暗緑の灯火
地の精霊
エレアルーミン石英林は結晶化によって隆起した広大な大地。
エステルの言うままにエアルを辿り、洞窟のような場所入ると、光輝く結晶が照らす場所へと辿り着いた。
「ここが結晶化の中心みたいだな」
「きれい……夢の中にいるみたいです……」
「低密度で結晶化したエアル………いや、マナ?サンプル採取しておかなくちゃ!」
「うーむ。お宝だらけじゃが、船には運び切れんのじゃ」
「バリバリ砕けるよ!おもしろーい!」
「本当だ!!なんだこれ!気持ちいいな!カロル見ろ!こんな大っきいのも砕けるぞ」
ラナはカロルと、新雪を踏む子供のように遊びはじめた。
「……反応がこうも違うとはね」
おっさんついていけない、とレイヴンは口を曲げた。
「のんきなもんね……これ自然現象じゃないわよ」
「結晶化によって生まれた新たな大地……ここにそれを行った何者かがいる、ということで間違いないかしら?」
「それに、エアルクレーネもね」
リタは結晶化した洞窟の奥を見つめた。
「ワンワンッ」
ラピードは鼻先を地面に近づけ吠えたてる。
どうやらこんな辺境の地に、何者かの足跡があるらしい。
「どうやら先客がいるみたいだな。みんな気をつけろよ」
「……魔狩りの剣かな?」
カロルは苦虫を噛み潰したように顔をゆがませ、洞窟の奥を見つめた。
親衛隊も解体された今、始祖の隷長を追うのは彼らしかいない。
しばらく結晶化の森を進むと一行めがけ、大ぶりの円刀が飛んできた。
ユーリが素早くそれを剣で受け止めた。
「ちっ!!」
「この武器は…!!」
ジュディスはハッとして攻撃手を確かめる。
もちろんそこには、ここまで何度も対立してきた少女がいた。
「……警告する…!ここは魔狩りの剣が活動中だ。すぐに…立ち去り……」
けしかけた人物は、言い終わる前に倒れこんだ。
それにかけ出したのはカロルだ。
「……!ナン!どうしたの?ティソンは?」
彼の予想は最悪の形で答え合わせをしたようだ。
魔狩りの剣は、始祖の隷長を狙っている。
にしてもナンだけということは、なにかあったのだろうかと、彼の不安は大きく膨らんだ。
「ひどい怪我……」
エステルによってすぐに治癒術をかけられ、ナンはまぶしそうに目を開けた。
「ナン!しっかりして!」
「……カロル?」
「よかった!どこも痛くない?1人でどうしたんだよ!」
「不意に標的とここで戦いになって…あたし、いつもみたいにできなくて……」
「そんな…ティソンがナンをおいて行くなんて…」
「師匠は……迷いがあるからだって……」
ナンは悔しげに唇を噛む。
カロルの手をとった彼女は言葉を続けた。
「魔物は憎い、許せない。でも今はこんなことより、しなきゃいけないことがあるんじゃないかって、それを話したら……」
「置いてかれたってか……」
レイヴンは肩を竦め、魔狩りの剣には心底飽きれた、と息を吐く。
「愚かね、この期に及んでまだ生き方を変えられないなんて」
「魔物を倒しても、失った人は帰らないのにな」
ラナはジュディスに、確かに、と同意した。
「ひどいよ!ナンは間違ってないのに!」
「落ち着けカロル……なぁ、魔狩りの剣の狙いは始祖の隷長だろ?」
ユーリの言葉にナンは静かに頷いた。
「急いだ方がよさそうね」
ジュディスの言葉通りだ。
ここにいる始祖の隷長は今まさに、彼らの襲撃を受けているだろう。
聖核を砕かれては、精霊化どころではない。
「ナン歩ける?一緒に行こう」
カロルの優しい言葉に、ナンは戸惑いながらも頷いた。
離れている間に、彼はこんなに頼もしい存在になっている。
何がそうさせたのか、どんな事をしようとしているのか、彼女にはわからなかった。
幼馴染が遠くに行ってしまいそうな予感さえして、少し怖くなる。
凛々の明星に連れられ、彼女も歩き出した。
ずいぶんと奥まで歩いたところで、エステルが気をつけて下さいと声を上げる。
視線の先には真っ赤なエアルの海が広がっていたからだ。
そこででグシオスと対峙しているのはティソンとクリントだ。
力尽きた魔狩りの剣のメンバーたちは、生きているのかさえわからないほどピクリともせずに倒れている。
「グシオス!!」
「待ってジュディス!様子がおかしいです!!」
グシオスに駆け寄ろうとしたジュディスは、エステルの静止に踏みとどまった。
もっとも、異様なほど濃いエアルによって皆がたたらを踏んだが。
「うちらの茶飲み仲間は、どっちかの」
「どっちって、あのねぇ」
レイヴンの返事に、パティはむーっと顔をしかめた。
苦戦している様子の魔狩りの剣。
ティソンはグシオスに飛びかかるが、吹き飛ばされて倒れこんだ。
「師匠!」
「なぜだ…なぜ攻撃がきかない……」
グシオスは咆哮をあげ、エアルを吸収し始める。
真っ赤なエアルは彼めがけてあつまっていく。
「エアルを食べてる…でもこれって…」
リタは胸が騒いだ。
様子がおかしい。
グシオスは自我を失っているように見えるからだ。
ナンはエアルが弱まった隙に、ティソンの元へと駆け出した。
「ナン、危ない!」
カロルがつかもうとした手は届かず、再びエアルが行く手を塞いだ。
「ナン…なぜ来た」
クリントは脇腹を抑えながら、呻くように言った。
「迷いのあるお前じゃ足でまといだと言っただろうが…!」
ティソンの怒鳴り声にひるむ事なく、ナンは語気を荒げて言う。
「いやです!ギルドは家族!見捨てるなんてできない!」
グシオスの咆哮がまたもやビリビリと響く。
「悪いがあんたらは下がってろ」
ラナは剣を抜き、魔狩りの剣とグシオスの間に割って入った。
溺れるようなエアルの中、まともに立っていられるのはラナだけだ。
たとえそれが、毒として体を侵していようとも。
「グシオスさんよ、なんたってこんな事になったのか説明しろ」
彼女はぎゅっと足に力をいれ、剣を構える。
「グオオオオオオオオ!!」
「ラナ!」
「平気だ!そこで指咥えてみてな!ユーリ!」
ラナは動けぬ皆に言った。
その時、ウンディーネとイフリートが現れた。
悲しげにグシオスを見つめる2人の精霊は、一瞬で辺りのエアルを鎮めた。
「ウンディーネ、イフリート、あいつどうなっちまったんだ?」
ユーリはラナの隣に並び、皆も続いた。
「……始祖の隷長とて、無限にエアルを取り込めるわけではない。能力を越えてエアルを取り込めば、それは変異を起こす」
憂いに満ちたウンディーネの表情に、リタはハッとした。
「まさか!?」
「それが星喰みとなる」
「なんだと!?じゃあこいつは、世界を守ろうとしてあんなんになちまったのか…」
「始祖の隷長が星喰み…?」
ラナは場にも似合わずある疑問が浮かんだ。
賢者の石も星喰みも、始祖の隷長も、もしかするとあるいは…
「救ってやってくれ。この者がまだグシオスという存在であるうちに」
イフリートが言う。
それに首を振るものなど居なかった。
「……いきます……」
エステルは手を組んだ。
そして彼女から癒しの術が溢れ出す。
それはグシオスを包み込み、光を放った。
彼の咆哮が遠くなる。
そして聖核が姿を表した。
「グシオス、ごめんなさい」
輝く聖核を見つめ、ジュディスは悔やんだ。
もっと自分にできる事があったのではないだろうか。
無心にヘルメス式を壊して回っていたけれど、それは自分のためでしかなかった。
ベリウスもフェローもグシオスも、結局は守る事もできなかった。
「ったく、まだこいつに恨みがあんのか?」
ユーリの声で振り返ると、クリントは憎らしげにグシオスの聖核を睨みつけていた。
ティソンの肩を借りてなんとか立っているだけの彼は、弱々しく剣を構える。
「そいつは…あの化け物の魂だ。砕かずにはすまさん」
「化け物じゃないです!世界を守ってくれていたのは彼らなんですよ!」
「始祖の隷長の役目なぞ知った事ではない!」
クリントは大剣を振り上げ、地面を叩いた。
その目は、他人には計り知れぬほどの憎しみで満ちていた。
「てめえ知ってるな?」
「知ってて始祖の隷長を狙ってたの!?世界がこんなになってるのに!」
「俺の家族は始祖の隷長に殺された!失うものなど、もう何もない!」
クリントは地を蹴った。
「悪いな」
ラナは静かに手のひらをクリントに向けた。
そして彼はそのまま吹き飛び、地面に叩きつけられうめいた。
「人魔戦争で家族を失ったのはおまえらだけじゃない、世界が滅ぼうってときだ。邪魔するんなら魔狩りの剣、ここで白黒つけようじゃないか」
「……今更、生き方を変えられん…」
彼女の言葉に低い声で言った彼は、力なく拳を握った。
「憎しみをぶつけても、誰も…自分も…救われないのじゃ。それよりも残ったものを大切にした方がよいのじゃ」
「だな、お前には、まだ魔狩りの剣メンバーがいるだろ」
ユーリは剣をしまい、魔狩りの剣の彼らに背を向けた。
「……起きろ貴様ら!撤収するぞ!」
クリントは声を張り上げた。
ヨロヨロと起き上がるメンバー達の尻を叩くように、しっかりとした足取りで歩いて行く。
「あ…怪我の治療だけでも…!」
追いかけようとしたエステルの腕をレイヴンが掴んで、首を振った。
「…カロル、ありがとう」
ナンは目線を地に落としたままそう言って、ティソン達のあとを追いかけた。