お姫様のいない世界 | ナノ
お姫様のいない世界



溢れる力



「あ!カロル!いたいた!!」

私は、ハルルの樹のそばでうなだれるカロルを見つけ、声をかけた。

「……なに?」

どんよりと雲を携えたように、彼はこちらに目線を向けた。
彼の足元は、苔が蒸したようで、そうとも言い切れない微妙な色合いに土が染まっている。

「カロル、なんでクオイの森でエッグベアさがしてたんですか?」

私はペッペと雲を払って明るい声で言った。

「……ハルルの樹をなおそうと思ったんだ」

ふい〜っと視線を足元に戻した彼は言葉を続けた。

「魔物の血が、土に染み込んで、樹を枯らしてるから…素材を集めてパナシーアボトルを作ろうと思って……」

「じゃあ……いいですよね?ユーリ」

私はユーリに目配せした。
彼はそれが意図することにすぐに気が付いてくれた。

「ん?ああ、いいぜ、カロル、クオイの森へ行くぞ」

「え!?」

「なんだよ」

「ボクの話、信じてくれるの?」

「嘘言ってんのか?」

ユーリの言葉に、フルフルっとカロルは首を振った。

「じゃ、樹をなおすぞー!おー!」

と私が拳を振り上げたが、2人はノリが悪かった。
ユーリはシラけた顔で私をみて、カロルは困ったように拳を上げた。
うーん。
じわじわと、エステルはエステルでなくなっていく。
あたりまえか…

徹底してエステルを演じる気はないのだが、キャラも定まらずブレブレなのは、承知してますよーっと。


「何をしておられるのですかな?」

そんな時、声をかけてきたのは長老だった。

「ハルルの樹をなおす薬を作るんです!ルルリエの花びら、譲っていただけませんか?」

「え!?エステル、魔導樹脂の代わりにルルリエの花びらがいるって知ってたの!?」

カロルはびっくりしていたが、めんどいのでスルー。
エステルは博識なんです!

「樹がなおせるのであれば、どうぞ。ですが貴重なもので、今年はもうあと少ししかありませんが、よろしいでしょうか?」

「かまいませんよ」

にっこり笑った私に、長老さまはホッとしたように見えた。
やっぱ、エターニアのやつみたく、樹の上に街を作ろうよ。
その方が安全だよ。
何れにしても、結界は無くなるんだし。

「けど、毎年満開の時期に傭兵を雇うのは大変ですね。どうです?いっそ樹の上に住居を構えては?」

「は、はぁ……樹の上に、ですか。それはそれは、また変わった街になりそうですな」

「ご入用ならば、騎士団を派遣しますよ」

にっこり、スマーイル。な私に、長老さまはちょっと困っていた。
急に言われても困っちゃうよね。






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「というかさー」

再びクオイの森。
カロルが急に唇を尖らせた。

「なんで2人とも…ラピードもだけど、武醒魔導器持ってんのさ?他の
魔導器より特に貴重品だよ?」

「カロル、お前も付けてるじゃねえか」

「ボ、ボクはギルドに所属してるし、発掘ギルド、遺構の門のお陰で出回る品も増えたから」

「魔導器発掘するギルドまであんのか」

「じゃなきゃ、帝国が管理する魔導器は手に入らないよ!んで、なんで持ってるの?」

「俺は元騎士だからな。辞める時に貰ったの。ラピードのは前の主人の形見だ。エステルは貴族だから、魔導器のひとつやふたつ持ってるよ」

「エステルって貴族っぽくないよね!」

「え!?」

私は思ってもみなかった事に、喉をひっくり返した。
でもまぁ、当たり前か。
生まれてからずっと仕込まれ染み付いた立ち振る舞い、それがないエステルなんだから。

「俺もそう思ってた」

「服装とかは貴族っぽいけど、なんか、雰囲気が!」

「失礼な。ま、別にいいですけど」






エッグベアの爪は、すんなり手に入った。
ただ火を付けたクオイの実が死ぬほど臭くて、まだ鼻について離れない。

画面は臭いまで教えてくれないからね。


予定通りにハルルへ戻る頃には夜も更けて、星空が輝いていた。
凛々の明星がどれなのか、すぐにわかった。
一際輝きを放っていたから。

あれをどうやって空にあげたのか、興味深いわ。



「カロル、慌てんな。落としたら大変だろ、一個しかねえんだから」

「そ、そうだね!慌てず、慎重に…」

「じゃぁパパッとやっちゃって下さい!カロル」

「え!?ボクがやっていいの!?」

「もともと、カロルが始めた事だろ?」

「じゃ、じゃあ……」

ギャラリーがわんさか。
そんなハルルの樹の下。
一縷の希望を旅人に委ねた街の人々は、その瞬間を楽しみにしているようだった。

世の中見てるだけが一番楽だよね。
なんて嫌味っぽい事を考えてしまう私は、ゆがんだ心なんでしょうね。

カロルはパナシーアボトルの蓋を開け、土にふりかけた。

パッと一瞬だけ光が樹を伝ったが、それはすぐに夜の闇に溶けた。
解毒はできたようだが、樹を蘇らせるまでには至らなかったようだ。

なになに、予定通りですよ…
さぁ、治癒術を使わなくちゃ。

カロルや街の人がうろたえる声が聞こえたけど、それはすぐに遠くなった。
集中、集中…

私は無意識に手を組んだ。

「……お願い、治癒術……でて…」

急に体の奥が熱くなった気がした。
地の底から力が溢れる感覚にめまいを覚え、組んだ手をぎゅっと握った。
こんな事は今までになかった。
止まらない、早くこれを開放したい…!

「きた……!!」

私の中から溢れた力は、そのまま樹に向かった。
そして樹に蕾を実らせ、それはひとつも漏らす事なく花を咲かせた。

感嘆の声やため息が街の人たちから漏れていたが、私は先程までとは打って変わって体の奥が冷たくなって、冷や汗を拭って座り込んだ。


「エステル、大丈夫か?」

ユーリは私のそばへかけて来てくれて、額の冷や汗を拭ってくれた。

「顔色が悪いな、どっかで休もうぜ」

「いい、もういかないと、赤眼が追って来てる」

私はくいっと顎で向こう側をさした。
幸いにもこちらには気が付いていない。

アスピオへ行こうよ、ユーリ。


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