STORY | ナノ

▽ 十一月の付き合い方


俺の幼馴染のナノという男は、とにかく俺がいないと駄目な奴だった。
寒がりで怖がり。そんなのだから昔からナノの親に頼まれて面倒を見ていたものだ。すぐに無茶をする奴だから、俺が見ていないといけないし、すぐに泣くから一緒にいてやらないといけない。時計の読み方を覚えたのも、たしかヒト型になれるようになった頃だったか。そのくらい駄目なインクリングだった。
しかし、そんなナノにも、俺には到底真似出来そうにないものを持っていた。
それは、人柄の良さ。
感情豊かでよく笑う。気遣いも出来て誰とでも仲良くなれる。そんなのだから、ナノには友達がたくさんいた。
対する俺は目付きが悪ければ態度も悪い。そのせいで気の弱い奴らには恐れられていたし、強ぶってる奴らには目をつけられて嫌がらせを受けていた。肌の色を気にしだしたのも、多分その頃。
ナノの弱いところはその友達がカバーしてくれていたし、家が隣同士、親同士が仲が良い、それだけなのだから、俺がナノの傍にいなくてもいいのではないか。幼いながらに素朴な疑問だった。
一人で考えるのも馬鹿らしくなって、一度ナノに聞いたことがある。他の奴といた方が楽しいだろうし、別に一緒にいなくてもいいんじゃないか、と少しだけ誤魔化した言い方をして。
その時、ナノは笑って、
「たしかに、他のみんなとの方が騒げるし楽しいかもしれないけど、でも俺の一番の友達はチドリだもん。だから、俺はずっと一緒にいたいな!」
笑って、そう言ったっけ。


ハイカラシティから少し離れたサザエ杯会場。エントリー会場でもかなりのインクリングが出入りをしていたが、ここはそれ以上に凄かった。サザエ杯に参加しなかったインクリング達も来るし、少し考えればこの人数は妥当だとは思うが、それならばもうちょっと広い会場を用意してほしかった。
サザエ杯ははじめはウデマエの近いチームと対戦し、勝ち進んでいくとそれぞれ三つのブロックへ進出、そこからまた勝ち進めば決勝戦へと進むことが出来る。三段階制となっていた。
俺達、チームクロメは、結論から言ってしまえばBブロックに進出決定。つまり勝ち進むことが出来たのだ。まぁ無理もないだろう。ナワバリとはいえこちらにはウデマエ詐欺者が二人もいるのだ。AだのBだの、下手すりゃSだって、打ち抜かれるわキューバンに巻き込まれるわで可哀想なくらいキルされていた。一瞬ウデマエ詐称でもしているのではないかと疑われたが、いくら調べてもそのような形跡が出てこなかったため、見逃してもらうことが出来た。
Bブロック対戦まで時間がある。そういうことで俺達はサザエ杯会場の近くにあるファーストフード店に来ていた。
「祝、Bブロック進出〜!」
どん、と大きい音を立てて大量のポテトを真ん中に置いた。こんな大きい声を出せる奴、思い出す必要もなく分かる。エンギだ。しかし、エンギがどれだけうるさくともそれを咎める奴はいなかった。それもそのはず、今この店はサザエ杯関係者で大賑わいなのだ。
「正直ここまで来れるとは思わなかったわ。みんなのお陰ね」
「むしろ他のチームが可哀想に思えてきたよ」
言ってることも表情も全て対称的なケイとカザカミが口々に言った。俺としてもカザカミと同じ意見だった。みんなのお陰て、常に10キル以上も叩き出してるリッター使いの言う台詞か。
「次からは難易度高くなるだろ。優越に浸ってられんのも今の内だけだ」
嬉しいことをひた隠しにしてそう釘を刺しておいた。だがあまり効果はなさそうだ。エンギなんて、鼻歌まで歌ってやがる。鬱陶しい。
しかしケイはなにかに気付いたようになんともいえない、といった笑みを浮かべた。
「そっか。そうね。次、だものね」
遠慮気味に言った。なんだか少し気まずくて、あんたも遠慮とか出来るんだな、と心の中で毒づいた。
ケイが遠慮するのも無理はない。次の対戦相手は、俺の友達だった、ナノがいるチーム、チームノワールなのだ。対戦前の休憩中、偶然チームノワールが対戦中だったので、エンギに押されてみんなで観戦しに行ったのだが、正直凄いとしか言いようがなかった。バトルはチームワークが大切だとは言うが、それ以前に個々がかなり強いのだ。それぞれ自分の役割を深く理解していて、それを果たそうとしている。強ブキの集まりだと吐く奴もいたが、そうじゃないブキを使うインクリングも見掛けたし、きっとそういう問題ではないのだろう。結果画面で知ったのだが、ナノのウデマエはS+だった。全員S+の、96凸、オクタ、ジェッカス、わかばのチーム。あとから知ったが、かなり上位に来る程の強さを持っているチームで、それなりに有名らしい。
「どう攻略すればいいんだろうね。接近戦では向こうの方が上だし、あのジェッカス使いなんて、多分完全にケイを封印しに掛かってくるよ」
先程まで騒いでいたエンギが妙に冷静に言った。経験故なのだろう。ただのうるさい奴に見えて意外にもバトルの指示は専らエンギだった。
ジェッカス使いといえば少し気になることがある。ケイのことだ。チームノワールの対戦を観戦していた時、ケイは妙にジェッカス使いを見ていた気がする。奇妙なくらいに。そういえばジェッカス使いの目の色は黒、自己カラーは緑。ケイと、似ている気がしないでもなかった。
「ケイ、知り合いか?」
突然の質問にケイは驚きの表情を隠さなかった。そして少し考えるような仕草を見せる。
「...いいえ。知らない子だわ」
「どうしてそんなこと聞くの? フチドリ」
エンギが割って入る。気のせいか少し怒っているような。心当たりもないし、気のせいか。
「ケイガジェッカス使いのことばかり見てたもんだから知り合いなのかと思っただけだ」
「へぇ。そうなんだ」
先程まで黙っていたカザカミが口を開く。それと同時にエンギが勢いよく立ち上がる。
「酷いよそんな目で見てたなんて! フチドリのえっち!!」
「はぁ!? なんでそうなる」
「むっつりはよくないよ、フチドリ。その子に嫉妬してたんでしょ」
「むっつりって意味分かってんのかテメェ」
半泣きのエンギに確信犯のカザカミに口々に言われ、つい反抗してしまう。これじゃあ認めてるようなもんじゃねぇか。まずなんでここまで言われなきゃいけないんだ。解せない。
「安心してフッチー。ただチャージャー処理が上手な子だったから見てただけよ。心配しなくても私はあなたのものなのだから」
終いにはケイまでのりだした。しかも安定のニヤニヤ付で。
なにが安心してだ。なにが。
そう叫んで周りが静かになるのにそう時間は掛からなかった。



スピーカーから大きな音が漏れる。それ以外の音が聴こえてくることはなく、尚更この部屋の寂しさを感じさせた。
暗く、巨大なモニターだけが光る待合室。そこで俺達、チームクロメは自分達の出番を待ち、静かに今の試合を観戦していた。あのエンギでさえ、一言も喋らずにモニターをじっと見続けている。
俺達の試合はこの試合が終了した後に行われる。つまりチームクロメとチームノワールの試合が近付いてきているのだ。そう考えるだけで鼓動がうるさくて堪らない。らしくもなく。必死に抑えてはいるものの、手足も震えてきていた。周りが暗いのが唯一の救いか。目だけ動かしてみたが、他の三人はモニターに目がいっているので俺のことは気付いてなさそうだった。よかった。これ以上変に心配させるのは嫌だから。
三人がナノのことを知って、仲直りするという目標が出来たところで、根本的なところは解決していない。たとえ元気付けられたところで、あいつへの恐怖は消えていないのだ。
ランクもウデマエも敵わない。目の前で立ったとしても、きっと。
「フッチー」
はっと顔を上げる。そこで無意識の内に俯いていたことに気が付いた。震えていることを気付かれないよう、声の主、ケイを見た。
「んだよ。試合もうすぐだろ。準備運動は済んだのか?」
「まだ、怖い?」
「...」
やはりこの女にはいつも見抜かれるな。嘘だって付けやしない。
「フッチー、この試合は勝たなくていいの。私達があなたをお友達の下へと送り出してあげるから」
ケイは微笑んだ。
意味が分からない、そう問いただそうとした瞬間にバトル開始前の合図が鳴る。そんなことより聞き返したかったが、出遅れて失格になれば元も子もない。仕方なしに、待合室を後にした。


カモメの鳴く声がやけにうるさいシオノメ油田。バトル会場ではアナウンスが聞こえてこないのがありがたい。
試合開始の合図が鳴る。それと同時に俺達は真っ直ぐに走り出した。中央に入る手前が最初の激戦区になるだろう。そうなる前にシールドを投げるのが俺の役目だ。しかし相手には96凸にオクタ使いがいる。それが厄介なところか。
『フッチー。そのまま北に突っ切って』
無線からケイの声が聞こえた。
「はぁ? 行くったってそんな容易く」
『わたし達が引き止めるから!』
『それに君のブキ真正面じゃ相手に向かないでしょ。いいから行って』
俺の言葉を遮って次々に言い始めた。要は邪魔ってことか。ちくしょう。
しかし反論出来る程のウデマエを持っているわけでもないので、大人しく従うことにした。
高台伝いに北へ向かう。しかしこちらの動きなど予想済みだとでもいうように96凸使いのガールが高台伝いで追い掛けてきた。まずい、と思ったのも束の間。96凸使いは自身とは違う色を撒き散らして消えた。驚いて振り向くと、先程まで俺が渡ってきた高台にケイがいた。なるほど。しかし相手はS+チーム。ケイとてどれほど抑えていられるか。
『高台に着いたわ』
『りょーかい! 手前はわたしに任せてよ!』
『裏取りは僕が見てるよ。前だけ見てて』
俺の存在しない作戦会議。そこにむず痒さを覚えながら北を塗りつぶしていく。ここに来ると、いつも焦ってしまうのは何故だろうか。後ろから敵が攻めてこないか不安になるのか、それとも。
直に満面塗り終える。一時の達成感を覚えた頃、聞き覚えのあるインク発射音が聞こえた。
疎らで、連続して吐き出し続ける音。忘れるわけがない。この音は。
いてもたってもいられなくなって北の出入口を振り返る。そこには、幼馴染の、ナノの姿があった。
パイロットゴーグルの下のあの目に思わず後ずさる。足が、震える。なにをやってるんだ俺。怖がってる暇なんて、ないはずなのに。
「...言っておくけど、俺、負けないから」
ナノが口を開いた。そして、わかばを構える。
「いっぱい練習したんだ。いっぱい鍛えて、だから。お前みたいに腰抜けじゃない」
そう言うとインクを撒き散らして歩き出した。こちらに向かって。堪らずシールドを設置し、距離をとる。そして物陰に隠れた。
俺の隠れた場所なんて気付いているはずなのに、ナノはこちらに向かうことなく辺りを塗り散らかしていた。そこで、自分の行動が悪手だったことに気が付く。これは、ナワバリバトルなのだ。塗り広げた方が勝つし、それ以前に行動範囲も広がって有利になる。スペシャルも溜まる。それなのに隠れたことを優先した俺は、まるでカラスに餌をやる馬鹿な奴だった。
このままでは辺りを塗り広げられ、俺はキルされるだけだ。バケデコの方が距離が長いとはいえ、素早さも機動力も向こうの方が上。今ここを打開する力を持つのは、先程の塗りで溜めたダイオウだけ。しかし、それも難しいだろう。もう、俺にはこの場を攻略することは不可能だった。
一度、リスジャンするか。それから味方の援護を待った方がいい。でも。
でもきっと、これはあいつらなりの気遣いなのだろう。真っ先にこちらに向かってきた96凸を仕留めておいてナノを取り逃がすなんてこと、ありえない。あったとしてもそれなら無線を通してなにか言うはずだ。今ここにナノしか来ていないのも、頑張って引き止めてくれているからで。
今まで、全てから逃げてきた俺を支えてくれた仲間達の気持ちを、裏切れるわけがない。
俺は表へシールドを投げた。そしてシールドとは別方向に塗り去っていく。とにかく、塗りを広げるんだ。とにかく。
そこへ俺の行動などお見通しだというようにナノが現れた。バケツを一つ振りかけると、すかさずナノはバリアでこちらに向かってきた。それと同時期にダイオウを発動して、とにかく逃げ回る。立ち向かうことも反撃することもせずに逃げ回る俺にナノは苛立ちを隠せずにいるようだった。意地でも追い回してくる。バリアが切れてもなお、追い掛けてきていた。そして直に俺のダイオウも切れた。周りはダイオウの通りがかなり出来ていて、ナノもそれを塗りながらこちらに向かってきている。
―――今だ!
すかさず俺はナノの目の前にシールドを展開。ナノもそれにスプラッシュボムで対応した。その爆発と同時に俺はナノにバケデコを振りかける。手応えが、あった。
あと一発すればナノをキルすることが出来る。が、俺の体は前へと突き進み、シールドで視界が悪いのをいいことに、ナノを押し倒した。俺の全体重が乗っかかり、自分には馴染まない色を背に浸ることで、ナノはかなり苦しそうにしていた。俺はナノの体を押さえつけ、脅し程度に片手でバケツを構えた。対するナノもすかさずわかばを俺の胸元に構える。その状態が、少しだけ続いた。
「...キルしないのか?」
ナノが口元だけ笑った。
「ナノこそ、今ならすぐにキル出来るはずだぞ」
そう煽ってみせる。ナノは顔を歪ませたものの、インクを発射させようとはしなかった。
「ナノ、俺は。...いや、今更なにも言えたことじゃねぇな」
言いたいことはたくさんある。しかしそれを言う権利、俺には、ない。
「ごめん。本当に。ナノから逃げるようなことをして」
「逃げる...?」
「こんなこと言えた義理じゃねぇけど、ナノが元気そうで、よかった」
それだけ言うと、俺は立ち上がった。そして数歩、ナノから離れる。きっとこの後、俺はキルされるだけだ。あいつらには悪いことをしたが、ナノに気持ちを伝えることが出来た。それだけで、俺は十分。
そんな時、場違いな笑い声が聞こえた。その笑い声は間違いなく目の前の人物のもので。
不審に思って顔を覗き込むと、今までのあの鋭い目付きじゃない、いつもの、優しい表情で笑うナノがいた。
「チドリ、強くなったね」
「...ナノ?」
「なんでだろうなぁ。あんなに憎んでたはずなのに、もうそんな気持ちないや。チドリ、変わってないみたいだし」
そう言うと、ナノはわかばを置いた。
「ねぇチドリ。俺をキルして。俺、もうチドリと戦う気力ないよ。見逃して戻っても、リーダーが許さないしさ」
あとで、ロビーで会おう。
そう呟いた。未だに状況が掴めずにいた。ナノが、俺を許してくれている? そんなこと、あるわけ。
しかし、俺がナノの願いを聞かない理由もなくて。俺は、バケツを一つ振りかざして、目の前のインクリングを、自分の色に染めた。


会場、ロビー。ロビーにも観戦用のテレビは備え付けられていて、かなり混んでいる大会場で観戦するのを諦めた者達が大勢いるだろうと思われたが、実際そうでもなかった。飲み物を買いに来ている奴はちらほらいるが、それだけだ。全くといっていい程誰もいない。恐らくみんなで騒ぎたい奴らが多いのだろう。よく自ら面倒なところへ行くものだ。備え付けられた長椅子に腰を掛けながらふとそう思った。
「ああんおっしー!」
炭酸の入った缶の飲料水を握り締め、エンギは地団太を踏んだ。かなり飲んだのだろう。中から飲料水が飛び出てくる気配はない。
隣で座っているケイもうんうんと頷く。口元は笑っているが、目が笑っていない。カザカミはいつも通りの無表情を装っているが、なにも言わない。恐らくみんな悔しいのだろう。もちろん、俺だって。
「まさか後半で逆転食らうとはな。それまでは全然大丈夫だったんだろ?」
「僕があのジェッカス使いを通しちゃったからね。ケイもキルされて崩されちゃったよ」
カザカミが小さく呟く。その手は強く握り締められていて震えていた。
「気に病むことはないわ。あのオクタ使いも確実に狙ってきていたし、遅かれ早かれキルされていたのよ」
「うう、あの96凸使い、絶対強くないよ。なのに、なのに、うぅ...」
ケイとエンギが次々に口を開いた。俺はというと、あの後完全に北を塗りつぶし、戻ろうとしたところでスパショでやられた。それからは、まぁ、お察しの通り。
ふと、何処からかこちらに向かって足音が聞こえてきた。ゆっくりと。不思議に思ってその方向に顔を向けた。そこには、よく見知った姿があった。
「...フッチー、あれ」
小さくケイが耳打ちをする。それに俺は頷いた。察したのか、エンギもカザカミも静かにそのインクリングを見ている。
俺は立ち上がってそいつの前に立った。先程ロビーで、と言っていたし、来るとは思っていたものの、やはり目の前にすると逃げたくなるもので。
ナノ。
俺の幼馴染で親友。
「チドリ、お疲れ様」
ナノはそう言って微笑んだ。昔とそう変わらない笑顔で。
「ああ。負けちまったけど」
「へっへーん。俺、強くなったでしょ。鍛えてもらったんだ」
得意気に笑った。強くなっただろって、昔から強かった記憶しかないが。
本当に変わらなかった。笑顔、仕草、口調も。いつものお調子者で人懐こい、ナノそのもので。しかしそう思ったのも束の間。ナノは目を鋭くしてこちらを見た。
「さぁて。なんで突然いなくなったのか、話してもらおうか」
ずいと一歩近付かれる。その迫力に二歩後ずさった。正直言って怖い。
しかし、もう逃げ道もないだろう。いや、もうその選択肢はないんだ。みんなと、チームクロメと約束した。その手前で、もう逃げたり南下しない。
俺は正直に話した。ナノに対する思い、考え、嫉妬、希望、絶望。―――コンプレックスを。全て話した。きっとこのことを知っているのは、この場ではケイだけ。そりゃそうだ。エンギにもカザカミにも話してないのだから。案の定、後ろでエンギの驚きの声が聞こえてくる。
一通り話し終えた後、ナノは口を開かなくなった。というか、俯いた。なにかまずいことでも言ってしまったか。少し不安になったのも一瞬。すぐにナノは顔を上げた。勢いよく。驚いて少し肩を揺らしてしまう。
「馬鹿ッ!」
ロビー中に響き渡る。突然の罵声に反論しようとしたが、ナノの顔を見たらそれも出来なくなってしまった。ナノが涙を堪えている。少しでも揺らせば、零れてしまいそうな。
「なんでそれを言ってくれなかったの! 俺、ここに来た時チドリしかいないから、不安で心配で...。だから突然いなくなって、どれだけ怖かったか、分かってる!? 俺、チドリしかいないのに、嫌われたのかと思って、それで...」
とうとう泣き出した。
見ていられなくて、その背中を優しく叩いてやる。そして、何度も謝った。ごめん。本当にごめん、と。
「チドリ、また友達としていてくれる? こんな俺だけど、だけど...」
「それ、こっちの台詞。本当にごめん、ナノ。また友達として、一緒にいてくれるか?」
「...。...もちろん!」
そういうと勢いよく飛びついてきた。倒れ掛かりそうになるが、なんとか左足でぐっと堪える。ナノの体は震えていた。本当に辛かったのだろう。そう思うと申し訳のなさで胸が痛む。
よく考えてみればハイカラシティに来て、二人で行動している内は友達らしい友達なんて作らなかったし、心細くなるのは当たり前だ。寂しがり屋なナノにとって、一人であることは死活問題だろう。なんでそこまで考えなかったんだろう。馬鹿だな。俺って。
「仲のよろしいことで」
毒づくように発せられた声にはっと我に返る。そうだ、この場には俺達しかいないわけじゃない。
その声の方向を見る。そこには冷めた視線と嬉しそうな視線が混ざり合ってこちらに向けられている。
「やった! よかったじゃんフチドリ!」
「もっとくっついてもらっていいのよ。待ってて。今写真撮るから」
「撮るな! 見せもんじゃねぇんだぞ」
「あら、フッチーは常時見世物みたいなものよ。私の端末の画像フォルダの九割を越えるくらいには」
「あっ、ホントだ。驚く程のフチドリ率...」
「よかったねフチドリ。愛されてるじゃん(笑)」
「無表情でそのまま発音してんじゃねぇよ! え、それマジなのか。マジで言ってるのか?」
ケイの端末を三人がそれらしく見ていて嘘か本当か分からなくなってきた。急いで駆けるもケイは一歩引く。
「安心してフッチー。嘘よ」
そう言って微笑んだ。誰から見ても安心するその表情。しかし俺には嫌な予感しかなかった。分かっているんだ。どうせロクなことではないと。
「うたた寝してる写真しか撮ってないわ」
「消せッ!!」
ケイのイカ型端末に目掛けて手を伸ばすも避けられ、届くことはなかった。その後も追いかけるが逃げ足の速いこと。決して届くことはなかった。リッター使いに機動力で負けるバケデコ使い...。なんか悲しくなってきた。
俺がケイを追い回している間にエンギがナノに話しかけているのが目の端で映った。ナノ、ナノなの!? そうなのだよアドモアゼル...。なんてやっている。気の合う奴等だと一発で分かった。
こうして俺達、チームクロメの初大会は終わった。結果は途中落ちで終わったが、まぁまぁいいところまでいけたんじゃないだろうか。恐らく、ナノのいるチーム、チームノワールが勝つ。ナノ以外知ってる奴なんていないが、素直に応援してやろうと思う。ライバルが負けた途端に応援してくれるなんて展開、よくあるだろ?
本当の気持ちは、言わないと伝わらない。言わないと、なにも起こらない。そのことが本当によく分かった。どうせ俺のことだ。またどこかで、嘘をつくかもしれない。でも、こいつらがいる。こいつらがいてくれるだけで、嘘の中でも生きていける気がした。
あぁ本当に。俺は幸せ者だ。



2016/11/23



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