満月と新月
執政官の横暴
ユーリがベティが取った部屋に入ると、三人は思い思いに過ごしていたようで、カロルは武器の手入れをしていたし、リタは本を読んでいる。
ベティは、先ほどの熱っぽい時間がなかったかのように眠りこけている。
「そろそろフレンのとこ行くぞ」
「ユーリ、街の様子はどうだった?」
カロルは、武器をしまいながら話す。
色々と出していた手入れの道具を、大きな鞄に片付けていく。
「まぁいい雰囲気はねえな」
「ま、詳しいことはあの騎士に聞けばいいでしょ」
リタはパタン、と本を閉じて立ち上がった。
「ベティ起きろ」
ユーリが声をかけたが、もちろんの事ながら起きる気配はない。
「ベティ、部屋に入ってすぐ寝ちゃったんだよ。それから話しかけても起きなくてさ」
カロルはやれやれ、とため息をついた。
ユーリはベティのそばまで歩いていくと、鼻をつまむ。
「んーーーんーーーんなぁ!!!」
彼女は勢いよく飛び起き、
「なぁにすんのよぉ!」
と、ユーリを睨む。
「おはようさん」
ユーリはにやりと笑った。
「騎士のとこ行くわよ」
「あぁ、おっけーおっけー」
ベティは、外していた双剣を腰に納めると、立ち上がった。
フレン達の部屋に入ると、2人は向き合って座っていて、部屋の中は紅茶のにおいがした。
「用事は済んだのか?そっちのヒミツのお話も?」
ユーリが少し嫌味っぽく言ったが、フレンは気に留めた様子は無い。
「ここまでの事情は聞いた。賞金首になった理由もね。ユーリ、ベティ、彼女を守ってくれてありがとう」
「あ、わたしからもありがとうございました」
彼の言葉に続いて、エステルが頭を下げる。
「どぉいたしましてん」
「なに、魔核ドロボウ探すついでだよ」
「だが、どんな事情があれ、公務の妨害、脱獄、不法侵入を帝国の法は認めていない」
フレンの鋭い眼差しは、ユーリとベティに向けられた。
「ご、ごめんなさい。全部話してしまいました」
エステルは申し訳なさそうに眉を下げ、胸の前で手を結んだ。
しゅーんと子犬のようにするので、まるでしっぽや耳が見えてきそうだ。
不安なのか手をぎゅうぎゅうと何度も握り返していたので、ユーリはなんてことないさ、とエステルに手を振った。
「しかたねえなあ やったことは本当だし」
「では、それ相応の処罰を受けてもらうが、いいね?」
「フレン!?」
「あたしはやぁーよ?」
ベティはふいっと顔を背ける。
「ベティ!そういうわけにはいかないよ」
フレンが声を荒げたが、彼女はツンとそっぽを向いたままだ。
「俺は別に構わねえけど、ちょっと待ってくんない?」
突然ドタドタと足音が聞こえ、騎士と魔導士らしき少年が入ってくる。
「フレン様、情報が……なぜ、リタがいるんですか!!」
アスピオのローブを着た少年が、リタを見つけると、親の仇にでも出会ったかのような視線を向けた
「あなた、帝国の協力要請を断ったそうじゃないですか?帝国直属の魔導士が、義務づけられている仕事を放棄していいんですか?」
矢継ぎ早に責め苦を連発する彼に
「誰?」
ユーリがリタに向き直る。
「……だれだっけ?」
リタは全く彼を知らないようだ。
「……ふん、いいですけどね。僕もあなたになんて全然まったく興味ありませんし」
少年はそうはいうもの、悔しそうだ。
平静を装うかのように、くいっとメガネの位置を直し、気位の高そうな顔をした。
「紹介する。僕……私の部下のソディアだ。こっちは、アスピオの研究所で同行を頼んだウィチル。彼は私の……」
「こいつ……!賞金首のっ!!」
ソディアがいきなり剣を抜いた。
カロルはびっくりして後ずさる。
「ソディア!待て……!彼等は私の友人だ」
「なっ!賞金首ですよ!」
フレンの言葉にも、彼女が剣を降ろす事は無い。
「騎士様は子どもや」
ベティは、ソディアに一歩にじりより、
「エステリーゼ様のいる前で」
さらにまた一歩と足をすすめる。
「随分と簡単に剣を」
挑戦的にソディアに迫り、じっと目を見つめる。
「抜くんですねぇ」
「なにを‥」
たじろいだ彼女。
その瞬間ベティが、彼女が構えている剣の刀身をぐっと掴む。
その場にいた全員が息をのんだ。
嫌な緊張が走り、甘い紅茶のにおいが似つかわしく無いほど、部屋にはピリリとした空気が流れる。
「これが人を殺せる道具だと、わかって抜いた?」
ベティの気迫に、ソディアはおろか、皆が言葉を失う。
「あんたは脅しで、簡単にこれに手をかけたの?」
ソディアが僅かに剣を引いてしまい、ベティの手からぽたりと血が落ちる。
しかし、彼女に動じる様子はない。
「「ベティ!!」」
ユーリとフレンが思わず叫ぶ。
エステルは顔が真っ青で、カロルは完全に固まっている。
さすがのリタもハラハラしていて、ウィチルは今にも倒れそうだ。
「状況の判断もできないくせに、無闇に剣を握るな」
そう言ったベティの瞳は、今まで見たことがないほど、冷たく蔑んだ色をしている。
すっと、剣から手を離し、彼女はまたユーリの隣に戻った。
ソディアは動けずに、手を震わせている。
「フレン、部下の教育はあなたの仕事でもあるわ」
もう彼女を見ることもなく、ベティは自分の手に治癒術をかけた。
「………すまない。彼等の事情は今、確認した。手配書を出されたのは濡れ衣だ。後日、帝都に連れ帰り私が申し開きをする。その上で、受けるべき罰は受けてもらう」
「し……失礼しました。ウィチル、報告を」
ソディアは振り絞るように言葉を紡ぎ、剣をおさめた。
「こっこの連続した雨や暴風の原因は、やはり魔導器のせいだと思います。ラゴウ執政官の屋敷内に、それらしき魔導器が運び込まれたとの証言もあります」
「天候を制御できるような魔導器の話なんて聞いたことないわ……いえ、下町の水道魔導器に遺跡の盗掘……まさか……」
リタがうーんと頭を捻る。
「執政官様が魔導器使って、天候を自由にしてるってわけか」
ユーリがため息混じりに言う。
「……ええ、あくまで可能性ですが。その悪天候を理由に港を封鎖し出航する船があれば、法令違反で攻撃を受けたとか」
ソディアが頷いた。
少し不満そうに。
「それじゃ、トリム港に渡れねえな……」
ユーリは困ったように眉をよせる。
「執政官の悪いうわさはそれだけではない。リブガロという魔物を野に放って税金を払えない住人たちと戦わせて遊んでいるんだ。リブガロを捕まえてくれば、税金を免除すると言ってね」
フレンが悲しそうに言う。
「そんな、ひどい……」
エステルは俯いてしまった。
無理もない、城を出てから騎士団や執政官の、暗い話を耳にしてきたのだから。
そんな世間の現実など知らず、安穏と暮らしていた彼女にとって、帝国の人間が民衆を虐げている事実はあまりにつらい。
「入り口で会った夫婦のケガって、そういうコト…やりたい放題ねん」
ベティが呟く。
先ほどの事はなかったかのようにいつもの調子だ。
「そういえば、子どもが……」
カロルがはっとして言う。
「子どもがどうかしたのかい?」
聞き逃さなかったフレンが首を傾げるが、ユーリがなんでもない、と首を振った。
「オレら疲れてるから、このまま宿屋で休ませてもらうわ」
彼はそう言って部屋を出たので、皆も続く。
「ベティ!」
フレンが呼び止める声。
「後で、話せないか?」
懇願するように続いた言葉に、ベティはひらりと手を上げる。
「わかった。後でねぇ」
そのまま彼女は振り返らずに出て行った。
「それと……例の『探し物』の件ですが……」
ソディアが言った言葉がエステルは何故か気にかかった。
(……探し物?)
とりあえず部屋に戻ってきたユーリ達は、先ほど聞いた話を元に、作戦会議を開くことにする。
「これからどうする?」
カロルは誰にともなくたずねた。
「わたし、ラゴウ執政官に会いに行ってきます」
エステルは意気込むが、カロルは眉を寄せた。
「ボクらなんか行っても門前払いだよ。エステルが貴族の人でも無駄だって」
「とは言っても、港が閉鎖されてちゃトリム港に渡れねえしな」
「うだうだしてないで、行けばいいじゃない」
リタはこの会議すら無駄だと言わんばかりだ。
「話のわかる相手じゃねえなら別の方法考えればいいんだしな」
「では、ラゴウ執政官の屋敷に向かいましょう」
「私はこの雨でぐったり……大人しくココで待ってまぁす」
ベティは寝転んだまま、ヒラヒラと手を振った。
「何言ってんのよあんた!」
リタがつっかかるが、苦笑いを返した彼女は起き上がらなかった。
「まぁいいじゃねぇか。とりあえず、俺らだけで行こうぜ」
ユーリが遮ったので、ベティを残して宿屋を後にした。
「ベティ、別人みたいに怒ってたね‥」
しとしとと雨が降る外へ出て、カロルが言った。
「そうですね‥ベティがあんな風に怒るなんてびっくりしました‥」
「まぁあの女騎士も、かなり失礼だったけど」
「ベティにも譲れない事があんだろ、さっさと執政官様の所へ行こうぜ」