満月と新月 | ナノ
満月と新月



世界の毒



次の日エステルを見送るために、ベティ、カロル、リタは橋の手前に居た。
エステルと数人の騎士に、評議会の人間らしき老人が一人いた。

「お別れなんてちょっと残念だな」

カロルがさみしそうに俯く。
「ぜひ、お城に遊びに来てください」
エステルはにっこりと笑った。
「ガキんちょほんとに行くわよ」
リタが言う。

「え、行っちゃダメなの?」
カロルは不思議そうに言う。
「はぁ……バカっぽい……」

「だって友好協定が結ばれたら、ギルドの人間も帝都に入りやすくなるでしょ」

「そうですね」
「あたしも行くから、楽しみにしててねん」
ベティはにっこり笑った。


「姫様、そろそろ」

老人がエステルに声をかける。
「あ、はい」
エステルは老人に返事をすると、ベティたちに向き直る。

「ラゴウの件はわたしもなんとかしてみます。正当な処罰を下せるように」

「姫様、そのことなんですが……」

エステルの言葉に、老人が申し訳なさそうに言う。
「はい?」
「……ええと……」
言いにくそうにしていたので、2人は少しカロル達から距離をとった。


「ラゴウ様は昨夜から行方不明で、今も足取りを追っている途中なものでして……」

老人が眉を寄せて言った。

「どういうことなの……」

エステルは困惑した表情をみせる。
「びびって逃げたかな…さて、あたしも行こうかな。エアルクレーネってのを色々調べて回りたいし。調査が済んだら、あたしも、帝都に、い、行くから」
リタはエステルの所まで歩いてきた。顔が少し赤い。
「はい、楽しみにしてます」
エステルは嬉しそうに笑ってこたえた。

「じゃ、じゃあね!」

リタは照れながら、走り出して橋を渡って行った。



「……ベティとカロルはこれからどうするんです?」

エステルがベティとカロルの所まで、歩いてきた。
「ボクはギルドを、ユーリと一緒に作りたいな……」
カロルが言った。
「それ、いい考えだと思います」
「あたしは、また少しダングレストを離れるってばぁ」

「ベティはギルド、はいらないんです?」
エステルが首を傾げる。
「はは…どうかなぁ」
ベティは苦笑いを返した。



「姫様……」

老人が促すようにエステルに声をかけた。
「ごめんなさい。もう行きます」
エステルはベティ達にぺこりと頭を下げた。

「あ、ユーリ呼ばなくても……いいの?」

「ええ……まだ休んでるみたいですし」
エステルはさみしそうに、笑った。
「そう……」
カロルもしょんぼりしている。
「では、ここで……」

「うぃ、また会えるからそんなしんみりしないでん」

エステルはにっこり笑うと、馬車の方へ歩き出した。

「ボク、ユーリ呼んでくる!」

「来ないでしょん……って行っちゃったぁ」
ベティの言葉を聞く前にカロルは宿へと走り出していた。



エステルを見送っていたベティだったが、空の向こうに燃えるような模様の、大きな鳥の姿を見つける。


「っ!!フェロー!」


ベティはエステルの所に走り出した。

「エステル!こっちに!」

ベティが叫び、エステルの手を引いてすばやく周囲のエアルを纏い防御壁を作った。

「ベティなにを…?」

次の瞬間、その魔物は馬車目掛けて勢いよく炎を吐いた。
エステルはびっくりして目をきゅっと瞑る。


ドォォォォォォン!


耳をつんざくような轟音が響き、ベティとエステルは爆風に煽られる。

「あれは一体…」

エステルが魔物を見て呟く。
ベティの展開した防御壁のお陰で、2人は無傷だが、周りは酷い。馬車は大破し、何人もの騎士達が倒れている。



大きな音にユーリも宿を飛び出してきた。

「魔物か?」

ユーリが橋の手前でカロルに言った。

「ユーリ!」

カロルは不安げにユーリを見た。
魔物は友遊と空を泳いでいる。
「カロル!ありゃなんだ?知ってっか?」
「ボクもあんなの見たことないよ……あ!降りてくるよ!」
魔物が橋の近くに降下し始めたのを見て、カロルが叫ぶ。

「行くぞ、カロル」
「え?あ、待って」
走り出したユーリをカロルが追いかける。



エステルは倒れている騎士のところに、走って行き治癒術をかけ始める。


「お願い!もう少し時間を頂戴!」

ベティはフェローに叫んだ。
彼はこちらをちらりと見て、治癒術を使っているエステル、睨むように見た。

「フェロー!!」

ベティは必死に訴える。



「なんでザマだよ」

ユーリは倒れているフレンを見かけて言った。

「ユーリか、頼む……エステリーゼ様が……」
フレンの表情は苦痛にゆがんでいる。


「ユーリ!あれ!」

カロルが叫んだ。指差す方向には、騎士に治癒術をかけるエステルのすぐ近くに魔物が迫っていた。
ソディアとウィチルが魔物の気を引こうとするが、そちらを見る気配もない。



「わたしが……狙われてる?」

エステルが魔物をみた。



フレンのそばに、アレクセイが歩いてきた。

「騎士団長……なぜここに……」

フレンは困惑している。

「騎士団の精鋭が……!やむを得ない、か……ヘラクレスで、やつを仕留める!」

アレクセイが指示すると、騎士がすぐに走り出した。
ユーリが走り出したのを見て、アレクセイが声をかける。
「ローウェル君、待ちたまえ!もう手は打った!」
「冗談!黙って見てられるか!」
ユーリはそのまま行ってしまう。



ベティはエステルを庇うようにフェローと対峙した。

「お願い!話を聞いて!私のように解決策があるかもしれないわ!」


「忌マワシキ、世界ノ毒ハ消ス」


フェローが有無を言わせぬ声で行った。

「人の言葉を……!あ、あなたは……!」

エステルは目を見開く。


その次の瞬間、移動要塞ヘラクレスの砲撃がフェロー目掛けて飛んでくる。
何度も何度も砲撃され、フェローは次第にエステル達から離れて行く。

「アレクセイ…!余計なモノを…!」

ベティはそれを見て唇を噛む。


「ユーリ!」

走ってきたユーリとカロルを見て、エステルが声を上げる。
「2人とも無事だな。あれは……?」
ユーリはヘラクレスを見る。

「ヘラクレス……」

エステルが呟いた。
「ここにいちゃ危ないよ!」
カロルはベティの手を引く。

「オレはこのまま街を出て、旅を続ける」

ユーリはエステルに向き直る。
「え?」
「帝都に戻るってんなら、フレンのとこまで走れ。選ぶのはエステルだ」

「わたしは……わたしは旅を続けたいです!」

エステルの目には涙が滲んでいる。

「そうこなくっちゃな」

ユーリはエステルに手を差し出した。
エステルもそれに手を添える。


ドゴォォォン!


と、熱風が吹き付け、ヘラクレスからの砲弾がダングレストの橋を破壊した。
そのまま、ユーリはエステルの手を引いて走り出す。



「ジュディス!話はできた?」

橋からフェローを見ていたジュディスを見つけ、ベティが立ち止まり声をかける。

「えぇ…少し」

ジュディスは悲しそうに頷く。



「危ないことしないで!」
エステルがベティとジュディスの手を取る。
「おまえがそれ言うか?」
ユーリはふうと息を吐いた。

「心配ないわ。あなたたちは先に」

ジュディスはにっこり笑う。
「さぁ、早く!」
「あら、強引な子」
エステルは2人を引っ張って走り出す。


魔物はそれを見て、飛び去って行く。

「あれ?帰ってく。なんで?」

カロルは首を傾げる。ユーリ達も立ち止まり、空を見上げた。



「待つんだ、ユーリ!」
フレンは崩落した橋の向こうから、叫ぶ。

「面倒なのが来ちまったな」

ユーリはニヤリと笑う。

「ごめんなさい、フレン。わたし、やっぱりまだ戻れません。学ばなければならないことが まだたくさんあります」

エステルが一歩前に出た。

「それは帝都にお戻りになった上でも……」

フレンが言う。

「帝都には、ノール港で苦しむ人々の声は届きませんでした!自分から歩み寄らなければ何も得られない……だから!だから旅を続けます!」

エステルの声には迷いはない。

「エステリーゼ様……」

フレンは眉を寄せる。



ユーリがフレンに魔核を投げた。
フレンは危な気なくそれを受け取る。

「フレン、魔核、下町に届けといてくれ!」

「ユーリ!」

「下町にはしばらく戻れねえ。オレ、ギルド始めるわ。ハンクスじいさんや、みんなによろしくな」

「ユーリ……!……ギルド。それが、君の言っていた君のやり方か」

「ああ、腹は決めた」

「……それはかまわないが、エステリーゼ様は……」

「頼んだぜ」

ユーリはフレンの言葉を遮った。
「ユーリ……!」


「言うのが逆になっちまったけどよろしくな、カロル」

ユーリはカロルに向き直り言った。

「うん!」

彼はとても嬉しそうだ。
「さぁ、とっとと街を出ようぜ。騎士どもが追っかけてきちまう」
ユーリは走り出した。

ベティはフレンに振り返る。
「君は、ユーリと行くのかい?」
フレンがベティに問う。

「あなたにやるべきことがあるように、あたしにもやるべき事があるのよん」

ベティはそういうと、走り出した。


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