鬼灯の冷徹
文句は言えないのです
コンコン、と部屋をノックする音がして、鬼灯は読んでいた本にしおりを挟んだ。
こんな夜更けに自室を訪ねてくる人物は1人しかいない。
半ば諦めに似た気持ちで彼は立ち上がると、ゆっくりと扉を開けた。
そこには案の定日向が立っていて、彼女は愛用の枕を抱きしめ、寝巻き姿でこちらを上目遣いに見つめ返してきた。
「鬼灯さまぁ〜眠れません…」
「知りません、子供じゃないんですから自分でなんとかしなさい」
彼はそう言うと再び自室の扉を閉めかけた。
「ああ!待って!」
日向は慌てて扉の間に枕を差し込んで、それを阻止しようと逆側にぐいぐいと扉を引っ張る。
だが鬼灯はそれを押しやって、無理やり閉めた。
「うあ〜ん!ほぉずきさまぁぁぁぁ!」
予想通りというか、お約束というか…
日向は駄々をこねるように泣き出して、鬼灯はもう一度部屋の戸を開けてやった。
「枕なんて持ってきて、ここで寝るつもりじゃないでしょうね」
無表情に言った鬼灯に、彼女はニカっと笑うだけで、ただただ嬉しそうに部屋に滑り込んだ。
「あれ、読書中でした?気にせずお読みください!私ベッドを温めておきますので」
そう言ってそそくさとベッドに潜り込んだ日向は、うさぎのような宇宙人のような形の変わった枕と、鬼灯の枕を並べた。
「……これはシングルベッドです。あなたが寝てたら私は眠れませんが」
「やだなぁ〜抱きしめ合えばなんのそのっ!シングルベッドで夢とお前抱いてた頃〜ですよ」
「古いですね…懐メロですよ」
鬼灯ははぁ、とため息をついてベッドに腰をおろした。
「鬼灯様、まだ寝ないんですか?」
日向はバンバン、と布団を叩いた。
「………こんな厚かましい人はそうそう居ませんよ」
「今日貞子さんと話してたときに、押してダメなら引いてみろ的な事をいわれたんです」
「ほう」
「けど、引いたら鬼灯様構ってくれなくなりそうなのでやめました!」
日向はプクッと頬を膨らませ、同時に唇を尖らせた。
「かれこれ千年は押しっぱなしですね」
鬼灯は着物を椅子にかけると、ベッドへと入った。
「あれ、あれ、一緒に寝てくれるんですか?」
日向は嬉しそうに彼にまとわりつこうとするので、彼はくるりと背を向けた。
だがかまわず背中にぴったりと引っ付く彼女は、ある意味素直だ。
「私がそんなに好きですか?」
ぽつり、と呟かれた鬼灯の言葉に、彼女は嬉しそうに頷いた。
「大好きです〜」
そういいながら腕をこちらに回してきたので、鬼灯はそれを掴んで彼女の方に体を向けた。
「ぎゃー!ほ、鬼灯様!」
日向はここぞとばかりに胸に飛び込んできて、クンカクンカと匂いを嗅ぎ始める。
「日向、男性の寝床でそんな風に引っ付いては、何をされても文句は言えませんよ」
「鬼灯様にしかしないです」
悪びれる様子もなく抱きついてくる彼女。
ここまでされると男として見られているのかどうか怪しいものだ。
ちょっと意地悪してやりたい気分にもなったが、諦めて、そして回り回って日向の頭をぽんぽん、と撫でた。
「ふふふふふふふ」
「気持ち悪い笑いかたはやめなさい」
「だって…鬼灯様、今日はなんかいつにも増して優しいです」
「優しくなんかありませんよ。鬼ですから」
「優しいですよ、鬼灯様は……」
日向の言葉が途切れたかと思うと、スピースピーと寝息が聞こえ始めた。
「………」
鬼灯はそっと彼女の頬に触れて、起こさないように抱き寄せる。
きっと先に起きるのは自分なので、それを彼女が夢の中以外で知る事はないだろう、と密かに考えながら目を閉じた。