STORY | ナノ

▽ 十三月の付き合い方


最近、おかしな夢を見る。
夕景に染まる街。その真ん中に、ぽつんと俺が立っていて。
周りにはインクリングはおろかあのクラゲ達さえいなかった。
不思議に思った俺がふと顔を上げると、そこには崩れていく世界があった。
成す術もなく、唐突に。
すると、何処からか聴こえる、あの歌。
それを逃げることも進むことも出来ず、俺は見ていた。
動けずに、そのまま。
それもそうだ。だって、俺は...。



気持ち悪い。
朝起きて早々思ったことがこれだった。とにかく体がだるくて気持ち悪い。このまま寝込んでしまいたくなったが、もう子どもでもあるまいし、昔の自分ではないと暗示のように唱えながら家を出た。そして今に至るわけだが、思いの外症状は悪化。立っているのがやっと、といった始末だった。
ハイカラシティの路地裏付近。ここは影になっていて人気も少なく、日も当たらないので比較的動きやすい。寒がりのナノには辛いかもしれないが、我慢はしてくれるだろう。
今、俺達チームクロメとプラス一名は、親睦を深める為に娯楽施設へ行く計画を立てていた。プラス一名というのは、言わずもがなナノのこと。俺とナノは知り合い同士だが、他からすれば初対面なのだ。それに俺とナノにも仲違いしていたブランクがある。そういうことでエンギが提案したのだ。かなり面倒だがナノも乗り気だったし、まぁいいかと思って承諾したのがそもそものはじまり。
しかし、今はそれに耳を傾ける力がないくらい気持ちが悪い。ケイとエンギが嬉しそうに話しているのは聞こえるのだが、頭に入ってこないのだ。全てが宙に浮いて消えてしまう。ついには目の前さえぼやけてきた。他人事のようにやばいな、と思った。
「フチドリ! フチドリ聞いてるの!?」
突然の大声にはっと顔を上げる。そこには拗ねた顔のエンギがいた。
「あぁ悪い。聞いてた聞いてた」
「うそ。だってさっきから呼びかけても返事してくれなかったじゃん!」
ぶーぶーと猛抗議してくるエンギ。分かった、分かったからあまり大声を出さないでほしい。頭に響く。
そこでエンギの後ろにいるナノが心配そうにこちらを見ているのが分かった。多分、気付いている。こんな雰囲気の中気を遣わせたくないし、全くどうしたもんか。
ちらりとカザカミを見やる。察したのか、こくりと頷いて前に出てきた。
「まぁ頭なしのフチドリは置いといて、いつ行くのそれ」
もうちょいマシな話題の切り替え方とかなかったのか。しかもみんなして頷いてそっちの話題に乗るし。新手の嫌がらせかこれ。
「今日は無理だとしても早めの方がいいわよね。せっかくの親睦会なんだもの」
「なら明日か明後日だね! みんなは予定大丈夫?」
エンギの元気の良い呼び掛けにみんな頷いた。みんな大丈夫らしい。自分も、承諾の意思を示さなければ。
そう思ったが、どうやらそれも無理らしい。
限界なんだろう。頷こうとしたところで、そのまま体が傾く。不思議と痛みを感じることはなかった。俺を呼ぶ声がする。ああこんなこと、前にもあったなと、他人事のように思い出していた。



体が重い。ついでに寒い。
二つの苦しさが重なって、俺は目を覚ました。
指先を動かすことさえ億劫で、ぼんやりした頭で状況整理に努めた。
見る限り俺は布団で寝かされているらしい。床の硬さ的に恐らくベッドの中。確か俺は、みんなとなにか話してて、でも体調が悪過ぎて、それから...。それからが、なにも覚えていない。なにもしたくないが、このままでいてもなにも分からず仕舞いだろう。かなりだるい体を起こす。立ち眩みならぬ座り眩み。目眩をなんとか抑え込んで辺りを見渡した。時間も掛からず隣に誰かがいることに気が付いた。ちゃっかりと目が合う。しかしそこで変な感覚に襲われた。なんていえばいいのか分からないが、とにかく、知っている顔。
「あれ、あんた、どこかで...」
目の前ははっきりとしているのに、頭がぼんやりして目の前にあるものさえなんなのかが分からなくなる。凄く怯えていたのは覚えている。それからどうなったのかも、その子の顔も、はっきりしない。
手を伸ばした。伸ばしたら届く距離。だけどそれは遮られてしまった。目の前のインクリングに腕を掴まれてしまったから。
「なに寝ぼけてんの」
その声ではっとした。意識もはっきりとして、目の前も鮮明に映りだす。バックワードキャップが特徴的な黒い目。目の前の、今俺の腕を掴んでいるこいつは、カザカミだ。
「ん、ああ...。あんたか、どうしてここに」
「なにも覚えてないんだね。君が滑稽なくらい綺麗に倒れたものだから運んできたんだよ」
ここケイの部屋ね、と付け足した。なるほど。そういえば見覚えのある部屋だ。目線が違うだけでこうも違う部屋に見えるものなのか。
「君、本当に大丈夫?」
「なんでだよ」
「沸点の低い君が大人しいから。熱どころか頭も打ったんじゃない? ていうか打ってたよ」
「さすがにそんな元気ねぇよ...。って俺、熱あんのか?」
尋ねてみるとカザカミの口から出た数字はまあ凄いものだった。そりゃ倒れるわ。むしろそれで外に出れたのが凄いくらい。
しかしそう考えると不思議だった。こういうの、いつもだったらナノが隣にいるんだけどな。カザカミが言うにはかなりかなり心配そううにはしていたが隣にいたがる様子はなかったらしい。なるほど。
なにはともあれみんなに伝えてくる、とカザカミは部屋を出て行った。一人になったところで、また気持ち悪さが込み上げてきた。あぁなんか、さっき変なこと考えてた気がするけど、なんだったけな。
「フチドリ大丈夫!?」
大きな音を立てて扉が開かれた。声も言わずもがな。お陰で頭にかなり響いた。
「良かった。目を覚まして」
「全くチドリはこういうこと言わないんだからなー」
次々と見知った顔が扉の向こうから現れてくる。つーか最後の台詞はそっくりそのまま返したい気持ちだった。
「あー悪い悪い。大丈夫だと思ったんだよ」
「チドリ昔から体弱いんだから無理しちゃ駄目だよ」
「えっ、フチドリ体弱いの!?」
エンギが大きな声を出して驚いた。だから響くからやめてほしい。
「そんな弱くねぇよ。ただ雨の日に弱いってだけだ」
「いっつもそれで体調崩してるもんなー。それでいつも俺が看てやってるの」
「うっせ。どうせ外に出れねぇんだからちょうどいいくらいだ」
「...アメ?」
すると突然、ケイが俯いた。とても不思議そうに、疑わしそうに。しかしそれもすぐになくなり、どうしたのか尋ねるとなんでもない、と笑って返された。
「フッチー最近頑張りすぎてたもの。きっと疲れが出ちゃったのよ」
「そんな覚えねぇぞ」
「そんなことないよ。だってナノと会った時なんてホント死にそうな顔してたんだから!」
「そ、そうなの? ごめんチドリ、俺のせいで...」
「あぁもう大丈夫! 大丈夫だから気にすんな! あとエンギお前は黙れ」
必死にナノを慰めうるさいエンギの相手をしてやる。エンギに至ってはナノには謝るものの俺に対してはうるさい始末。俺、一応病人だったよな、と再確認してしまった。
しばらくしてから、ご飯が出来た頃だから、とケイは部屋から出て行った。手伝いをすると言ってナノもケイの後を付いていく。その間エンギとカザカミはケイに指示された通りにミニテーブルを設置。どうやらみんなこの部屋で食べるらしい。エンギが楽しみ、と言ってはしゃいでいた。黙らなくていいからせめて大人しくしてほしい。
ご飯だというから今は昼なのかと思ったがどうやら違うらしい。窓の向こうは見渡す限りの闇。俺が倒れて呑気に眠っている間かなりの時間が過ぎていたようだ。なんか面倒なことになっていたし、こうなるなら大人しく家で寝てるんだった、と少しだけ後悔した。
そんなことを考えていると、トレーに食器を乗せたケイとナノが入ってきた。ケイはいつもの笑顔で、対するナノも、笑っているもののその笑顔はぎこちないものだった。その違和感に、首を傾げる。
そんな俺の考えも杞憂だとでもいうようにテーブルに食器が並べられる。お粥だった。俺はともかくみんなもお粥っていいのだろうか、と考えたが、みんな大して気にしてなさそうだし、いいか。
「フッチーは病人さんだし、私があーんしてあげましょうか」
「いらん」
「フチドリのえっち! ホント酷いよ!!」
「だからいらんっつってんだろ」
ケイやエンギがここぞとばかりにボケてきた。頼むから変にちょっかいを出さないでくれ。くらくらする。
「良かった。元気になってきたじゃん」
そこでカザカミの一言。意味が分からずきょとんとするが、すぐに理解出来た。俺、気を遣わせてんのか。さっきまでいつも通りの俺じゃなかったから。
礼など言ってやらないが、少しだけ、少しだけ感謝してやる。そう言って茶碗を受け取った。
ケイのご飯は相変わらず、美味しく、暖かかった。



ふと目を覚ました。
あたりは一面真っ暗で、窓の外から月明かりが照らしている。俺の周りには、誰もいない。
途端に落ち着かなくなってベッドから立ち上がる。立ち眩みに襲われながらも、なんとか部屋を出た。部屋を出た先にあるリビング。そこにみんなは眠っていた。一人一人、毛布に包まって。また、気を遣わせてしまったらしい。でも、これが一番の対策なのか。移しても悪いし。
またあの夢を見た。もうあれ以外の夢を、最近は見なくなってきて。あの夢を見た日の朝は決まって不安になる。不安で堪らなくなる。しかし、結局はただの夢だ。数分もすればすぐに忘れるし、それにそれまで見てきた夢ほど後味が悪いものでもない。こんなことで誰かに言う必要もない。俺はまだ、弱いままだ。
そこでナノの姿が見えないことに気が付いた。毛布が一枚だけ、綺麗に畳まれて端に置かれている。その上に、なにか紙切れがあることに気が付いた。不思議に思って見てみると、ただ急用が出来て帰る、とのこと。
急用、か。
心配になって、ナノの身を案じる。なにか、あったのだろうか。今日のナノは、いつもと違った。きっとなにかある。あいつは、なにか隠し事をしている。



2017/01/03



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