暗緑の灯火 | ナノ
暗緑の灯火



ヘリオードの隠し事



「落ち着きました?」

エステルはリタに優しく声をかける。

ひとまず騎士団の詰所を離れた一行。

彼女は落ち着きを取り戻しええ、と頷いた。



「それでモルディオは何やらかしたんだ?」



ラナがからかうように言ったので、リタは彼女を睨みつける。

「ここの魔導器が気になったから、調査の前に見ておこうと思って寄ったのよ」

リタはラナの雰囲気がガラリと変わっている事には、あまり興味は無いようだ。
話が進みやすくて助かる。

「で、余計なことに首を突っ込んだと。面倒な性格してんな」

ユーリの周りは、厄介ごとに好きで巻き込まれる連中が多いらしい。

「労働者キャンプに魔導器が運び込まれてたのよ!しかも夜中にコッソリと!その時点でもう怪しいでしょ?」

リタは魔導器の事となると自制心がきかない。
後の行動はだいたい察しがつくので、ユーリが結論を言う。

「こそこそ調べまわってて捕まったってわけか」


「違うわ、忍び込んだのよ」


リタは彼の言葉に訂正を加えるが、結局は同じ事だ。

「……で、捕まったんだ」

カロルは呆れたのか、先ほどの事を根に持っているのか、口を尖らせた。

「だって、怪しい使い方されようとしてる魔導器ほっとけるわけないじゃない!そしたら、街の人が騎士に脅されて無理矢理働かされててさ」

わけないじゃない!と言われても、普通はそんな訳のがない。

「じゃあティグルさんもそこで働かされてるんだろうね」

カロルが言った言葉にラナは首を傾げた。

「前にカプワ・ノールに居た一家なんだけどよ、どうも貴族になれるとか言われて働いてたんだけど、旦那が姿消しちまったらしい」

「そんなアホな話に騙されるやつも居たもんだ」

ラナはため息をついて言葉を続ける。

「でも、ここ任されてる騎士がやらかしてるんだから、笑えないな」


「こんなの絶対に許せません」

ラナに同意を求めるようにエステルが言う。

「それで、おまえが見た魔導器ってのは?」

ユーリは再び話を戻そうと、リタを見た。

「兵装魔導器だった。かき集めて戦う準備してるみたい」

兵装魔導器は、かなりの貴重品だ。
武醒魔導器ほど簡単に手に入る代物ではない。

「まさか……またダングレストを攻めるつもりなんじゃ!?」

カロルはハッとしてそう言った。

「でも、どうして?友好協定が結ばれるって言うのに……」

エステルは戸惑いの色が隠せない様子で、ぎゅっと自身の手を握る。

「きっとギルドとの約束なんて、屁とも思ってないぜ」



「殿下の計画はやっぱり頓挫しそうなのか?」



ラナはシュンと眉を下げ、不安気に言う。

「いや、その辺はわかんねえけど、どうせキュモールの奴だろ?あいつがマトモとは思えねえ」

ユーリ達もあのままダングレストを後にしたので、友好協定が今どうなっているかはわからない。
ヘラクレスとやらを目の当たりにしたユニオンが黙っているとは思えないので、話し合いは拗れそうだ。

「………キュモールか、なに?下に居るの?あいつ気持ち悪いんだよな」

見たくないなー、とラナは顔をしかめる。

「騎士だよね?どんな人?」

カロルが言う。

「おまえも前に一度、会ってるだろ、カルボクラムで」

「……ああ、あのちょっと気持ち悪い喋り方する人だね」

彼はうえっと気持ちが悪そうにする。
確かに胸焼けしそうな人物ではあるが。


「あと服装も最悪だろ?」

ラナの言葉にカロルは確かに、と笑う。



「ここで話し込むのもいいけれど、何か忘れてないかしら?」



ジュディスがそういったので、カロルはしまった、と打たれたようにハッする。

「ティグルさんたちを助け出さなきゃ」

「それから強制労働を止めさせて、集めてる魔導器を捨てさせて……ええと……」

「魔導器は捨てちゃだめ。ちゃんと回収して管理しないと」

エステルがあれやこれやと言い出したので、リタは大切な魔導器を捨てはさせないと指摘する。

それなら回収のためにアスピオの魔導士に連絡を、とエステルが言ったので、今度はカロルが慎重に、と釘を刺した。

彼女は、でも…と更に言葉を返そうとするので、クライヴは不快そうに顔を顰めた。

「とりあえず、一つずつ片付けていこうぜ」

話が決壊しそうな時のまとめ役はユーリのようだ。

それに皆が同意をし、再び広場へと足を向けた。

エステルの態度に、不満気なクライヴ。
その雰囲気にただ1人、気が付いたラナがポンと肩を軽く叩いて笑いかけてきたので、彼は我慢するよ、と小声で返した。





広場の昇降機へと向かうと、キュモールと、品のある服装だが変わった髪型の男が楽しげに話をしていた。
さっと魔導器の影に隠れたユーリ達は、彼らの様子をうかがう。

「マイロード。コゴール砂漠にゴーしなくて、ダイジョウブですか?」

「ふん。アレクセイの命令なんか聞いてやる必要はないね!僕は金と君から仕入れた武器を使って、すべてを手に入れるのだから」

キュモールはバカバカしい、と胸を張った。

「ミーが売ったウエポン使って、ユニオンにアタックね!その時が来たら、ミー率いる海凶の爪の仕事、褒めてほしいですよ!!」

「わかってるよ、イエガー。でも僕はユニオンなんて眼中にないな。僕は騎士団長になる男だよ?アレクセイもユニオンを監視しろなんて、バカだね!そのくせ友好協定だって?」

「イエース、イエース。しかしドンを侮ってはノンノン、彼はワンダホーなナイスガイ、それをリメンバーですヨ〜」

2人を乗せた昇降機は、下へと降りていく。

なおもバカげた会話は続いていたが、ラナには、イエガーはキュモールを適当に乗せて、あしらっているだけのように見えた。
あくまで商売相手、という事だろうか?

「あのトロロヘアー、こっちをみて笑ったわよ」

リタがムカつく、と呟いた。

「気付いてたみたいだな。オレ達の事……にしても、本当にくだらない事しか考えねえな」

ユーリはそう言って眉を寄せた。




ユーリ達も昇降機で労働者キャンプへと降り、強制労働を強いられている住人を助けながらディグルをさがして、奥へと向かう。
ラナは取り敢えず遺体が転がっていない事に胸を撫で下ろす。
もっとも、処分されてしまったのかもしれないのだが。


「あ!あれ!キュモールだよ」

カロルが指差す方向には、キュモールとイエガー。


「それに、赤眼の一団もいます!」

「キュモールが赤眼の新しい依頼人ってことか…」



「サボってないで働け!この下民!」


キュモールは倒れこんだ労働者の男に怒鳴った。
男は顔色もあまり良くないようで、いやに汗をかいている。どうやら彼がティグルらしい事を、カロルが教えてくれた。

「お金ならいくらでもあげる。ほらほら、働けよ!」

キュモールの横暴な物言いに、ユーリが行動を起こそうとするが、ラナがそれを制し剣を抜いて声を荒げた。




「おい、キュモール。お前気持ち悪いんだよ!今すぐ這いつくばって詫びろ」



「とんでもない事言うのね」

ジュディスは身も蓋もない言葉に、楽しそうに笑った。

「きっ気持ち悪い?!誰だ!……おや?ユーリ・ローウェル……と…?」

キュモールはラナの姿に首を傾げた。


「服装変わりすぎて、認識されてないわよ」


リタは呆れたように手のひらを上げて、肩を竦めた。

「別にいいさ。ほら、早く土下座しろよ。このグズ」

ラナは切っ先を真っ直ぐにキュモールに向けた。

「ま、まさか!副団長?!……いや、元、副団長だよね」

キュモールは後ずさりしながら、にやりと笑った。

「元?どういうこと?」

リタが怪訝な顔をしたので、クライヴが後で説明してやるよ、と彼女に声をかけた。


「キュモール!あなたの行動は、帝国騎士にあるまじきものです!あなたに騎士を名乗る資格はありません!武器を捨て、今すぐ連れてきた住民を解放するのです!」


エステルが一歩前に出ると、キュモールは声を裏返して、ひっ姫様、と更に後ずさる。


「……世間知らずの姫様には消えてもらったほうがいいかもね。理想ばっかり語って、胸糞悪いんだよっ!」

「騎士団長になるなんて妄想してるやつが何言ってやがる」

ユーリは鞘を投げた。


「イエガー!やっちゃいな!」


急に強気になったキュモールは、イエガーを盾にしてそう言った。


「イエース、マイロード」

イエガーは大ぶりの鎌のような武器を構えると、赤眼に目配せする。
さっと数人の赤眼が臨戦体制に入り、ユーリ達も武器を構えた。

「おいおい、イエガー。とことん私の邪魔をしたいらしいな」

ラナは不敵に笑って、剣を構え直した。

「あの時もビジネス、今もビジネス。ユー達に恨みはありまセーン」

「だったらこっちも遠慮はしないっ!」

ラナは地面を蹴った。
ひらりと舞い上がって赤眼を飛び越えると、イエガー向けて剣を振り下ろす。

ジュディスもユーリもラピードも半拍遅れて、攻撃を仕掛け、さらに一拍遅れてカロルが続いた。

リタが魔術を唱え始め、エステルはティグルに治癒術を施すと、家族のところへ戻るよう言った。
何度も頭を下げる彼を制して、彼女も赤眼を倒すべく、剣を握る。

傍観していたクライヴだったが、赤眼が飛びかかってきたのでそいつのこめかみを思い切り蹴り飛ばした。
子どもの彼に油断していた赤眼は、まさかのカウンターにあっさり倒れて動かなくなる。


イエガーは自身の身の丈ほどある鎌を、手足のように扱ってラナを迎撃する。
死の商人、という名に似合いすぎるほど、それは宛ら死神のようだ。

「なんで本気出さないんだ?興ざめだな」

ラナは、それっぽく見えるように攻撃を受け止めているだけの彼に、折角重い団服を脱いだのに意味がない、とため息をこぼした。

「ユーに囚われの副団長は似合いませんネ。自由、実にエレクセント!」

イエガーはその質問には答えず、少しだけ嬉しそうに口角を釣り上げた。

「囚われてたつもりはねえよ。充分自由だったさ」

ラナの言葉に彼は、困ったように笑うだけだった。
そう、バルボスの依頼で彼女を連れて行った時のように。

「キュモール様!フレン隊です!」

昇降機方面から駆けて着た騎士が叫ぶ。
エステルはフレンの名が出て、嬉しそうに頬を緩める。

その頃には、赤眼はユーリ達によって蹴散らされていて、キュモールはなお悪い知らせに顔を真っ赤にして怒鳴った。


「追い返せ!」


「だめです!下を調べさせろと押し切られそうで…」

「下町育ちの恥知らずめ!!」

吐き捨てるようにそう言ったキュモールは、ラナとユーリにも見下げるような視線を送った。


「ゴーシュ、ドロワット!」

「はい!イエガー様!」
「やっと出番ですよ〜ん」

イエガーに呼ばれ現れたのは、ミニスカートの女の子2人。
揃いの服を着ているが、彼女達の雰囲気は対照的だ。

「エスケープしマース」

イエガーの合図で、2人は地面に何かを投げつけ、煙幕をはる。
一瞬で立ち込めた煙によって、ユーリ達の目の前の視界はすっかり遮られてしまった。

「今度会ったら、ただじゃおかないからね!」

キュモールの捨てゼリフに、ジュディスはお決まりね、と呆れた様子で眉を下げた。



「早く追わないと!」


エステルは誰も追いかけようとしないので、焦ったように皆を見る。

「僕らの仕事はティグルさんを助けることなんだよ!」

カロルが今にも駆け出しそうなエステルに、困ったようにそう言った。

でも、と納得のいかない様子の彼女に、またもやクライヴは1人浮かない顔をしていた。

「あんたらの仕事とかわかんないけど、追うの?追わないの?」

はっきりしてよ、と言わんばかりのリタ。
どうしたもんかとラナとユーリが顔を見合わせていると、背後から声が響いた。



「そこまでだ!おとなしくしろ!」



皆が視線を向けるその先には、晴れて隊長となったフレンが立っていた。
しかしながら彼は、キュモールではなくユーリ達が居たことに驚いたようで、困惑したように眉を寄せた。

「いいところに!」

ユーリはパチンと指を鳴らして、フレンに笑いかけた。

「追うのね?」

ジュディスの問いに彼は頷いて、カロルにもいいか?と意見を求める。

「うん!いこう」

「フレン、ここの始末は任せたぞ!」

ラナは剣をおさめると、駆け出した。

「ラナ!?」

フレンは更に困惑した様子だったが、他の皆も走り出したのを見て、エステルにあわてて声をかける

「エステリーゼ様!やはりあなたにこんな危険な旅は……」

しかしその声は彼らには届かず、まだ僅かながら立ち込める煙幕を突っ切って行った足音も消えてしまった。
苦虫を噛み潰したように眉をよせ、唇を噛んだフレンは、ままならない親友達との意思疎通を諦め、事態を収めるために踵返した。





キュモール達を追いかけていたユーリ達だったが、残念ながらその姿はどこにも見当たらず、見失ってしまったようだった。

「結局、逃がしちゃったみたいね」

リタは自分があまり体力が無いことは自覚していたようで、疲れた、と膝に手をついて呼吸を整えた。

「ここ、どこの辺かな?」

無我夢中で走っていたカロルも、ユーリやラナ、ジュディスと言ったメンツに着いて行くのが精一杯だったようで、地理さえも見失ってしまった様子だ。

「トルビキア中央部ね。東に行けば、トリム港よ」

「このまま港へ向かった方が良さそうだな」

「ちなみに今からどこへ向かう途中だったんだ?」

息も乱れていない三人。
カロルは驚きを通り越して少し憧れを抱いた。

「待ってください!キュモールはどうするんです?放っておくんですか?!」

エステルはぐっと拳を握って、三人を見つめた。

「フェローに会うと言うのが、あなたの目的だと思っていたけれど…違うのかしら?」

「そ、それは……」

ジュディスにそう言われたことで、一気に頭が冷えたのか、彼女は俯く。

「あなたのだだっ子に付き合うギルドではないわ、凛々の明星は」

エステルはごめんなさい、とすっかりしょげてしまった。
そんなつもりでなくとも、ジュディスの言う通りなのだ。

「ま、落ち着け。フレンに任せときゃ間違いないさ」

ユーリは、言わんとした言葉をジュディスが代弁してくれたので……というより、わざわざ憎まれ役を彼女が買ってくれたようにも思えたが……フォローを入れる。

「ちょっと待って、フェロー?凛々の明星?それにラナが、元副団長って。説明して」

リタはあれよあれよとここまで進んだ事態に、一旦全てを把握しようと話を遮った。

「そうよ、説明して欲しいわ」

すっとリタの隣に現れたのは、レイヴン。

「ちょっと、なによ!あんた!」

「レイヴン様だよ、忘れちゃったの?」

彼は自身の無精髭を撫でながら、悦に入った様子でそう言った。



「おい、どう言うつもりだ」

ラナは剣を突きつけ、彼を睨む。

これには皆が一様に驚きに目を見開く。

「ちょっちょっ!副団長〜?勘弁してよ、危害加えにきたわけじゃないから……」

レイヴンは手を上げて、苦笑いしながらそう言った。

「はぁ?気配消して現れといて、怪しすぎるだろ?レ・イ・ヴ・ンさん?」

ラナは、ヒタヒタと剣の腹でレイヴンの頬を叩く。

「いやいや、悪かったって……剣、おろして?まじで、俺様ドンに嬢ちゃんに着いて行くよう言われただけだから、穏便に、穏便に、ね?ね?」

「ドンに?またそりゃなんでだ?」

ユーリが言う。
ラナも剣を下ろすと、本当か?と念を押す。

「本当だから……まぁトリム港行くんでしょ?そこでゆっくり話そうや……」

ふう、と息を吐いて脱力したレイヴンは、ちゃんと話すから、と彼女を見て眉を下げた。





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