち着いたエンギがさもおかしいとでも言うようにこちらを見た。
「そうだね。フチドリまだA+なんでしょ? フチドリならもうSなんて上がれるよ」
続けてカザカミも口を開く。
それに対して、あーと濁った返事をする俺。まぁそう言われるのもおかしくない話だった。俺だってチームクロメ。カザカミと同じくそれなりに格上と戦ってきたのだ。腕が上がってない方がおかしい話だろう。
煮え切らない返事をする俺に痺れを切らしたのか、ケイが口を開いた。
「もしかして」
「こんにちは」
その時だった。ケイの声を遮るようにして、ロビー入口の方から声がする。ほぼ反射のようにそちらを見ると、そこには二人のボーイがいた。片やイカンカンブラックにイカリスウェット、スリッポンチドリを身に纏っていて、片やヤマフグサンバイザー、かくれパイレーツ、キャンバスHiトマトで肌がとてもではないが焼けている。その肌の焼け具合はイカンカンのボーイが白いこともあってよく目立っていた。
というかイカンカンを被ってる奴は、なんというか、なんというか。
「ださ」
直球だった。
「ちょっ、カザカミ素直すぎだよ!」
急いでエンギがフォローに入る。フォローになっているのかは謎だが。
「あなた方は、チームノワールの方?」
一向に話が進まないため、ケイが話題を切り出した。
そうだ。この見たことのある顔、俺の幼馴染であるナノがいるチームノワールのメンバーだ。たしかオクタ使いとジェッカス使い。過去に大会で一度対戦したことがある。それ以外でも大会中観戦をしたことがあるが、この二人がチームの中でぶっちぎりの強さを持つ印象だった」
「そそ。以前大会でお会いしたノワールでーす。心配しなくても試合の時はちゃんとしたギアに着替えるから! 安心して」
オクタ使いは人好きのしそうな笑顔でそう言った。
「ええーっ! むしろ街中できちんとしたの着た方がよくない?」
エンギは素直に驚いた。おい、さっき素直すぎとかフォローに回ってた奴はどこのどいつだったか。
「うちのリーダーが黒いの好きなんだよ。で、それに合わせてあげてるってワケ。ニサカってばやさしー!」
だってうちノワールだし? と付け足して。このオクタ使いの名前は、どうやらニサカというらしい。自分のことを名前で呼ぶなんていくつなんだこいつ。エンギとニサカと言うオクタ使いが話しているのを見ながらそう偏見じみたことを考えてみる。
「で、君達は僕達になんの用なの?」
このままでは埒が明かないと思ったのかカザカミが割って入った。その目は鋭い。
「あ、ごめん。自分がニサカでこっちがスイレン」
スイレン、と紹介されたジェッカス使いはぷいとそっぽを向く。
「たまたま君達が見えたから話しかけてみたんだ。ほら、この前の大会後もロクに挨拶できなかったし、おそばせながらーって感じ?」
「お二人はなにをしていたの?」
「2タグ! 全勝してきてやったぜ。なーレン」
「こっちに話題を持ってこねーでくれますか」
人の良さそうな笑顔で話し掛けるも微塵も興味なさそうに毒づくスイレン。本気で嫌がってる顔だ。初対面の俺でも今すぐ帰りたいって顔に書いてあるのが分かる。あくまで話し掛けようとしたのはニサカだけ、ということか。
そういえば大会後にはじめて知ったが、このニサカというボーイ、ハイカラシティでも全一と呼ばれるくらい強いらしい。判断能力、視野、エイム力全てにおいて完璧過ぎると。そんな奴が2タグに行ってたんだ。こんなにインクリングの出入りが多いのも頷ける話だった。
「前の大会、そのウデマエであんなにやれるのは凄いと思ったぜ。これからも頑張って」
「えぇ、ありがとう」
ニサカが右手を出す。その行為にケイが応えた。なんかどこかの国のお偉いさん同士が同盟を結んだ時にやってるアレ。しかも相手が有名人だからそれなりに周りの視線も集まるわけで。ただの握手のはずなのに、なんか見てるこっちが恥ずかしくなってくる。
「でもニサカ、最初舐めプされてるのかと思った」
「どうして?」
互いに手を離し、ケイが首を傾げる。そして、ニサカは俺に指さした。...え、俺?
「だってバケデコにそのギアって、舐めプそのものじゃん?」
ニサカは笑った。
「確かに、誰も指摘しなかったけど...」
「トレッキンプロはともかく、サンサンサンバイザーとエゾッコパーカーアズキって、自分を殺してるよね...」
カザカミとエンギが哀れみの目をこちらに向けた。
ちょっと待て、と抗議したいところだが、改めて考えると確かにそうだ。俺の持つバケデコのサブスペはシールドとダイオウ。シールドにボム飛の効果は付かないし、イカニンジャなんて以ての外である。舐めプを全身で強調しているようなものだった。
「ば、バトルにもオシャレは必要だろ」
「ださいよ!!」
即答だった。エンギからズバッと。容赦なしに。
腹いせにエンギのボンボンニットを引っ掻き回してやると、閃いた、とでもいうようにニサカが手を叩いた。
「そうだ! えっと、バケデコ!」
「フチドリだ」
「そうか。フチドリ。だったらニサカみたいにすればいいんだよ! ほら、こっち!」
そうニサカは我ながらいい案だ、とどや顔すると、俺を手招きして走っていった。一体どうしたというのだろうか。歩いてではあるがスイレンはニサカに付いて行ったので、俺達チームクロメは互いに目を合わせた後、大人しく付いて行くことにした。



ニサカを追い掛けて、辿り着いたのはブイヤベースだった。何故ブイヤベース、と疑問も抱きたくなるが、ニサカが凄いペースであっちこっち店を出入しているお陰でそんな暇さえない。痺れを切らした俺は一旦ニサカを止めた。
「ちょ、待てって。あんた一体なにしてるんだ?」
「ええ、今の話の流れで分かんじゃん? フチドリのギアを選んでるんだよ」
はぁ? と拍子抜けた声を出してしまった。
「安心しろって。ニサカけっこー見た目とかこだわるタイプだから」
「そんなださい格好して?」
「だーかーらーこれはリーダーに合わせてるんだって」
カザカミの嫌味も効かない辺り自信はあるようだ。別に頼んでないし、お節介というものだが、まぁ"見れる"分にはいいか。ふとカザカミに目をやる。俺と同じ目だ。互いに頷き、俺は視線を戻した。
「んーでもバケデコって使ったことないんだよなぁ。レンはどう思う?」
「自分で考えたらどーです?」
「だよなぁ。ジェッカスとかいうマゾブキ使ってる奴が分かるわけないかぁ」
「逆に今までの経験からして分かってないあんたさんの脳に問題を感じられますね」
先程から思っていたがどうやらスイレンはレンというあだ名を付けられているらしい。互いに眉一つ動かさず罵倒を言い合っているが、むしろ慣れるくらい仲が悪いんだろうか。試合での息は合ってるように見えたが。
そんなこんなでニサカのギア選びが終わり、俺は試着室を借りて着ることになった。試着室の外からはいかにもなにかやらかしそうなケイとエンギの声が聞こえる。くそ、何故試着してその場でみんなに見せるという恥晒しをしなくてはいけないのか。もう既に着替えたが今すぐ手品でも何でもいいから、カーテンを開けたら俺がいなくなってる、みたいなのをやってくれる奴は現れてきてくれないだろうか。
「フチドリまだー?」
エンギの急かす声が聞こえる。えぇい、どうにでもなれと勢いよくカーテンを開ける。
「ああもう! 着たよ! これでいいんだろ!!」
てっきりろくでもない評価が来ると思っていたのだが、いくら待っても来る気配がなかった。
あれ、と首を傾げると、満足気な顔のニサカが近付いてきた。
「うんうん似合ってんじゃん。さっすがニサカ!」
「に、似合ってる! かっこいいよフチドリ!」
ニサカに続いて目を輝かせたエンギも近付いてきた。
ちなみにニサカの選んだギアというのがカモメッシュ、ベクトルラインガサネ、ブラックビーンズだ。俺の帽子と長袖じゃないと嫌だ、という要望に合わせてくれたらしく、かつエゾッコパーカーアズキに比べたら動きやすく涼しげで、バケデコに合ったギアをチョイスされている。悔しいが、確かに自画自賛するだけある。
「本当によく似合ってるわ。フッチー」
「馬子にも衣装って感じだね」
「どういうことだこら」
「いつも着てるのでもいいし、ニサカみたいに試合に出る時だけ着替えるのでもいいと思う。ニサカ、バケデコ使ったことないからダイオウを活かしたギアにしてみたけど、本来ギアは自分で考えなきゃ駄目だぜ? 自分に合ったものを組み合わせることでギアの本来の強さを発揮できるんだから」
おちゃらけているようで、わりとまともなことを言うニサカだった。たまに本当に強い奴はギアが適当でも勝てる、なんて豪語するインクリングがいるが、ニサカがそう言うのならそうなのだろう。ギアも戦略の一つ。巷ではステジャンとゾンビが流行ってるのがその証拠だ。ちなみにチームクロメでは、そのギア慣れして変に凸るより確実に攻める方を練習した方がいいというエンギの方針で無理に環境に合わせたギアにせず自分の好きなギアを着るようにしている。カザカミは持ってるブキ上仕方ないが。ニサカも、ゲームがつまらなくなるから、とあまり流行には乗っていないようだった。試合は楽しむもの、か。エンギをちらりを見て少し納得した。
と、いうか...。
「てめぇはいつまで見てんだ! 近い! 離れろ!!」
いい加減腹が立ってきて距離を取った。その相手というのはもはやそのニット帽に人格でも宿ってるんじゃないかと疑ってしまうくらいニット帽の先を揺らしているエンギだった。
「えぇー! だ、だって、フチドリかっこよかったから...」
「はぁ?」
拍子抜けた声が出る。対するエンギはいつものように反発するわけでもなく、頬を赤くして俯く。そのらしくない行動になんかこっちが気恥ずかしくなってきた。ああもうなんなんだよ。ったく。
「でも、これからいつものフチドリが見られなくなるのは寂しいな...」
「褒めたいのか馬鹿にしたいのかどっちなんだよ」
「かっこいいのはほんとだよ! でもなんか、変わっちゃうのって寂しいなって...」
そう儚げに、エンギは言った。
さっきまで赤くしていた頬も今はなく、いつになくくるくる変わるその表情にこっちが戸惑ってしまう。変わってしまう、か。
「あら、おあついのね。お二人さん」
「はぁ!?」
「いちゃつくのはいいけど場所考えてよね。あーあつい」
「ち、違うよそんなんじゃない!!」
そしてニヤニヤして煽るケイとカザカミ。するとさっきまでの儚さはどこにいったのか、エンギはこれまでにないくらいに赤くして慌てている。ほんと慌しい奴だ。
「どうする? ニサカおごるぜ」
一連のやり取りを見守っていたニサカが前に出てきた。
いいのか、と聞いてみるがニサカカンストだからお金有り余る程あるし? と返された。自慢かこいつ。後ろでスイレンがわざとらしく溜息を吐いているのが見える。
それに、
「それに、ナノが結構お世話になってるみたいだし」
そう続けた。
お世話になってる、か。
ニサカが財布を出そうとするが、俺はそれを止めた。
「やっぱ、いい」
「えっ、なんで?」
俺の返答にニサカは驚いた。無理もないだろう。周りの反応がああ満更でもなさそうだと。
「自分でお金貯めて、自分で買う。さすがにこれくらいは自分でやらねぇと。でもギアの選び方とかは参考になった。それは、まあ、ありがとう」
そう自分なりにお礼を言ってみる。
お礼なんてあんまり言わないから、改めて言うのはなんだか気恥ずかしい。実質ケイが今夜は赤飯ね、なんて訳の分からないことを言っている。エンギも驚いているが、どこか安心したような表情だ。そんな中、ニサカは俺の真意に気付いたらしく、口は笑っているものの、目を鋭くさせた。恐らく、周りはそのニサカの変化に気付いていない。
「へぇ...なるほど。まあ警戒って大切だよな」
「...」
「それ、バトルでも生かせるといいと思うぜ。じゃあ、また!」
先程の鋭い目はどこへやら。にへら、と笑顔を見せるとスイレンと共に店を出て行った。
ニサカとスイレンの後姿を見て、そういえば最近ナノに会っていないことに気付いた。
元気にしているだろうか。
ふとそんなことを思った。



気付いたら自室まで戻ってきていた。
いくら息を吸っても吸っても酸素が足りない。冷や汗も止まらなかった。
そのままベッドに潜り込み自分の体を抱える。
どうすればいいのだろうか。俺は。俺は。

「気に入らない。あいつらを、チームクロメを潰してやれ。二度と笑えないくらいに」



2017/07/01



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