満月と新月 | ナノ
満月と新月



即位式の告白



ーーザーフィアス城、謁見の間



粛々とした雰囲気の中現在進行形で執り行われているのは、ヨーデルの即位式。


そこに立ち会うのは、副帝であるエステルと、ベティを含む一部の皇族、評議会、フレンに騎士団の隊長達、様々な有力者達。



そして半ば強引に連れてこられたユーリ。

彼はなんと聖騎士の正装まで着せられている。

その表情はなんとも退屈そうで、あくびを堪えるのにヒクヒクと唇が動いているので、エステルはそれがおかしくてすこし笑った。
あくびだけは絶対にするな、とベティに言われていたのだ。



即位式とは言っても、受け継がれる宙の戒典は無いので、金で出来た帝国の紋章だけがヨーデルに渡されることとなる。

ベティは上品なエメラルドのドレスをまとっていて、長い金髪は華やかな今日の式典にふさわしく、ふわりとアップにしている。

普段の様子からは窺い知れないほど、皇帝の姉君というにふさわしく、凛々しく美しい佇まいだ。



ヨーデルの即位の儀が終わると、今度はヨーデルからエステルの副帝任命と、フレンの騎士団長任命が執り行われ、無事即位式は終わるかと思いきや……


「次に、めざましい活躍と帝国への貢献を讃え、陛下より特別称号の授与を行う。ユーリ・ローウェル」


進行を行っていた老人に名前を呼ばれ、ユーリははっとした。
老人がこっちを見ていたので、周りの数名はユーリのことをちらりと見た。
ユーリは前に出て、ヨーデルの元へ行かなければならないのはわかったが、とんでもなくそれが嫌だった。

むしろこの式典に参加する気は、全くなかったのだから。

顔を顰めて、ベティを見ると、物凄い勢いで睨まれている事に気がついた。
そして式典の前に再三いわれた、ベティの言葉を思い出す。



ーーかわいい弟に、帝国の要人達の前で恥をかかせたら斬る



そう言って、凄んできた彼女の目は本気で、ユーリはぶるりと体が震えた。

ここいる以上無視をするわけにもいかないので、ユーリは足を進めた。
案の定、参加者からは大注目で、皆が値踏みでもするかの様な視線を送ってくる。


ヨーデルは嬉しそうに微笑んでいて、ユーリはため息をついた。まったくこの新皇帝はタチが悪い。



「貴殿の功績を讃え、更なる活躍を祈り、ヒノトリクロタチを授与します」


ヨーデルはそう言って、一振りの打刀を差し出した。

彼が少しだけ鞘を抜くと、美しく鍛えられた刀身が目に入った。
それは一目見てわかるほどの業物で、相当に価値ある物だと理解できた。

真っ黒な鞘にその名に似合いの朱色の柄巻は、掌にしっくりきそうだし、金色の鍔が美しい。

ヨーデルがユーリにだけ聞こえる声で、両手で受け取って下さいね、と笑ったので、ユーリは少し眉を下げ、両手でヒノトリクロタチを受け取った。


ベティが絶対に出ろと、銃を突きつけ脅しながら言ってきたのは、これがあるからか、とユーリは密かに頷いた。

受け取った刀の重みが心地よく、早く振ってみたいと、胸が騒いだ。







即位式は無事に終わり、立食での会食が始まった。
途端にヨーデルは人に囲まれ、エステルも同じだった。
そうなると最早、割って入る隙もない。

要人達がヒソヒソと話をしたり、腹の探り合いをする中、ベティとユーリはバルコニーで酒を楽しんでいた。


「ユーリ、ちゃんと出来たわねん」

「オレなんかを讃えるようじゃ、天然陛下もいよいよやばいな」

「はは、ユーリは世渡りがヘタだから、ヨーデルは心配してるのよん」

天然、とユーリは言うが、ヨーデルは人の扱いがうまい。
にこにこ笑って、思惑通り手を回していたりするものだから、本当に恐れいる。


「そりゃ、余計なお世話だぜ」


ユーリは肩を竦めた。
本当はさっさと帰って、陛下直々にもらった刀を振りたい。
でもベティの、貴重なドレス姿も見ていたい。

そんな事を考えてユーリはニヤニヤとだらしなく笑っていた。
それをベティが頬をつねってやめさせていると、フレンがやってきた。



「ユーリ!君が参加してたなんて!」



フレンはマントを翻しながら、嬉しそうに笑って歩いてくる。
笑顔はまさに最上級で、後ろにキラキラと光が見えそうだ。
そんな親友の姿に、ユーリはため息をついてしまった。

「こなきゃどっかの誰かに、フルボッコにされてただろうからな」

ユーリはジトっとベティを睨んだが、彼女はいたずらっぽく笑い返してきた。

「陛下も正式に君を評価できたと、随分と喜ばれていたよ」

そう言って、にこにこと笑っているフレンのほうが、ずっと喜んでいるように見えた。

「フレンもこれで本当に騎士団長ねん、おめでとぉ。かっこよくキマってたわよん」

貴族でない者が、騎士団長になるのは、フレンが初めてな上に、記録上最年少の騎士団長だ。

「ありがとう、ベティもすごく綺麗だよ」



そう言って見つめあっている2人の間に、ユーリが入る。


「おいフレン、手ぇだすなよ」


ユーリがそう言うと、フレンはどうかな?と微笑んだ。

「ベティ、僕の部屋は前と同じだから、いつでも来てくれ」

フレンは笑みをたたえて言った。

「めげないわねえん、フレン。きゅんとしちゃうわぁ」

ユーリは、小言を言ってやろうかと思ったが、ベティが楽しそうに笑っていたのでやめた。
最近の彼女は、本当に幸せそうで、見ているこっちが嬉しくなる。




「騎士団長になったのに、小隊長の部屋のままなのか?」

「そうだね……無理を言ってそのままにしてもらったんだ」

フレンは少し照れたように笑った。

「どしてえ?騎士団長の私室は、広いし、日当たり最高よん?家具だって新調してもらえるのにぃ」



「ふふ、そうだね…僕の親友は、窓以外からは遊びに来てくれないからね」


フレンの言葉に、ベティはにやりとユーリを見た。
そういえば、騎士団長の私室は三階。
いくらユーリでも登れないだろうし、今より奥のほうになる。

「猫目のねーちゃんに会いたかねえからな」

ユーリはふいっと顔をそらした。

「………不法侵入」

ベティはくすりと笑った。

「聖騎士として称号をいただいたんだ、自由に城には出入りできるのにね」

フレンは困ったように眉を下げた。


「フレン、この後時間あるか?」

「そうだね……剣の稽古かい?」

フレンはユーリのヒノトリクロタチを指差して笑った。

「稽古っていうか、試したいんだよ、コイツ」

「いいよ、もうすぐ終わるから、そしたら騎士団の修練場にきてくれないか?」

「城でやんのかよ、しゃあねえ」

「すまない、今日は城を出れそうにないよ」

フレンはシュンと眉を下げて笑った。






修練場はさすがに式典の日だからか、誰も居なかった。

演習用の剣がいくつも並んでいるが、そのほとんどは刃こぼれがひどかったり、実践では使い物にならないなまくらばかりだ。

「かわんないわねん、ココ」

ベティは胸いっぱいに修練場の空気を吸い込んだ。

キャナリに剣を教わる時は、いつもここに人は居なかった。


幼い彼女が、屈強な騎士にまじってキャナリの指導を受けるのはあまりに目立ちすぎるし、その頃はまだベティの母親も生きていたので、噂の的になるようなことはあってはならなかった。

恐らく騎士が使わない時間を当ててくれていたのだろう。



「ベティは、アレクセイに剣術習ったのか?」


ユーリの問いかけに、ベティは微笑む。

「……ううん。稽古を付けてもらった事はほんの数回。いつもキャナリって騎士に教えてもらってた」

彼女のドレスはこの修練場にはあまりに不釣り合いに見える。

「……知らねえな、どんなやつだったんだ?」

「聡明な女性だったわ。騎士とはこうあるべき、そんな人。でも剣はあまり得意ではなかったみたいね。弓を教えてくれる時のが、活き活きしてたもの」

「じゃあ、お前弓も使えるのか?」

ユーリがそう言うと、一瞬彼女の横顔に悲しみをみた気がした。


「使いこなせるようになる前に、彼女は小隊長になって人魔戦争に行ってしまったから」


「……なるほどな」

ユーリは軽く相槌を打って、そこで話をやめた。



ベティは気持ちのいい午後の空気が、どこかキャナリと稽古をしていた時に似ていて、少しだけ胸がいたんだ。

そう言えば、彼女は剣にも変わる変形弓を使っていた。
きっとレイヴンは、キャナリが作った変形弓を扱う小隊に居たのだろう。
彼に出会った時、変形弓だと知って驚いたが、その時レイヴンは偶然ダングレストに売っていて、便利そうだったから買ってみた、と知らないふりをしていた。


しかし、その弓を使い始めた真意は、別の所にあるのかもしれない。



「しっかしそのドレス、そそるな」

ユーリはふっと後ろからベティを抱きしめた。

「………誰もいないからって」

ベティは大きくため息をついた。
背中の開いたドレスはいつもよりユーリの体温を感じさせる。

「下町も落ち着いたし、また他の街を回ってみようと思ってんだ」

ユーリはぎゅーっと力を入れる。

「あたしが寝こけてたから、帝都離れられなかったものねん」

「……それは別によかったんだけどよ」

「じゃあ、あたしもダングレストまでは着いていこうかしらん」

「……………」

「あれ?だめ?」

ベティは少しだけ体を離して、伺うようにユーリを見た。



「一緒に来い」



ユーリはもう一度彼女を引き寄せた。


「うん、だからダングレストに…「じゃなくてオレの旅に着いてこいよ」


「…………」

ユーリが彼女の言葉を遮ったが、返事は無かった。

「嫌か?」

ユーリはさらにベティを強く抱きしめる。
彼女は大きく息を吐くと、ユーリを突き放した。

「……1年」

彼女の言葉にユーリは首をかしげた。

「ダングレストで凛々の明星のメンバーを集める。ユニオンともパイプを作る」

ベティはにっこりと笑った。

「そうやって凛々の明星を確かなものにしたら、あたしは帝都でユーリと暮らしたい」

そう言って笑った彼女はとても美しかった。
今まで見た、どんな瞬間よりも。

「………そういう事は、オレに言わせろ」

ユーリもつられて笑った。


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