Spring Snow Princess2 | ナノ







 更に数日後、蘭丸はあの日から春歌の元へ行っていない。正しくはなるべく近付かない様にしているのだ。本当は毎日会って声を聞いて笑顔を見たい、だが蘭丸は春歌の今の生活を壊したくなかった。元々家事の類が好きと言う変わったお姫様は今の生活が本当に嬉しそうなのは、毎日笑顔を見ていた蘭丸にはすぐ分かった。だから自分が入り込む隙間などない、そう想うも浮かぶのは春歌の事ばかりだ。生きていて嬉しかったから、妹みたいな春歌が嬉しい事を喜ぶのは当然だろう、と誰にしているか分からない言い訳ばかりが頭の中をぐるぐると回る。
(頭…おかしいな。狩りにでも行くか)
 狩りに行けば全て忘れられる。そろそろ食料も無くなってきた頃だ、と蘭丸は愛用の弓と矢を持ち外に出た。
 外に出た瞬間蘭丸は違和感を覚えた。森が静か過ぎるのだ。普段なら鳥のさえずりが聞こえる森は静まり返っている。夜ならばまだ分かるが日は登り切っており、後は下降するだけなのに鳥のさえずりはおろか獣の気配を周囲に感じない。嫌な予感がした。そう感じればすぐに思い浮かぶのは春歌の事。
(ちょっと様子見に行くか)
 迷いの森とは言え、元々方向感覚に優れている蘭丸は一回行った場所は覚えているのだ。そういえば春歌は方向音痴だったな、と再び思いだした春歌との淡い記憶を掘り起こせば頭の中は春歌で一杯になる。
 急ごう。蘭丸は迷いの森を迷いもせず、しっかりとした足取りで歩いて行った。



 春歌が住む七人の小人の家に付いた時、周囲は不気味なほどに静まり返っていた。不用心にも扉が開いている。初めここを訪れた時には窓が開いていたのだが、窓ならば空気の入れ替えなり掃除などで開ける事も多々あるが、何故扉が開いているのだろう。恐れを覚えつつも蘭丸はゆっくりと足を進め、扉から内部を見れば暗闇が占めている。昼間だから灯りは必要ないのだがあまりの暗さに蘭丸はまたもや嫌な予感を覚え、悪いと思いながらも足を進めた。ぎいと重みで床が鳴る。一歩、二歩と進めば足に何か硬い何かがこつりと当たる。視線を落とせば一口かじった跡があるリンゴが落ちていた。思わず拾い噛み後を見れば動物にしては大きく、蘭丸からすれば小さすぎる一口の跡。つるりとしたリンゴに力を込めれば手元から滑り離れたリンゴは床へころころと転がっていく。視線だけで追い、止まった先にあるのに蘭丸の瞳は大きく見開かれた。
 そこにあったのは人間の手だった。白く小さな手が蘭丸の視線に入った瞬間、蘭丸は信じたくないと言う想いが溢れるが確かめずにはいられない。ぎしぎしと鳴る床を蹴り、白い手を視線で辿っていけば、そこに倒れている春歌の姿があった。
「はる、か…?」
 蘭丸の答えに応じない春歌は寝ている様にも思えた。蘭丸が恐る恐る手を伸ばして白い腕に触れれば、その腕は酷く冷たい。蘭丸はこの冷たさを知っている。何度も経験した獲物を捕まえ、段々と冷たく硬くなっていくこの感触、これは死だ。
「…春歌っ!」
 春歌の元へ跪き身体を起こす。固く閉じられた瞳は蘭丸の声に応じず長い睫毛も動かない。薄桃色の頬は青ざめていて陶器の人形の様だった。だらりと投げ出された手に触れ、自分の頬へ手を当てるその温度は氷の様に冷たく硬い。
「春歌、起きろ。なぁ…起きろよ」
 蘭丸は何度も呼びかける。起きて名前を呼んで笑ってほしい。楽しそうに鼻歌を歌っている姿を見たい。蘭丸の中に暖かい何かを溢れさせてくれる春歌の声を聞きたい。
「春歌、春歌…」
 身体が重くなっていき、柔らかな唇の赤が失われていく。どうして、と思えば先程転がったリンゴを思い出す。女王だ。春歌に魔法で作ったリンゴを食べさせ春歌を殺したのだろう。震える指で春歌の咥内へ指を入れて毒りんごを吐きださせようとするが、既に喉を通りすぎているのかリンゴは出てこなかった。春歌の喉奥に手を入れたのにも関わらず春歌は動く事はおろか息もしていない。死が春歌を連れて行ってしまう。
「春歌。…ごめんな」
 側にいたのに守ってやれなかった。
 たくさん言いたい事があった。
 約束を破った事。城を抜け出した事。側にいた事。伝えたくても、もう春歌に伝える事は出来ない。力強く抱きしめても蘭丸の胸の中で、まるで眠った様に死んでいる春歌。もう笑ってくれない。歌ってくれない。名を呼んでくれない。思えば思う程、春歌への気持ちが溢れ出てくる。
「春歌……好きだ」
 素直に溢れ出た想いに目から涙が溢れて止まらない。本当はずっと好きだった。あの笑顔も、ちょっと下手くそな鼻歌も、自分を呼ぶ声も全部全部好きで仕方がなかった。口に出してしまえば収まる事のない想いが簡単に出てきてしまう。
「好きだ。おまえが本当に…」
 何度も愛の言葉を囁いて冷たい頬を撫でる。今更気付いた想いも春歌には届かない。だけど伝えずにはいられない。もっとたくさん想いを伝えたい、と薄く開いた小さな唇に蘭丸はキスをした。冷たく乾いた唇はしょっぱく、だけどどことなく柔らかかった。小さく「ごめん」と呟きまた春歌を抱きしめる。
「ん……」
 蘭丸の腕の中で声が聞こえた。信じたいが信じられない気分だ。だが腕の中にいる冷たく重い身体が段々と柔らかくそして軽くなっていく。恐る恐る蘭丸は身体を離して先程キスをした時と同じように春歌の顔をじっと見つめる。すると長い睫毛がふるりと震えた。
「ん、ふあぁ…」
 小さな口で呑気な欠伸をした。青白い頬は薄桃色に染まり、冷たく乾いた唇は赤を取り戻しゆっくりと大きな瞳が開かれた。
「あ、れ…? 蘭丸さん…、夢、ですよね。夢でも…嬉しい」
「春歌」
 蘭丸の頬をゆっくりと小さな指でなぞる。その指先は暖かく柔らかくくすぐったく、その温もりに春歌が生きている事を実感する。
「すごい、お願い、叶っちゃいました」
「お願い?」
 とろりとした瞳はまだ眠りから覚めきっていないのか、春歌は夢心地な表情で柔らかく微笑む。
「リンゴ売りのお婆さんが、このリンゴは夢が叶うリンゴだよって教えてくれて……だから、蘭丸さんがいつか私のこと、お嫁さんに迎えに来て、くれますようにって…。夢でも嬉しい…」
「っ、春歌!」
 春歌の言葉に蘭丸は強く抱きしめた。とろんとした表情の春歌は蘭丸の抱きしめられた感触に夢ではないと気付いたのか、何度も「え?」と言いながら身体を熱くさせた。だが春歌は蘭丸を拒む事はせず、二人はいつまでも抱きあっていた。





 その後、戻って来た小人たちによって、詳しい話を聞かされた。動物たちが春歌の危機を知らせに来てくれて全員で女王退治に向かった所、女王は雷に打たれ崖から転落したとの事だ。戻ってきたら春歌が生きていた事に小人たちは歓喜し皆泣き、笑いあっていた。
 そして蘭丸は春歌にプロポーズをした。白馬に乗っていない、王子でもないが、ただ愛を込めて「おれと結婚して下さい」と言われれば春歌は目尻に一杯の涙を溜め、ゆっくりと頷いた。小人たちも春歌の幸せを喜び、二人を暖かい笑顔で送り出してくれた。
 そして二人はあの小さな家でいつまでも仲良く幸せに暮らしましたとさ。









カルスコ3で無料配布した白雪姫パロ蘭春です。フォロワーさんと蘭丸は王子と言うよりは狩人だよね〜と盛り上がった結果の話になりました。本当は狩人プレイ(?)入れてup予定だったのですが終わりそうにないのでとりあえず無配分だけ。
気が向いたら続きを書きます…。



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