STORY | ナノ

▽ オモイを伝える方法


「ソフィ。話ってなに?」
 ラントにあるシェリアの家。なにやら神妙な面持ちで玄関前に立つソフィを、シェリアは温かく出迎えた。
 大人しく椅子に座っているソフィにミルクや焼き菓子を出したのだが、ソフィがじっと座ったままでなにも言わなかった。少し様子がおかしいとは思っていたが、一体どうしたのだろうか。シェリアは頭を悩ませた。
 ソフィがシェリアの家にやってくる数時間前。シェリアはラント家の庭でソフィに会ったのだ。ラント家の広い庭の手入れをしていたソフィはシェリアの存在に気がつくと、話があるからあとでシェリアの家に行ってもいい? と尋ねてきたのだ。特に予定もなく、ソフィが来るのならば喜んでと二つ返事で了承したシェリアだが、ソフィの様子が普段とは違うことが少し気にかかっていた。
 ソフィは素直な子だ。素直でいい子で、アスベル程ではないが、ずっと共に旅をしていたシェリアにとってはソフィも感情がよく顔に出る子だと思っている。だからソフィが尋ねてきた時、よほど大切な話なのだろうとすくに分かった。そういえば最近なにか悩んでいたようだし、そのことかしら。そう考えて、ソフィが心を落ち着かせて話せるようホットミルクを用意して待っていたのだが…。
「…ちょっと待って」
 ようやくソフィが口を開いた。その声色は予想に反してしっかりしたもので、シェリアは少し安心した。
「短い話なんだけど、心が落ち着かないの。…話すね」
「えぇ」
「私、アスベルが好き」
「えぇ…。…えぇっ!? …あっ、そ、そうよね。七年前から自分のこと守ろうとしてくれた男の子だもんね。大切な仲間には違いないものね」
 ソフィの突然の告白に混乱するシェリア。
 必死に頭の中で整理しようとするが、錯乱してしまった心では若干自分のいいようにしか解釈出来ないようだった。
 まさかあのソフィが? 本当に? 別の意味である可能性は?
 シェリアは頭をぐるぐるさせるが、ソフィはかぶりを振った。
「ううん。違うよ。私、シェリアと同じなの」
「う、うそ…」
「嘘じゃないよ。最近ずっと思ってたの。私は人間じゃない。人間であるみんなが羨ましい。人間で、アスベルと幼馴染で、いつも傍にいて、お似合いだったシェリアが羨ましい。妬ましい。でもそんなこと言ったら、嫌われちゃうかなって思ったの。…私、シェリアのこと好きなのに」
「ソフィ…」
「だけどね、気付いたの。私、みんなに嘘つきたくない。自分にも嘘をつきたくないの。だからごめんねシェリア。私、アスベルに好きって言ってくる!」
「ソフィ!」
 ソフィは勢いよく立ち上がるとそのままシェリアの家を飛び出していった。
 シェリアも慌ててソフィの後を追うが、玄関には既にソフィの姿はなく、扉も既にしっかりと閉じられていて。
 シェリアは拒絶するかのように閉められた扉を、ただただ見つめることしか出来なかった。



 ラント家の執務室前。
 そこでソフィは一つ深呼吸をして、小さく扉をノックした。誰かの部屋に入る時はノックをするか声を掛けるのが常識である。マリクから教えてもらったことだ。
「アスベル、入るよ。…アスベル?」
 しかししばらく待ってみても中にいるはずのアスベルからの返事はない。アスベルはここにいるはずだ。シェリアの家に向かう前、きちんとアスベルにそのことを伝えたのだ。その時はなにやら難しそうな顔で書類とにらめっこしていたため、シェリアの家にいた時間も少なかったし、この短時間でどこかに出掛けに行きそうな様子はなかったのだが…。
 不安になったソフィは、一応ノックしたからね、と心の中で言い訳をしつつドアノブに手を掛けた。
 開いた扉から恐る恐る顔を覗かせる。
 ラント家の執務室。その中にアスベルは、いた。
 ソフィはアスベルの存在に気が付くと、ほっと安堵した。書類はもう片付けたのだろうか。アスベルは机に突っ伏して眠っていた。その表情は、腕に囲まれてよく見えないけれど。
 ソフィはアスベルを起こさないようにゆっくりと近付いた。
(アスベル…眠ってる。無理に起こしちゃ駄目だよね)
 ソフィはすぐ近くで、安らかに眠っているアスベルを見る。
 少し前までは自分よりも小さかったその体は、今となっては自分よりも大きくなっている。
 少し前までは自分が守ってきたのに、今は自分が守られることも増えた。
 人は変わる。成長していく。どんどん大きくなっていって、今みたいな関係もなくなっていくかもしれない。アスベルの隣には、誰か女の人が一緒なのかもしれない。そうすれば、自分はどうなるのだろうか。アスベルと一緒にいられなくなるのだろうか。アスベルのことが、好きなのに。
 今のままではいられない。
 …いつかこれが、なくなっちゃうんだ。
 ソフィは悲しくなって、その気持ちを誤魔化すようにアスベルの髪に触れようとした。
 しかし、その時だった。

「触れるな」

 いつもより低い声が聞こえて、ソフィは伸ばした手を引っ込めた。
 この声はアスベルが発したもの。でも、違う。
 訝しげに見つめていると、眠っていたアスベルが上体を起こした。
 ──アスベルが起きた!
 ずっと眠っていた。ようやく声が聞ける。アスベルの、安心できて大好きな声が聞ける。
 確かにそう思ったのに、ソフィがアスベルに向ける表情は、その気持ちとは正反対のものだった。
「…ラムダ」
 ソフィは静かにその名を呼んだ。
 そう、アスベルではないのだ。今目の前にいる生き物は。ソフィの本能がそう告げていた。
 目の前にいる、アスベルの姿をしている生き物、ラムダは、特に誤魔化すこともなく冷たい視線をソフィに向けた。
「こいつが眠っている間に触れようとするとは、プロトス1も大したものだな。そして不意打ちでもある。人間はかくも汚い」
「…!」


 一方その頃。
 ソフィのことが気になったシェリアはラント家に訪れていた。
 執務室前で足をぴたりと止め、目の前の大きな扉を開けずにいる。
 ソフィはシェリアにとって大切な仲間であり、娘のような存在だ。シェリアもソフィのことが大好きだ。それに今まで辛い目に合ってきた分、ソフィには幸せになってほしいしソフィの気持ちは尊重してあげたい。しかしこの気持ちだけは、ソフィにだって譲れないのも事実だ。
 二人はこの中にいるの…?
 戸惑いながらもドアノブに手を掛ける。
「ラムダァー!」
「えっ!?」
 突然ソフィの叫びにも似た声が聞こえ、思わずシェリアは扉から一歩下がった。
 間髪入れず部屋の中から騒音が聞こえてきた。暴れる音、なにかが落ちる音、ガラスが割れる音。耳を塞ぎたくなるような音達が扉の向こうで響いている。
 頭の中が真っ白になったシェリアは、しばらくの間その場で立ち尽くしていた。



 どれくらい経っただろうか。
 騒音が静まったことを確認したシェリアは、勇気を出して執務室の扉を開いた。執務室の中は、目も当てられない光景が広がっていた。
 棚は倒れてガラスが割れている。あちこちに装飾品が無惨に散らばっており、書類や本等がぐちゃぐちゃになっていた。辛うじて無事なのは窓だけだ。
 その後アスベルとソフィはシェリアにこっぴどく叱られたことは言うまでもない。

(俺が一体なにをしたって言うんだ…?)



2013/03/18 (加筆修正:2019/10/07)



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