満月と新月 | ナノ
満月と新月



フェローの綻び



「ねえ、ちょっと思ったんだけどぉ」


ユーリの腕枕でまどろんでいたベティが言う。

「ん?何を?」

ユーリは仰向けだった体を、ベティの方へ向けた。

「デュークってさぁ、レレウィーゼに居たじゃん?」

「おう」

「行きはクロームが居たからわかるけどぉ、帰りってどうやって帰ったんだと思う?」



「……………泳いで?」


「ユーリ………」

ベティはユーリの頬をこれでもか、とおもいきりつねる。

「いって!冗談だよ!」

ユーリは痛そうに頬をさすった。

「でも、マジで移動手段がわからねえな」

「ならここで待ってても意味ないかもぉ」

「………そりゃ、そうなるな」

「……………」

「ふりだしだ、な」

「はあ……ほんと何者よぉ」

ベティは、大きくため息をついた。






翌朝、宿屋前でカロル達と合流した。

デュークの移動について話せば、皆も今更ながらに確かに、と頷く。
これではノール港に居る意味はほとんどない。
というより、居ても現れるとは思えない。

「しらみつぶししかないんだろうけど、やっぱ無理があるんじゃない?」

レイヴンは肩を竦めた。
どこにいるのかもわからない人物を、この世界全体でさがしているのだから当然だ。
ベティの力に関しても、いつまでも待てるわけではない。

「そうだね……どうしよっか?」

「うちは諦めんぞ!」

パティは鼻息荒く言った。

「誰も諦めるなんて言ってねえよ」



「まだ2日目です!頑張りましょう!」


「そうね、エステルの言う通り……って、あらぁ?」

ここに居るはずではない人物の声に皆が振り返る。
案の定、エステルが胸の前で手を握りしめ、ラピードと立っていた。

「あれ?エステル!何かわかったの?!」

カロルが言った。

ジュディスも街の外からこちらに歩いてくる。
ラピードはするりとエステルのそばを離れ、ベティに寄り添った。


「はい!といっても直接的な事ではないですが……シルフがデュークについて教えてくれたんです」

「そりゃいい、こっちはやっこさんの移動手段がわからなくて困ってたとこだわ」

レイヴンは目を見開く。

「ナイスタイミングなのじゃ」

「で、デュークの事でわかったことって?」

ユーリがエステルに話を促す。居場所であれば、と願いを込めて。



「はい……彼は、フェローの作った綻びを使って移動しているそうです」


「フェローの?」

カロルが首を傾げる。

「私たちが行った過去のヨームゲンのようなところもあれば、同じ時間の空間同士を繋いでいるものもあるそうよ」

ジュディスの言葉にカロルはますます首を傾げる。

「リタはそのことなんて言ってたぁ?」

ベティはニヤリと笑う。

「見に行くそうよ」

ジュディスもクスリと笑った。






フィエルティア号に行けば、船室は大量の本で埋め尽くされていて、リタがそれを貪るように読んでいた。

これだけの本を帝都から持ち出したのだから驚きだ。
まだ芳しい成果はないようで、ブツブツと独り言をつぶやきながら、
ページをめくっている。

邪魔するわけにもいかないので、ユーリ達は甲板で待っている事にした。

バウルに進路をまかせ、ウェケア大陸でデュークが使ったと思われるフェローの綻びへ向かう。


「帝都はどうだったぁ?」

「はい、魔導器を失った混乱はありますが、ヨーデルがうまくまとめています。騎士団も各地に散っているようです」

エステルの話では、魔物も今のところ被害はないそうだ。
しかし繁殖期になれば、食料を求めて街を襲う可能性は大いにあるだろうが。

「戴冠式はもう少し先になるそうですが、ヨーデルが是非ベティにきて欲しい、と」

エステルは嬉しそうに笑った。

「エステルの晴れ姿も見たいしねえ」

ベティも笑う。

エステルは副帝に就任することが決まっている。
これはヨーデルからの願いで、本来副帝とは緊急時の臨時的立場なのだが、それにエステルが常時就くということでヨーデルをサポートする立場に回って欲しいとの事だ。


魔導器の消失についても再度、説明があったようだが、これについてはギルド凛々の明星の関与は明かされなかったそうだ。

ヨーデルは、こちらに厄介事を回さないよう、気を使ったのだろうが、ユーリ達はそれくらい覚悟をしていたし、責任を負ってもいいとさえ思っていた。もちろん責めを受けることも、相応に覚悟していた。

なので、これには皆少し釈然としない気持ちにさえなる。

しかしヨーデルの気遣いは、政治を行う者としては、素晴らしい判断であることが証明された事にもなる。
魔導器消失についての逃げ道を作らず、皇帝である自身の責任にしてしまったのだから。

星喰みという脅威は誰しも目にした。嫌というほど空で存在を示していたから。それでもこの先、魔導器消失で不便や危険を強いられた人々が、関与した者を責めることはあっても、讃えることは少なくなっていくだろう。

それだけでも、これからの帝国にとっては、明るい兆しのように思えた。






ウェケア大陸へと降り立った一行は、バウルのおかげですぐにフェローの綻びを見つける事ができた。
降り立ったその場所がすでにそこだったのだ。

そこだけ空間が歪んだように揺らめいていて、実に怪しげな雰囲気だ。
何かわからなければ、近づくことすら躊躇われる。


「これってさぁ、世界の色んなトコにあるのよねん?」


ベティは困ったように頭を掻いた。

「そうみたいね………にしてもこれ……」

リタはこめかみに指をあてた。
考える時はいつもこうだ。

「ほっといて関係ない人が通ったら、めんどいことになるじゃん」

「そうね、誰にも見つからないとは言い切れないのだし」

ジュディスが言った。

「無くせないのかな?」

カロルは首をかしげて言う。

「心配ないわ。もう消えかけてる」

「どういうことです?」

エステルがリタにそう言った次の瞬間、フェローの綻びは大きく揺らめいて、弾けるように消えた。

「ほんとに消えたのじゃ!」

「どうなってんの!?」

カロルはわたわたと慌てふためく。



「きっとフェローはイフリートに転生して、この綻び同士を繋げるのを辞めたのね。それで時間とともに綻び同士の繋がりが弱くなって、歪みが消えていった結果、さっきみたいに綻びそのものが消滅したってワケ」



「なら、他の場所のも消えたのか?」

ユーリはリタを見た。

「まだかもしれないし、もう消えてるかもしれない。タイミングは違っても、そのうち消えるのは確かよ」

「だったらもうデュークはこれでは動けないのね?」

ジュディスが念を押すように言った。





「たぶん消えることも分かってるかもね。ただ、あくまで仮説だけど、綻びは星の記憶に繋がってるかもしれない」




リタの言葉に、皆が驚く。

「繋がってるって……どうやって……?」

ベティは真剣な眼差しでリタを見つめる。


「綻びがただの歪みなら、そこを通った時点で人は死ぬ。物なら再構築できるけど、生き物が歪んで次に再構築されたって生きてられないわ」


「理屈はなんとなくわかる……けど、それがどうして星の記憶に繋がるんだ?」


ユーリが言えば、リタは次々に言葉を繋げ始めた。


「星の記憶はこの世界の全ての生き物の記憶。ってことは千年前のヨームゲンに行ったのは、あくまで星の記憶の中だと思う。歪みの先にすぐに別の歪みがあるわけじゃないとして、間には必ず星の記憶があるって考えたら理屈が合うのよ。歪みから歪みへ移動すれば、通ろうとした物質はかならず入り口で分解、そしてまた出口で再構築されて、元に戻る。だけどそれじゃ生き物は入り口で死ぬわ、間違いなく。でも星の記憶が繋いでいるとしたら、なんらかの形で分解も再構築もされない方法があるはず。つまり、星の記憶を通って移動すれば、生身でも影響なく歪みの間を渡れる」



リタの説明に、そうか!とすぐに合点がいく人物は、残念ながらここには居ないようだ。

「つまり、そうじゃないとあたしらはヨームゲンには居なかったってことよ」

リタはため息まじりに言った。

「でもヨームゲンを出たとき、変な感じはしなかったわ」

ジュディスが言う。

「あたりまえよ。分解も構築もされてないもん」

「でも、そう考えれば答えは繋がるってこと?」

レイヴンはいつものように無精髭を撫でる。



「そうよ。でも仮説……確信はしてるけど、確証はないわ」


「…………星の記憶の中でなら、なにかわかるかしらねん?」

「本当に全ての記憶があるなら答えは確実にある………でも……」

リタは途中で言葉に詰まる。

「行ったら帰ってこれねえかもしれねえってか……」

ユーリの言葉にリタはこくりと頷いて、それきり俯いた。

「……ごめん、結局何も進んでない」


悔しそうに呟いたリタに、気にしないで、とベティは笑った。


「ここだけでわからねえなら、他もまわってみるか?デュークにも会えるかもしれねえ」

ユーリの言葉に皆も頷いた。



「あたしも調べ物しながらついてく………ベティ?」


リタがベティを見たので、皆も彼女に視線を移す。
彼女は目を両手で覆ったまま、がっくりと膝をついた。

「どうした!?」

ユーリが駆け寄る。



「……見えた」



ベティは酷く冷静に呟く。

「まさか!」

リタが驚きに目を見開いた。



「ヨーデルが危ない………」



ベティは立ち上がると皆に頭を下げて言う。



「帝都に連れてってください」



皆は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに力強く頷いた。


[←前]| [次→]
しおりを挟む