STORY | ナノ

▽ 好奇心は猫をも殺します


「あっ、お兄さん! こんにちは!」
 明るく朗らかな声が背後から聞こえる。ソルは声の主を一瞥すると視線を前へと戻し、歩くペースを緩めることなく歩き続けた。ソルのしっかりとした足取りはその辺を歩く民間人と比べればかなり速い。子どもとなれば尚更だ。しかし先程ソルに声をかけた子どもは、速歩ではあるが息を切らすことなくソルの後を追い掛けてきていた。さすが、賞金稼ぎをしていただけのことはあるというべきか。しかしそれは今のソルにとっては煩わしい以外のなにものでもなかった。
「今日はいいお天気ですね。お兄さんはお出かけですか?」
「…」
「こんな日にはおさんぽもいいですよね。お日様が暖かくて、とても気持ちがいいですし」
 ソルの後をついていく子ども、シスターを思わせる服装に愛らしい顔をした少女──もとい、少年、ブリジットは、ソルに相手にされなかったにも関わらず、特に気にする風でもなくひたすらにソルの後を追い掛けた。ブリジットの表情は晴れやかであり、一片の曇りもない。まるで近所の仲のいいお兄さんを慕っているようなにこやかささえある。実際ソルとブリジットには親しいどころかこれといった接点もなく、あるとすれば勘違いから戦闘に発展するという不穏極まりない出来事しかソルの記憶にないのだが、どういう風の吹き回しなのだろうか。
「こんなお天気の中で芸を披露したらすっごく楽しいんだろうなぁ…。そうだ。お兄さん、ウチの芸を見ていきませんか?」
 ブリジットは小走り気味でソルの隣へとやってきた。しかしソルは依然として前を向いたまま、なにも返さない。
「あの、お兄さん? もしかして聞こえてませんか? ウチはここにいますよ?」
「…」 
「もしかして…。お兄さん、ウチのこと、無視してるんですか?」
「…」
「無視をするのはよくないんですよ! もういいです。ウチ、お兄さんにずっとついていきますから」
「…やめろ」
「やっぱり聞こえてるんじゃないですか! 酷いです! ウチを無視した責任取ってください」
 聞き捨てならない台詞を聞き、とうとうソルは折れてしまった。ぷりぷりと怒るブリジットだが、心の底から怒っているわけではないのか、どこか嬉しそうだ。ソルは隠すでもなく舌打ちをした。子守は御免だ。ソルの記憶の中で、そういうものは大抵ろくなことがない。それもこれも、ソルの中で子守という枠にあの青年の存在が大半を占めているからなのだが、彼であれば放っておけば勝手に剣を抜く。彼が剣を抜くのなら、自分もそれに応える。それがソルと彼の対話であり、彼を理解できる一番の方法だった。しかしこの子どもはどうだ。荒業で来ることもなくただただ付いてこようとするだけであり、ソルの調子は狂うばかりであった。
「なんの用だ」
「うーん、とくにないですけど。ただお兄さんとお話ししたいなぁって」
「うぜぇ。とっとと消えろ」
「まぁまぁそう言わず。それにウチ、今ちょっと悩んでて」
 ブリジットは少し声のトーンを落とした。表情も、どこか少しだけ影が差す。
「ウチ、芸人を目指そうかなぁって思ってるんですけど、一人じゃ心細くて…。だから芸人仲間を探そうと思って、でもなかなか見付からないんです。早く見つけないといけないのに…誰でもいいからウチと来てくれないかなぁ」
「…」
「あの、お兄さん」
「やらねぇぞ」
「ひどい! まだなにも言ってないじゃないですか!」
「今の話の流れで分からねぇ馬鹿がどこにいる」
 手のひらをぎゅっと握り締め激しく上下させるブリジットだが、あれだけ含みのある視線をちらちらとよこしておいて気付かないと思っていたのだろうか。ソルにそれを指摘されると、ブリジットは視線をそらして照れたように小さく笑った。すると今度は、あ、と小さく声を漏らしてブリジットは足を止めた。やっと離れられる。ソルは足を止めることなく進めようとするが、数歩もいかない内にブリジットに引き留められてしまった。
「スイーツ屋さんがありますよ。いいなぁ、どれも美味しそう」
 ガラス張りの店に両手を添え、額を張り付かせんばかりの勢いで店の奥に見える色とりどりのスイーツに熱い視線を注ぐ。そんなブリジットの瞳はきらきらと輝いていて、まだ幼さを残すものの賞金稼ぎとして出向いていたこともある子どもの、年相応さを見るようだった。
 ブリジットに引き留められるまま興味もなげにそれらを眺めていたソルだが、ふとあることを思い付いた。思うが早いか、おい、と隣の子どもに声をかけた。
「ん、なんですか?」
「金ならやる。これで好きなもんでも食べろ」
「えっ、本当ですか!? わーい! お兄さん、優しいんですね!」
「だからさっさと離れ」
「じゃあお兄さんも一緒に食べましょう! ウチが勝ったら一緒に来てくださいね」
「…なんでそうなる」
 ソルの話を遮るや否や、ブリジットは強引に話を取り付けては懐から愛用のヨーヨーを取り出した。俄然やる気の表情だ。店の前だからとか、街の中だからだとか、そういった配慮は目の前の子どもの中には存在しないらしい。
 ソルは大きく溜め息を吐くと封炎剣を構えた。ようやくか、と心のどこかで呟きながら。



2019/07/02



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