Spring Snow Princess | ナノ


Spring Snow Princess






※白雪姫パロ蘭春です。









 昔々ある小さな国の小さなお城に、とても美しい女王様が住んでいました。女王様はその美しさを大層誇りに思っており、毎日魔法の鏡に「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰?」と聞きます。すると鏡は必ず「女王様、それはあなたです」と答えるのです。女王様はそれを毎日行い世界で一番美しいのは自分だと嬉しさで満ち溢れるのです。そして今日も女王様は問いかけます。

「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰?」
「女王様、あなたはとても美しい。だがこの世で一番美しいのは春歌姫です」

 初めて違う答えをした鏡に女王様は怒りが込み上げてきます。窓の外から聞こえて来た声に女王様は暗い部屋から窓の外を見やりました。そこには女王様より美しいと言われた春歌姫が庭で楽しそうに小鳥とじゃれています。前王の娘、女王様とは血の繋がりはないが義理の娘の春歌。先日十七歳の誕生日を迎えたばかりの少女は愛らしい容姿と誰をも幸せにしてしまう笑顔で城の者たちを魅了する。女王様にとってはただの小娘が今はでは自分の地位を脅かす程の女性へと変貌していった事に焦り、醜い程の嫉妬そして殺意すら芽生えてきました。
(一刻も早く殺さなくては)
 噛みしめた唇から赤黒い血が流れ落ちた。








 晴れ渡る青空の下、春歌はロングドレスの裾をなびかせながら庭をまるでステップを踏みしめる様に歩く。今日も雲ひとつない良い天気。鳥のさえずる声はまるで歌を歌っている様で春歌の中にメロディが溢れてきて思わず鼻歌を歌ってしまう。あまり歌は得意でないから小さな声で歌う音楽に小鳥たちも合わせて歌っている様だった。

「楽しそうに歌ってんな」
「あっ…蘭丸さん」

 不意に聞こえた声に春歌はパッと頬を桃色に染める。夢中で歌っていた事で目の前にいた男に気付かなかった事に恥じてしまいとしてしまう。不意に訪れた沈黙を打ち砕く様に蘭丸と呼ばれた男は手にしている先端が細くとがった何かの手入れを始めた。

「あっ、弓矢のお手入れ、ですか?」
「そうだ。これがおれの仕事だからな」

 蘭丸はこの城お抱えの狩人だ。元々蘭丸はこの地方で有力な地位を持つ貴族だったのだが、ある事件を切掛けに貴族の地位から没落してしまった。行くあてのない蘭丸を拾ってくれたのが、この国の王、今は亡き春歌の父だった。蘭丸の父と親交があり幼い頃から蘭丸の狩りの腕を認めていた前王は蘭丸をお抱えの狩人として雇い、前王亡き今も恩を忘れずに仕えている。春歌も幼い頃から蘭丸の世話になっており、従者と言うよりは兄に近い立場だ。だから春歌は蘭丸に対し敬語で話し、蘭丸は春歌に対し同年代と変わらない言葉遣いで話してしまう。本来ならば許される事ではないのだが春歌はそれを許し、蘭丸も春歌の行為に甘えているのだ。
 きらりと光りを浴びて輝く矢じりは輝き誇らしげに見つめる蘭丸に春歌は眉をハの字に下げた。

「でも…動物を殺しちゃうんですよね、可哀想…です」
「あーのーなー、生きる為には仕方ねぇだろ。それに無駄な殺生はしねぇって…食う分だけ捕まえて、後は狙わねぇ。…約束したろ」

 まだ春歌が幼かったある日。目の前で鹿を獲た時にわんわんと泣き始めたのだ。可哀想、どうして殺したの? と小さな身体と手で蘭丸の服を懸命に掴み訴えていた。だが蘭丸はちゃんと春歌が納得するまで説明した。生きる為の殺生だ。だけどおまえが鳴くなら無駄な殺生はしない。その日食う分だけ、それ以外は絶対に殺さないと、小さな小指に誓ったのだ。その約束を蘭丸は守り春歌も覚えていたのだが、やはり可哀想と言う想いは薄れない。その悲しみを失わない春歌を純粋だと思いながらも、まだ子供だなと春歌の頭を撫でた。

「わっ、蘭丸さん。髪の毛ぐしゃぐしゃになっちゃいます」
「悪ぃ。なんかつい撫でたくなった」

 ぱっと手を離せば春歌は「もう」と言いながら乱れた髪を手櫛で直す。先日十七歳になったばかりとは言え、蘭丸と五つも離れておりなお且つ幼い頃から一緒にいたのだ。まだ蘭丸が春歌を子供だと思えてしまうのは仕方がないのかもしれない。

「蘭丸―、女王様がお呼びだぞー」

 遠くから呼ばれた声に蘭丸と春歌が視線を向ければ、そこには蘭丸と同い年位の兵士が手を振っていた。だが春歌に気付いたのか兵士は姿勢を正し春歌へ深々とお辞儀をした。何だかおかしくなってしまい、二人は顔を見合わせて笑ってしまった。

「すぐ行く!」
「お義母様が蘭丸さんに何の用でしょ?」
「でっかい獲物でも捕まえて来いって話かもな。んじゃ行ってくる」
「行ってらっしゃい」

 柔らかな笑みで送り出す春歌の笑顔に蘭丸の中に暖かい何かが溢れ出て来た。













「春歌を連れて…ですか?」
「そうだ。なるべく遠くの森へ、花でも摘ませてやるがよい」

 女王の命令は春歌を散歩に連れて行けと言う命令だった。それならば蘭丸でなくとも春歌専属の小間使いがいるのだから、それに頼めばイイのにと思いながら女王を見つめると女王は口端を上げ、蘭丸をにやりと見つめた。

「そこであの娘を殺せ」
「なっ!」

 次に放たれた言葉に蘭丸は全身の血の気が引いて行く。春歌を殺せ? 義理とは言えおまえの娘だろ? 蘭丸が想うも女王は蘭丸の表情に目もくれず淡々と話し始める。
「もちろん他言無用だ。おまえに断る理由はない、そうだろう?」
 冷たい女王の視線に蘭丸は怒りを覚える。蘭丸が断れない理由とは前王に救ってもらったという理由だ。家が没落して身よりのない蘭丸を迎え入れて家族同然に接してくれた。その恩は決して忘れない。だが蘭丸が仕えていたのはこの国にではなく、あくまで前王だ。目の前の女は前王の後妻と言うだけの蘭丸にとっては何の価値もない女。むしろ前王死去の理由がこの女が怪しげな魔法によって亡くなったと言う兵士の噂が流れている以上、蘭丸はこの女を信用していない。だがここで断れば女王はまた別の誰かに依頼するだろう。そうなれば春歌を守るすべはなくなる。それならばいっそ…と蘭丸は拳を強く握りしめた。

「分かり…ました」
「ふむ。聞き分けの良い男でよかった。あと、これを」

 玉座に座ったままの女王はサイドテーブルに置いてあった箱を蘭丸に渡した。アクセサリー入れにも似た長方形の少し大きめな赤い箱。その絵柄はハートに剣が垂直に刺さっており蘭丸は悪趣味だと素直に思った。

「この箱にあの娘の心臓を入れて持って来い」
「っ!」
「あの娘を殺したと言う証拠が欲しいのだ。良いな?」

 鋭い目つきで言われれば何も言えない。蘭丸が春歌を逃がす事を想定していたのだろう。今すぐこの箱を投げつけてこの女を殺してやりたい。だが蘭丸は唇を噛み締め素直に頷くしか出来ないのであった。










「ふふっ、蘭丸さんとお散歩なんて久しぶりです」
「そう、だな」

 翌日、女王に言われた通り二人は森へ散歩に出かけた。珍しい花を見つけたから連れてってやると言えば春歌は顔を綻ばせ何度も嬉しいです、と言いながら付いてきた。城から離れた深い森は迷いの森とも呼ばれる場所だ。女王は誰にもばれない様に殺せと短剣まで差し出してきた。だが蘭丸がそんな命を下されたと知る由もない春歌は蝶よ花よと、右へ左へと嬉しそうに歩く。腰に差した短剣が重い。どうすればイイか蘭丸は分からなかった。だが春歌は蘭丸を信頼しきって背中を向け、脚元にあった小さな花を夢中で摘んでいる。この背中を刺す? どうやって? 鞘から抜きだした短剣を持って蘭丸は震えていた。

「蘭丸さん、綺麗な、お花……蘭丸さん、どうしたんですか?」


 振り向いた春歌に蘭丸はどうする事も出来ず、土に短剣を落とした。自分に向けられていたなど知る由もない春歌は蘭丸の元へ駆け寄り、蘭丸をじいと見つめる。

「蘭丸さ…」
「春歌っ!」

 突然春歌の肩を掴んだ。あまりにも強い力だったのか春歌は苦痛に顔を歪めつつ、苦しそうな蘭丸を心配する。その美しい瞳の色も柔らかさも何一つ幼い頃から変わっていない。見つめた瞳を見つめれば苦しさだけが溢れかえって来た。

「逃げろ」
「ふぇ?」
「女王が、おまえを殺せって命令した」
「! お義母様が…?」
「詳しい理由は分からねぇ。でもおれにお前は殺せない。だから…逃げろ。遠くへ、二度とここに戻ってこれない位に」
「でっ、でも蘭丸さんは……」

 自分が殺されかけていたと言う事実を知っても蘭丸を心配する。春歌を逃がして帰れば蘭丸は間違いなく処刑される。蘭丸だってそれくらいの事は分かり切っている。だけど今は春歌を生かしてここから逃がす方が先決だ。

「おれは大丈夫だから……早く逃げろ!」
「っ!」

 蘭丸の今までにない強い口調に春歌は後ろ髪を引かれながらも深い深い森の奥へと走って行った。どうか無事でいてくれ、そう思いながら姿が見えなくなった春歌に想いを馳せ蘭丸は短剣を拾った。憎らしい程に美しく磨かれた短剣は蘭丸の悲しそうな顔を映し出す。
(春歌……約束破っちまうな)
 短剣を鞘に仕舞い蘭丸は春歌と別方向へ、振り向かずゆっくりと歩き始めた。







 陽も暮れた頃、城へ戻った蘭丸は約束通り女王へと心臓の入った箱を渡した。中身を見た女王はその心臓をうっとりと見つめたかと思えば喜びの余り発狂していたが中身は偽物だ。蘭丸が女王に渡したのは豚の心臓だった。女王は豚の物だと一切気付かない所か蘭丸に褒美を取らすとまで言い始めたが蘭丸は辞退した。春歌を嘘とは言え殺した事で貰える褒美などまっぴらごめんであり、また蘭丸の中に一つの決意が出来ていた。この城を出る事だ。もう前王も春歌もいないこの城に未練はない。あんな女が支配する城に一日でもいたくない。正式な手続きで狩人を止める事も出来るが、昨日の今日で止めれば女王から問い詰められ殺される可能性もある。悪い言い方だが逃げてしまおう、と蘭丸は荷物をまとめる為にすぐ自室へと向かった。




 その晩、蘭丸は城を抜け出した。驚くほどすんなり逃げられた事に城の防壁は大丈夫なのかと心配しつつも、蘭丸は足を進める。自宅を持っていない蘭丸に逃げる場所など限られている。どうせならあそこへと行こうと蘭丸が足を踏み入れたのは、春歌を逃がした迷いの森だった。財産もない蘭丸が唯一持っているのは狩りの腕。それならばと、この普段誰も来ないこの森でひっそりと暮らそうと決めていたのだ。迷いの森と言っても狩りで来た事がある蘭丸はある程度この森の地理は分かっていた。そして向かう場所はただ一つ。同じ緑の景色が広がる木々の間を縫って行けば小さな家がぽつんと立っていた。
「あった、あった」
 以前狩りの最中に偶然見つけた家。悪いと思いながら覗いた際に人の気配もせず、中が荒れ果てている事から既に空き家なのは間違いなかった。この迷いの森にはドワーフが住んでいると言う噂もあり、以前中に入った時に家具の小ささから恐らくそのドワーフが昔住んでいたのだろう。ボロボロな内装だが外観はしっかりしており木を張り替え、家具も自分で作れば何とかなるだろう。ある程度の道具は城から持ってきており、幼い春歌に遊び道具を作った事もあり、この手の工作は得意だった。蘭丸には少し小さいこの家が今日から蘭丸の城だ。今日は疲れた身体を癒そうと軋む階段を登れば小さなベッドが七つ置かれている。七つ使えば蘭丸でも十分に寝れる広さであり、蘭丸は今日起きた事が全て夢であればイイのにと思いながら、ベッドのへ身を沈ませた。




 数日後、蘭丸の家は変わった。ボロボロだった内装も手を加え綺麗に掃除をし、家具も自分のサイズに合わせて作った。外観だけは手の加えようがないが、以前の空き家とは違い綺麗にそして立派な家になっている。数日かけて作った家具に時間を取られていたお陰で狩りに時間を使う事が出来ず、大きな獲物を捕る事が出来ず、元々大食な蘭丸の食糧庫は空っぽだ。今日はでかい獲物を捕りに行こう、、と愛用の弓と矢を手に持ち家を出た。
 迷いの森はその名の通り侵入者を迷わせる。この森に(数日前からだが)住まう蘭丸は侵入者ではないはずなのだが、深入りしすぎたせいか情けない事に迷っていた。
(くそっ、でけぇ獲物がいたからつい…)
 自身へ言い訳しても迷子になったと言う事実が消せる訳ではない。闇雲に歩いても仕方がないと分かってはいるのだが、森に迷った時の恐ろしさを知っている分、焦りが出てしまうのは仕方がない。どこかに目印、もしくは目立つ何かがあれば頭に入った地図で分かるのにと思いながら足を進めると、ふと何かが聞こえた。木々の間から聞こえる声、鳥のさえずりにも似た声は明らかに言葉を紡いでいる。蘭丸はこの声を聴いた事がある。まるで魔法に掛ったかの様に蘭丸は歌声の元へと導かれていった。
 辿り着いた先にあったのは蘭丸が住んでいた家と同じ位の大きさだろうか、ドワーフが住んでいる様な家だった。中から甘い匂いが漂い鼻を思わずひくひくと動かす。リンゴのパイだろうか。そう言えば春歌も姫なのに料理が好きでよく作っていたなと思いながら、匂いに導かれる家へと近付いて行く。不用心にも開かれた窓から小動物たちが家の中を覗き込んでおり、蘭丸も小動物に釣られて家を覗きこんだ。
 その姿に蘭丸は驚きを隠せなかった。美しい紅茶色の髪、優しい瞳、そして楽しそうな声。その姿は春歌だった。嬉しそうに鼻歌を歌いながら料理を作っており、横顔しか見えないがその顔は笑っている。歌詞もない思いついた歌を歌うその姿は正に蘭丸が幼い頃から知っている春歌だった。

(生きてた)

 春歌が生きている事に蘭丸は安心してしまう。声を掛けたくなり思わず口を開くが止めておこうと口を両手で塞いだ。幾ら慣れ親しんだ蘭丸が女王の命とは言え殺されかけたのだ。きっと自分と会えばその事を想い出してしまうだろう、蘭丸は名残惜しいが再び深い森の中へ足を踏み入れようとした。

「蘭丸さん!」

 だが後ろから不意に呼ばれた声にその足は止められた。





 春歌は何も変わっていなかった。まるで何事もなかったかの様に微笑みながら今日までの事を話す。あの後、迷ったが動物たちに起こされてここの家に案内されて、七人の小人の家を掃除したりご飯を作った事が切掛けで家事をするという代わりにここに住まわせてもらっている事を、それは嬉しそうに話した。

「蘭丸さん、そのお義母様は…大丈夫だったのですか?」
「ん、あぁ。大丈夫だ。その…色々手は打っといたから安心しろ」
「そう、ですか…。蘭丸さんが無事なら、それで嬉しいです」

 少し苦しそうだがいつもと変わらない微笑みを見せる春歌に蘭丸は胸の奥底がきゅっと締め付けられる様だ。約束を破った事は言えなかった。春歌が悲しむ姿など蘭丸は見たくない。今春歌はこの生活に喜びを感じ満足しているのだろう。だから蘭丸は自分の事は離さなかった。城を飛び出した事も近くに住んでいる事も。

「あ、そろそろお夕飯の準備もしないと」
「んじゃ、おれ帰るわ」
「あのっ…また来てくれますか?」
「…あぁ。また、な」

 明確にいつとは言わず蘭丸は言葉を濁す。だが蘭丸の濁した言葉にも春歌は嬉しそうに笑う。また蘭丸の胸の奥底が苦しくなり締め付けられる様だった。
 蘭丸が森へ入る前に春歌は小さなバスケットを手渡す。中を見れば甘い香りが蘭丸の食欲をそそる。
「リンゴのパイです」
 少しだけ焦げちゃいましたけど、と照れ臭そうに微笑む春歌に蘭丸は心が何かで満たされていく。サンキュ、と簡単なお礼だけを言ってその想いが何なのか気にも止めず春歌の前から去った。もう二度と会わないつもりで。歩きながら食べたリンゴはどこかしょっぱい気がした。

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