STORY | ナノ

▽ 十四月の付き合い方


はじめまして。こんにちは。
そっか。あなたは、こちらのことを知ることが出来ないんだね。
今まで色んなことがあったよね。楽しかったことや悲しかったこと。色々と。
それらの先がもし破滅であったとしたら、あなたはなかったことにしてしまいますか。
ああしておけばよかったと、後悔しますか。
私は、この世界が好きです。
確かに辛いことはたくさんあったけど、でも大切なヒトと出会えたから。
この世界に辿り着いて良かったと思ってるし、今までの選択も、間違ってなかったと思う。
だからお願い。信じて。迷わないで。
たとえこんな結末だったとしても、あなたは間違ってないから。
前を見て。前を進んで。



ようやく泣き声が小さくなってきた。
依然として辺りは静かなままだ。ハイカラシティからそんなにな離れていないというのに、まるでここが異常だとでもいうように。
カザカミから世界の真実を聞かされた次の日。俺達はいつものように集まっていた。いつもの、ではないか。カザカミはいない。ナノはチームで用があるからと来ていなかった。ここにいるのは、俺とケイとエンギのみ。
集まったものの挨拶をするだけして、いつもの様に座ってはいても、雑談なんてものはない。誰も言葉を発さない。聞こえてくるとしたら、思い起こしているのだろう、時折聞こえる、エンギの咽び泣く声だけだった。それをケイはなにも言わずさすってあげている。
「...どうして」
静寂に包まれていた中、言葉を発したのは意外にもエンギだった。
「どうして、カザカミは最初から教えてくれなかったのかな」
「...エンギ」
「だってこんな大切なこと、隠してさ。わたし達、チームだし、友達なのに。今まで隠してた。今更こんな、こんなこと知らされたって、わたしどうしたらいいのか分かんないよ...」
搾り出すようにエンギが言う。
耐えられなくなったのだろう。また咽び泣き始めた。それをケイはなにも言わず、悲痛な表情でさすっている。
...本当に、見てらんねぇ。
「...フッチー?」
立ち上がる俺にケイは呼び止める。対する俺はその声に踏み止まることなく二人に背を向けた。
「やってらんねぇ。勝手にやってろ」
いつも以上に低い声に、エンギが息を呑む。そこから搾り出すように、なんで、なんでそんなこと言うの、と聞かれる。
「あんたらがそうやってくよくよしてんのがくだらねぇんだよ」
「だったらフッチーは、今この状況になんとも思わないというの?」
ケイの棘のある声。さすがのケイでも俺の発言は頭にくるらしい。
「そんなわけじゃねぇよ。俺だってはじめて聞いた時は動揺した。この先どうしたらって落ち込みもした。でもな、違うだろ。今の今までこのことをひた隠しにして、一番苦しんできたのは、多分カザカミだ」
俺は振り返って二人を見る。エンギは極端に怯えていた。昔、よく近所の子ども達に向けられていた目だ。睨んでいるつもりはないけど、申し訳ない気持ちになる。
「言ってくれなかったと、カザカミを恨むなら恨め。でも、もしあんたがその立場だったら言えたのか? ...よく考えてみるんだな。あんたらがカザカミを恨もうと、カザカミはチームクロメの一人で、俺のフレンドだ。...俺は行く」
それだけ言い残して、俺はその場を後にした。



ピンポーン、とチャイムが鳴る。
いくら待っても家主が出て来ることはなかったが、しばらく待った後、物音がすると思えばドアが開いた。家主、カザカミは俺を見るなり表情を変えず中に入るよう促す。俺はなにも言わずそれに従うことにした。
何気にカザカミの家の中に入るのははじめてだ。なのに何故住所を知っているのかというと、この前のキンメ幽霊騒ぎの後、もはや立っていられなくなったカザカミをおぶって帰ったのだ。あの時、あんな暗い夜道の中一度きりしか教えてもらっただけの情報をよく覚えてたな。俺。さり気ない成長に自分で自分を褒めてやりたくなった。
中はいたってシンプル、というか必要最低限の物しか置かれていなかった。カザカミらしいっちゃカザカミらしいが、ちょっと薄ら寒い。テーブルを挟んで互いが床に座る。そこではじめてカザカミが口を開いた。
「で、なに。僕のこと怒りに来たの。それとも恨みに来たの?」
「凄い確定的なんだな」
「なにしに来たの、なんて愚問過ぎるでしょ」
「それもそうか」
小さく笑ってやる。対するカザカミは表情一つ変えはしない。
黒い目に紫のカラー。
誰よりも小柄で背が小さく、誰よりも怖がりで、誰よりも、誰かのことを思っている。
その小さな体にどれだけのことを抱えてきたのだろう。想像もつかない。ずっと耐えてきたのだ。俺達と一緒にいようと、楽しんでいようと、"いつかひとりぼっちになる"という現実を抱えて、いつか来る孤独に怯えて暮らしていた。俺達の為に。同じ思いを、俺達に抱かせない為に。こんなに重いものを、たった一人で。
「今あんたはどう思ってる? 言ったこと、後悔してるのか?」
「後悔...。うん、後悔。そうかも。後悔してる。でもそれ以上に、なんで君達が出口なんか捜し始めたのって、ちょっと腹が立ってる」
「それは、ナノが帰りたがったから」
「だよね。それは予想の範囲内だったんだ。予測しておくべきだった。でもね、帰ろうなんて思う方がレアケースなんだよ。その前にみんな忘れるか、それなりに帰りたくないって、思ってるのがほとんどだから」
エンギなんかは先に忘れちゃった方なんじゃないのかな、と付け足した。
確かに。エンギから家族の話なんて聞いたことはないが、あの笑顔、幼い頃からよく見てきた。ナノと同じ、あれは家族に愛されて育ってきた子どもそのものだ。...まるで俺が恵まれてこなかったみたいな言い方だが、決してそうではない。
「それで、あんたはこれからどうするつもりだ」
本題を切り出した。カザカミはなにも答えない。それでも俺は返事を待った。待つのは、苦手ではない。
「チーム、抜けないと」
震える声で、カザカミは言った。表情は変わらないが。
「君達は真実を知ってしまった。きっと今までと同じ関係なんて、出来ないでしょ。僕はそんな中にいられるほど強くはないよ」
「出来たら、チームは抜けないのか?」
カザカミはなに言ってんだこいつ、とでも言うようにこちらを見た。
「ケイとエンギには、説得する。してみせる。そしたらあんたは抜けなくてもいいだろ」
「...ちょっと意味が分からない。説得ってなに。出来るわけないじゃないか。出来たとして、それになんの意味があるっていうの!?」
僕達はいつか、ばらばらになるのに!
聞いたことがない、カザカミの悲痛な叫び。
溜め込んでいたものが溢れてしまったのだろう。カザカミは俯いて、泣き始めた。必死に涙をそのリストバンドで拭おうとも、涙は止まることを知らない。
抱えて、抱えて、耐えてきたものは、少し傷が付くだけで、簡単に壊れてしまう。
「ばらばらになんてならない」
根拠もない無責任な言葉。だけど確かに、俺は言った。
「綺麗事かもしれない。無責任かもしれない。でも俺達は確かにフレンドで、チームなんだ。誰かを一人になんてさせない。させやしない」
俺はカザカミの下に寄り、カザカミの目を見た。潤ませて、怯えている目を。
「そりゃいつか離れるかもしれない。一人になるかもしれない。でも俺があんたを思い出すだけで、一人じゃないって思えるんだ。確かに、チームクロメはあったって、思い出せるんだ。それを自ら壊してどうする。いつ来るかも分からない未来に怯えて、今このかけがえのない時間を無駄にして、どうする。それでもあんたが抜けるっつーなら、俺は追いかける。追いかけて追いかけて、むしろ一人になりたいって思うくらい追いかけてやる。俺はあんたを、一人にはしないよ」
体に衝撃がぶつかった。突然のことで受身を取れなかった俺はそのまま倒れこんだ。俺の胸でカザカミが泣いている。俺はその頭を撫で続けることしか出来なかった。


それから落ち着いたカザカミは俺と共にケイ達の下へと向かった。
隠してきたことを謝りたいらしい。
そして、これからも共にチームとして活動していくことも。
二人を見つけるや否や、真っ先に飛び付いてきたのはエンギで。一人で抱えさせてごめん。これからも一緒にいよう、と。カザカミに泣きながら言っていた。
まさに似たようなことを言いに来たカザカミは拍子抜けしてしまったらしい。その様子に、俺は笑ってしまった。
ああ、こんなに清々しく笑えたのは、久しぶりだ。



「こんにちは」
日が沈み始めた頃、駅を背に掛けられたベンチに、なにをするでもなくぼーっと座っていた俺に、大人びたガールの声が掛けられた。俺が返事をするより前にそのガールは俺の隣に腰掛ける。相変わらず過ぎて呆れることも忘れてしまった。
「この時間帯はこんにちはって言っていいのかよくないのか、判断に困るわね。こんばんはにしては明る過ぎるし」
思わず真面目か、と突っ込みたくなるようなことを言っているガールの正体は、ケイ。ねぇ、と共感を求めてくるも生憎俺は誰彼構わず挨拶をするような礼儀正しいインクリングじゃないんでな。なんの答えも返すことはなかった。
「久しぶりね。ここで二人で座っているの」
「...ああ。そうだな」
以前、チームクロメが出来る前まではいつの間にか俺達の集合場所になっていたこのベンチ。エンギがフレンドになったばかりの頃はまだ集合場所として機能していた気がする。それからカザカミがチームに入って、全く来なくなってしまった。本当、あれから時間が経ってるんだなぁと実感する。あの頃は、背後で動き続ける電車の意味なんて考えたこともなかったな。ただただ誰かを乗せて何処かへと運んでいっている、程度にしか思ってなかった。その出発先も、到着地点も、ここでしかないんだけど。
「二人はそのまま今日はオールだってナワバリに行っちゃったわ。ふふ、元気ね」
二人、というのはエンギとカザカミのことだ。
あの後俺は、唐突に一人になりたくなって、その場をケイに任せて抜けてきたのだ。そのまま行く当てもなくここに来たわけだが。小さな声でお礼は言っておいた。それを見たケイが小さく笑う。
「ここに二人で座るの、久しぶりね」
確かにここにあったと、思い出に浸るようにケイは何度も言う。多分先程の俺と同じことを考えているのだろう。二人だけのこの場所。二人だけだった関係。いつの間にか増えていた、かけがえのないフレンド。
本当、色々とあり過ぎた。
「ねぇ、覚えてる?」
「なにを」
「私の名前は偽名だって言ったこと」
意地悪そうな表情で俺の顔を覗き込んでくる。俺を試してるかのような態度だ。居心地が悪くなって俺は視線を逸らした。
覚えてない訳ではなかった。そりゃ言われなければ忘れてただろうけど。あの時の、いつも親しげに接してくるケイの、ほんのわずかな壁を見た気がする。そのことはよく覚えている。
「あの頃は...どうだったのかしら。きっと少しは昔のことを覚えていたんだと思う。でもどんどん生まれ故郷も、自分のことも忘れて...。名前のことも忘れた。知らない内に。不思議よね。自分の知らない内に、自分の記憶を根こそぎ持っていかれるの」
寂しげに微笑む。それを俺は黙って見ていることしかできなかった。まだ、まだ俺には分からない感覚なのだ。まだ自分のことも、家族のことも思い出せる、俺じゃ。
これを、とケイが手を出した。出したその手の中にあるのは、写真の入った一つのロケット。その写真には、幼いインクリングが二人と、だいぶ老けたインクリングがいた。
「この前掃除してた時に見つけたの。誰なのか全く分からなくて気にしたこともなかったけれど、きっと、私の家族なのね」
「確かに、この子、あんたによく似てるもんな」
弟、だろうか。男の子と一緒に笑顔でピースをしている女の子。その笑顔が、ケイとよく似ていた。家族に囲まれて、とても幸せそうに笑っている。
「それでね、このロケットの裏に書いてあったのよ。私はケイ。ケイだけれど、その名前に凄くしっくりきたの。フルドケイ。私の本当の名前は、フルドケイ」
フルドケイ。なんか、なんか、言っちゃ悪いけど、
「なんか、縁起の悪い名前だな」
「でしょう。きっと、昔の私も恥ずかしがったのね。だからケイ、なんて名乗り始めたのかも。名前の面でもとことん運がないみたい。私」
くすくすとケイは笑う。ん? 待てよ。今、なんて。
「あんた、体質のこと知ってたのか」
そう。体質のことだ。ケイは重度の不幸体質。それに気付かず、ナワバリに行けば必ず味方なんてものがいない。だからこそ、その影響を受けない俺と出会った訳で。
「ええ気付いてたわ。でもフッチー、頑張って隠そうとしてくれるんだもの。甘えてたのよ」
優しいのね、と微笑んだ。今までの俺の行動、全て読まれてたのかよ。居た堪れなくなってサンバイザーを深く被った。もっとも、このサンサンサンバイザーにその行為は全くと言っていいほど意味がないのだが...。
「私、この人達のこと知らないわ」
いつも笑顔のケイが真面目な表情でそう言った。いつもとは違う表情に、何故だか釘付けになる。
「この人達が私とどういう関係で、どういう名前で、どう接してきたか、全然知らない。だから今、この人達が私の家族だって言われても、他人にしか思えないのよ。会いたいなんて気持ちだって出てこない」
でも、
「でも、大切な、大切な名前だってことには、変わらない」
寂しそうだけど、嬉しい。そんな複雑な笑みで、そう言った。
「そう...だな」
つられて俺も静かに微笑んだ。
しばらく沈黙が続く。その後、沈黙を破ったのはケイだった。
「ねぇ。私達もオールしない? エンギ達に混ざりに行きましょうよ」
「はぁ? ...ったく、しゃあねーな」
ケイは勢いよく立ち上がると、早く早く、と手招きをする。俺は笑ってその後に続いた。
体調のことが気掛かりだが、まあいいか。今は、この時間を大切にしよう。



本当に、色んなことがあった。
一人になった俺に、声を掛けてくれたケイ。
一人になるのを恐れたケイに、始まったチームメンバー捜しに、集まったエンギとカザカミ。
チームのいざこざで一人だったエンギに、世界の真実を知って一人であり続けようとしたカザカミ。
今思えばみんな、ひとりぼっちから始まった似た者同士だったんだなと思うと、おかしくて笑えてくる。
しかし、こいつらがいなければ今頃まだ俺は、言い訳に逃げてばかりで、ナニに恐れたままのインクリングだっただろう。
本当、繋がりって不思議だ。
例えこの先なにが待っていようとも、なんとかしていける気がした。
そうだ。俺たちはチームクロメ。
離れ離れになろうと、世界が引き裂かれようとも、俺達はひとりじゃない。



2017/05/14



[ back ]


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -