暗緑の灯火 | ナノ
暗緑の灯火



沈黙



「ラナ」

慌ただしさが少しだけ落ち着き、街が悲しみに満ち始めた頃。
ユニオン本部の入り口で座り込んでいたラナに声をかけたのは、エステルだった。

「なんでしょう」

すっと立ち上がり、ラナは姿勢を正す。

「……わたし、決めました」

エステルの瞳は、確かな覚悟を見せたが、同時に僅かな迷いも見えた気がした。
ぎゅっと自身の手を握りしめた彼女は、続く言葉を待つように真剣にこちらを見つめるラナに言う。




「フェローに会います」


確かにそう言った彼女に、ラナは優しく笑って頷いた。

「では、私がお伝えすべき事はなにもありません。どうかお気をつけて」



「はい、色々とありがとうございます」








「ユーリ」

ラナはユニオン本部の喧騒の中、幼馴染を呼び止めた。


「お前……その格好……」

振り返ったユーリは、驚きに目を見開いた。
声をかけてきた彼女は、以前のように騎士団副団長の服を着ていたから。

短く揃えてやった髪。
やっと見慣れてきた頃だったが、再び騎士の姿を纏う彼女は、あまりにも美しすぎる。

やはりどうあっても、ラナは騎士団に相応しい。
そう思わせる何かが、彼女の出立にはあるのだ。




しかしながら、このユニオン本部で騎士は目立つ。

ユーリはラナの腕を引き外に出た。

「私は私のけじめをつけてくる。ユーリもジュディの所に行くんだろう?」

深緑の彼女の瞳は、静かに燃えているようにも見えた。

「………ああ」

ユーリは少しだけ顔を歪ませて、頷いて見せた。
彼はそのままだまってラナに歩み寄ると、そっと彼女を抱き寄せる。



「どんだけ抱きしめても足りねえ」

切羽詰まった声で、彼が呟く。
はぁ、と息をはいて、ぎゅうっと抱きしめる力を強くした。

ユーリの、誰にだって見せた事が無いような余裕の無い様子に、彼女もぎゅっと背中に手を回し応える。


でも、まだ終わってはいない。
ラナも、ユーリも、互いにすべき事が、今はある。

それは互いに別々の道を往かねばならない。

それが片付いたあとで、また道が交わるとも、限らないのだが。



「すぐに行くのか?」

ユーリが言う。

「ああ、みんなによろしく」



「ちょっと待って」

苛立ちをあらわにした声がして振り返れば、リタがふんと腕を組んで、仁王立ちしていた。


「エステルに聞いたわ。あんた一緒に来ないの?」

「ああ、エステリーゼ様に聞いた通りだ」

ラナの言葉に、大きなため息をついてから、彼女はツカツカと目の前まで迫ってきた。
ずんずんと顔を近付けてきた彼女の迫力たるや、鬼気迫る、という雰囲気だ。

「このあたしに一言の挨拶もないなんて、いい度胸ね」

じろり、とラナを睨むリタを見て、ユーリは少し苦笑いした。


「いつでも会えるだろ?モルディオにこんなにも別れを惜しまれるほど好かれてたとは、嬉しいぞ」

「ばっ…なにふざけた事言ってんのよ!これだから……っていうか騎士のかっこに戻ってるじゃない。副団長に返り咲いたワケ?」

「これはアレだよ、勝負服ってやつだよ」

絶対にそんなつもりじゃ無いくせに、ラナはどこかふざけた様子だ。
それは心配をかけまいとしている彼女の強がりである事に気が付いたのは、ユーリだけだった。


「ほんとにふざけてるわね。どっかのおっさん以上だわ」


「レイヴンな、ちょっと気にかけてやってよ……」

ラナがそう言って眉を下げると、リタもユーリも首をかしげた。

「ドンの事があるからか?」

ユーリが言った言葉に、リタはそうか、と頷く。

「それもあるけど、余裕、無さそうだから……じゃ、私はもう行くぞ」


ひらり、ひらり、と手を振って、ラナはリタの横を通り過ぎた。

「これっ!」

コン、と肩に何か硬い物が触れて、彼女はリタに向き直る。
受け取ったそれは、細いブレスレットで、武醒魔導器よりもさらに小さな魔核らしき物がついている。


「なに?」

「あんた、前に倒れたでしょ。それ、体に保有してるエアルを測る装置だから、しばらく付けてて。今度あたしがその記録を確認する」

リタはふん、と鼻を鳴らして、腕を組み直す。

それになにも言わずに沈黙するラナ。
彼女はじっと渡された装置を見つめていた。

「なによ、なんか文句でもあるの?」

痺れを切らしたリタにそう言われ、ラナはふるふると首を横に振った。

「ないよ。ありがとな」

ブレスレット型の装置を、武醒魔導器とは逆の手首にはめて、彼女は笑った。

「べ、別に。きちんと数値を割り出さないと、何もわからないし……とりあえず今の保有量は……」

リタはラナが付けた装置の魔核部分に触れて、操作盤を表示した。
それは結界などの魔導器の操作盤より小さなものだったが、ユーリもラナも少し驚く。

「ちゃんとしてるんだな……」

心配そうに覗き込んだユーリを、リタは「当然よ」と軽くあしらう。




「あれ……?保有量ゼロ……?」


眉を寄せて数値を睨むリタに、「どうした?壊れた?」と首を傾げるラナ。

リタはちらりと彼女を見て、操作盤を閉じた。

「まあいいわ。とにかくこのままで、絶対に外さないでよ?」

「わかった、じゃあなユーリも……」

ラナはごく自然にユーリにキスをして、踵を返すと後ろ手に手を振り歩いて行った。


「ったく……そういう事は人に見えないとこでやんなさいよ!」

リタはユーリに食ってかかったが、彼は肩を竦めるだけだった。

それに「まあいいわ」とラナの後姿に視線を戻した彼女は、少しだけ怪訝な顔をする。

気になるのは、装置の計測値がゼロだった事。
人も動物も、必ず体にエアルを含んでいるはずなのに。

「………」

それにあるひとつの仮説が浮かんだが、まだ本人に言うべきでは無い事だ、と彼女は言葉を飲み込んだ。







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