満月と新月 | ナノ
満月と新月



夜の帝王



「時間も時間だし、今夜はダングレストで一泊するか」

ユーリは宿屋前で、後ろを歩く皆を振り返った。

「そうですね。ここのところ慌ただしかったですからゆっくり休むのも必要です」

エステルは彼に同意をし、にこっと笑う。

それじゃあ宿に入ろう、という所で皆とは違う方向に歩きはじめたフレンを、パティが呼び止めた。



「どこへ行くのじゃ、フレン」


「今夜、ダングレストの夜間巡回をするから、ユニオンに許可をもらおうと思って。隊を離れているとはいえ、僕は騎士団の人間だから筋は通しておかなくてはね」

迷い無くにっこり笑う彼に、ジュディスは首を傾げる。

「どうしてパトロールをあなたがするのかしら?ユニオンの役目ではなくて?」


「ドン亡き後、ユニオンは正常に機能してるとは言いがたいからね。ダングレストの治安悪化の噂は騎士団にも届いてるよ」


「確かに、ドンがいなくなってギルド同士の揉め事とか増えたよね」


カロルはシュンと眉を下げた。



「本当は、ユニオンが処理しなきゃいけないことだけどねん」

ベティはうーんとこめかみを抑える。
ユニオンが一枚岩になれないのは、どうにも悩みの種なのである。


「うん。だから、騎士の僕が見回るだけでも、抑止力にはなるかと思ったんだ」


「あーあーまったく。固いねぇ、フレンちゃん」


急に声を張って、大げさに肩を竦めるレイヴンは、言葉を続ける。

「気を抜くときは、パーッと気分転換しなさいよ。人生もっと楽しまなきゃ」




「フレンは、オンとオフの切り替えができないんだよ」

「常にオフ状態のユーリには言われたくないな」


ユーリの言葉に少しムッとしたように、フレンは唇を尖らせた。



「仕方ないわね。おっさんがイイトコ連れてったげるわ」


「いえ、僕は夜間巡回をしますので……」


「若者よ、何事も社会勉強だ!ごたごた言わず、ついといで」

レイヴンはがしっとフレンの腕を掴むと、そのまま飲屋街へと引っ張っていく。

「レ、レイヴンさん!」

巡回に行かなくては!と声を上げる彼だが、強くも出られず足をもつれさせながらもついて行く。

意気揚々と歩いて行ったレイヴン。
2人はまさに、夜の街へと消えた。




「連れてかれたけど、平気?おっさんのことだからロクな場所行かないわよ」

「女の子の居るお店、かしらね?」

ジュディスは楽しそうに笑った。


「これでフレンの固い頭が少しはやわらかくなってくれんなら、大歓迎だけどな」


「……フレンってああ見えて女慣れしてるわよねん?」


「ま、あしらい方はわかってるだろうな」


「ベティ、あなた、賭け事は得意かしら?」

「え、どうかしらねぇん?」

「私たちもでかけない?」

「……そう言えば、最近いい店できたらしいわよん」

「うちも!うちも行く!!」


三人は笑いあって、街へと歩き出した。


「おい待て、嫌な予感しかしねぇ……やめとけ」

ユーリはとっさにベティの手を掴むが、彼女は首を傾げた。



「ちょっと遊んでくるだけよん?」


「それがいい予感しねぇっての」



「あら?ユーリもおじさま達の所へ行ってはどう?」



「えーボクら置いてけぼり?」

「だったら私たちもどこか行きます?」

「なに言ってんのよ。もう遅いんだし、危ないでしょ」

「ワンッ!ウゥゥアォン!」

「ラピードが、俺が居るだろってさ」

「………ユーリ、やっぱり言葉わかってるよね?」



「でも、賭け事メインのお店だから、カロルたちは楽しくないかもしれないわよん」

「あたしは宿で本読んでるからいい。行かない」

「え…行きましょうよ、リタ」

「ボク、ダングレストで1番おっきな本屋さん知ってるよ。まだあいてると思う」

「……じゃ、ちょっとだけ行きましょ」

リタは大きな本屋さん、と聞いて顔色を変えた。


「じゃあ、また宿でね」

ジュディスがそう言って手を振るので、ベティも再び歩き出した。
それにとことことパティが続く。



「じゃあ、わたしたちもちょっと行ってきますね」

エステルもユーリに笑いかけて、カロル、リタ、ラピードと共に歩き出す。


一人残されたユーリは、大きくため息をついてしまった。
ゆっくり休む、というエステルの発言は、一体どこへ行ってしまったのか。


「俺が置いてけぼりかよ……しゃーねぇ、おっさん探すか」






「おお!これはすごいのう!!」

店の熱気に、パティは声をあげた。

ベティが連れてきてくれた店は、向かい合って真剣にカードを引き合う客や、ルーレットに球が落ちる場所で一喜一憂する人、お酒も入りかなり盛り上がりを見せていた。


「完全な賭博場ね。ダングレストってこういうの禁止じゃなかったかしら?」

「ここって店側はお酒の提供しかしてなくてねん。あとは客同士が賭け合ってるだけだから、ユニオン的にはギリギリ問題無しなのよん」

「抜け穴を狙った商売、と言う事かの」

「実際そうよねぇ。でも店員は傭兵ばっかで、問題が起きても対処出来るってワケ」

「確かに、ウエイターって目じゃないわ」

ジュディスはくすりと笑った。






「わぁ……こんなに本がたくさん……」

エステルは店の扉を開けた途端、思わずため息をついた。

それは本屋と言うよりもう図書館のようで、様々な専門書から児童書までずらりと並んでいる。

「ここは有名なギルドの運営してる本屋さんでね、古書も扱ってるし、ここで揃わない本はないんだよ」

「………アスピオより多いかも」

リタはごくり、と唾を飲む。

「でも、魔導器関係の専門書なら、アスピオには叶わないかもね。ここは種類が多いから」








「やっだ、お兄さんが騎士なんて冗談でしょう?全然見えないわ」

「騎士なんて嫌味で偉そうなヤツばかりだもん。お兄さんみたいなかわいい人が騎士なわけないじゃなーい」

「帝都では、騎士って名乗ると女の子がちやほやしてくれた?でも残念。ここはダングレストなのよ」



「いえ、あの……」


フレンは困ったように眉を下げた。


「そんなに緊張しないで。いろいろ教えてあげるからなんでも聞いて」

「ホントに、レイヴンと知り合いなのが信じられないわ」


「ええと……」


レイヴンがフレンを連れてきた酒場は、いわゆる女の子が居るお店。


「ジュースなんて飲んでるのね。もー、子どもなんだから。そんなトコもかわいいけど」


「あの、僕は……」


「ほらほら、もっとリラックスして!今夜は一緒に楽しみましょ♪」




レイヴンは女の子全員をフレンに取られ、がっくりと肩を落とす。

いつもなら、彼女たちに囲まれているのは自分なのに、と酒を口に含んだ。


「あ、居た」

そんな言葉とともに、唐突に肩を叩かれて彼は振り返る。

そこには呆れ顔でユーリが立っていて、レイヴンは思わず彼に飛びついた。

「せいねーん!フレンちゃんってば俺様よりモテモテなのよ!」


「ちょ……やめろ気色悪い!」

ユーリはレイヴンを引き剥がして、自分も椅子に座った。

「俺にも酒くれよ」


「えっ!ちょっと!イケメンじゃない〜!」

「またレイヴンの知り合い!?」

「名前は!?あなたも騎士なの〜?」



「はあ?俺が騎士に見えるか?」

「お酒、何飲む?」

「おっさんと同じのでいいぜ。フレン、やっぱお前酒飲んでねえのな」

「あたりまえだ。任務中ではないにしろ、いつ問題が起きるかわからないだろう」


「ちょっとちょっと!俺様は?俺様もお酒〜!!」


レイヴンの悲しい声は、女の子たちにはまったく届いておらず、タイプの違う男前2人に彼女たちは目線を奪われていた。








「あ、おはようございます」

「おはようございます、エステリーゼ様。もしかしてみんな、待たせてしまったかな?」

「ううん、待ってないよ。……っていうか、ひょっとして一晩中?」

カロルは結局帰ってこなかった彼らに、苦笑いした。


「気付いたら、夜が明けててね。徹夜は騎士団で慣れてるから大丈夫だよ。戦いに支障をきたしたりしない」


「ずいぶん楽しんできたみたいね」


「楽しかったよ。レイヴンさんのおかげでとても有意義な時間が過ごせた」

「あっそ……」


リタは興味なさそうに返事を返した。



「どうした、おっさん。しょぼくれてんな」

ユーリはニヤニヤ笑ってレイヴンに言う。


「おっさん人選ミスったよ……フレンとは、もう夜の街には行かない。女の子みんな持ってかれちまうんだもん」


「あいつ昔から、女に言い寄られること多いから。意外と扱いには慣れてんだよ」


「というか青年まで来ちゃったら、俺様ますます居場所ないっての……」




「騎士団には上がってこない街の人の声を聞くことができた。時には、はめを外して人の本音を聞くことも必要だと、教えてもらったよ」


フレンは楽しそうに笑う。


「おっさんに、んな殊勝な目的があったとは思えないけどな。ま、おっさん、連れてく相手が悪かったな」


「まったくだ……」



「というか、ジュディスたちまだ帰って来てないんだよね……」

カロルは心配そうに言う。

「まだやってんのか?」




「あ、戻ってきたみたいですよ」


「ごめん〜!お待たせ!!」

そう言って手を振るベティは、おおきな袋を抱えていた。

一緒に歩くパティとジュディスも、同じように。


「あんたら……それなに?」


「昨日稼いだお金よ?」

「うちらにかかればこんなの朝飯前じゃ!」


「ず、ずいぶん多いですね…」

「もしかしてベティちゃん、新しくできたとこ行ってたの?」


「そうよん〜みんな引き強すぎて、朝までいたらこんななっちゃったわん」

「本当は少し、名残惜しかったわ」

「まあ何事もほどほどがいいのじゃ」


「………ほどほどか?そんだけあって」

ユーリは思わず苦笑いした。





「三人とも、なにしてたんだい?」



「朝までとばー……「悪者退治よん!!これはそのお礼!」

カロルの言葉を遮って、ベティが声を上げた。


「なんだって!?僕とした事が……」

フレンははっと頭を抱えた。


「いいのよぉ、わたしたちでなんとかしたし、これもユニオンの仕事よねん」



「すまない!やはり巡回に行くべきだった!」



「むしろ来ないでくれて、ありがたかったがのう」

「彼が知ったら面倒な事になりそうだもの、ね」


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