全ては嘘だったのだ。あの笑顔も、声も、重ねあった体温でさえ、お前にとっては何の価値も意味もない。おれを欺くために吐いたたくさんの嘘の中のただ一つ、それだけだったのだ。その証拠に今、おれの脇腹に突き刺さるナイフを見つめるお前の表情はまさに、虚無。怒っているのか、喜んでいるのか、悲しんでいるのか、それさえもおれには分からない。
「長官、誰か呼ばないんですか?あなた、死んじゃいますよ。今あなたに刺したナイフ、抉りながら引っこ抜いて、今度は急所を外しません。いつもの様に無様に泣き喚いて、ルッチ達に助けを請えば、或いは助かるかもしれませんよ」
そう言いながら、なまえは蹲る俺に近づき、顔を覗き込む様にして目線を合わせた。この上なく不思議、そんな顔をしている。それもそうだろう。なまえに刺される瞬間、その後、おれは一言も発していない。――発することが出来なかったのだ。認めたくない。なまえがおれを裏切ったことを……おれを、愛していなかったことを。声を上げてしまえば、自分の声という確かな物を聞いてしまえば、全てが現実になってしまうような気がして。
「とことん馬鹿なんですね」
不機嫌そうに眉を顰めたなまえが、ナイフに手をかけ宣言通りにゆっくりと回転させながら引き抜いた。経験したことのない余りの痛さに、押し殺していた声が漏れる。
「生きてるじゃないですか。なにも喋らないから、刺しただけで死んじゃったかと思いました」
「あ、る意味、……間違いじゃ、ねーな、」
ゲホ、と思わず咳き込むと口内にせり上がってきた鉄の味が広がった。酸素を取り込もうと荒く呼吸をする度、床にポタポタと血が零れた。
「……わたし今、とても気分が良いんです。あの自分のためならば他者を顧みないと名高い冷徹なCP9司令長官が、ただ一人の女を愛して、挙げ句の果てに裏切られ殺される。嗚呼、この日をどれだけ待ち侘びたことか、あなたのその情けない顔を想像して、あなたに無償に愛され続けるぬるま湯のような日々を耐え忍んだか」
そこで、なまえは一旦言葉を区切った。ーーそんな風に思っていたのか、そんなことも知らずにおれは全く間抜けな奴だなあ、なんて他人事の様に思う。当たり前だろう、なまえと過ごした日々は楽しかったんだ。お前が隣にいてくれるだけで、幸せだったんだ。こんなおれを愛してると言ってくれたお前を、どうして疑うことが出来ようか。ーーああクソ、良い加減意識も朦朧とし始めた。なあ、なまえ。これだけは言わせてくれよ。ただ、どうしようもなく、裏切られていたとしても。おれはお前を、
「それでも、愛して、ぐッ」
真横から蹴り飛ばされ、言葉を遮られた。その一撃かトドメを刺したのか、おれは意識を手放した。
「ねえ長官、あなたそんな状態でまだわたしに騙されているんですか?」
勿論、意識を失った彼からの返事はない。それでも彼の意識が戻ってしまわぬよう、気配を消して近寄る。――苦しげに歪んだ顔。わたしはあなたに、そんな顔をさせたくて近くにいたわけじゃない。かと言って、最初から愛する為に近づいたわけじゃない。どうすることが正解だったのか。今となっては、分からない。分かることがあるとすれば、そう。わたしはあなたを騙して、幸せになった。その報いを受けなければならない。
「騙されてくれて、ありがとう」
自らの頸動脈に、彼の血で濡れたナイフを当てる。ああ、どうせなら。最後に見るあなたは笑顔が良かったなぁ。ぐ、とナイフに力を入れて勢い良く滑らせた。長官、長官、ごめんなさい。馬鹿げた嘘は、これで終わりにしますから。わたしもあなたを、それでも、愛してました。
ここじゃない世界で逢いましょう
もしまたあなたに会えたら。許してくれるか分からないけれど、たくさんたくさん、ごめんなさいを言わせて。そうしてまた、今度こそ何のしがらみもない世界で、あなたを愛させて。
「長官、誰か呼ばないんですか?あなた、死んじゃいますよ。今あなたに刺したナイフ、抉りながら引っこ抜いて、今度は急所を外しません。いつもの様に無様に泣き喚いて、ルッチ達に助けを請えば、或いは助かるかもしれませんよ」
そう言いながら、なまえは蹲る俺に近づき、顔を覗き込む様にして目線を合わせた。この上なく不思議、そんな顔をしている。それもそうだろう。なまえに刺される瞬間、その後、おれは一言も発していない。――発することが出来なかったのだ。認めたくない。なまえがおれを裏切ったことを……おれを、愛していなかったことを。声を上げてしまえば、自分の声という確かな物を聞いてしまえば、全てが現実になってしまうような気がして。
「とことん馬鹿なんですね」
不機嫌そうに眉を顰めたなまえが、ナイフに手をかけ宣言通りにゆっくりと回転させながら引き抜いた。経験したことのない余りの痛さに、押し殺していた声が漏れる。
「生きてるじゃないですか。なにも喋らないから、刺しただけで死んじゃったかと思いました」
「あ、る意味、……間違いじゃ、ねーな、」
ゲホ、と思わず咳き込むと口内にせり上がってきた鉄の味が広がった。酸素を取り込もうと荒く呼吸をする度、床にポタポタと血が零れた。
「……わたし今、とても気分が良いんです。あの自分のためならば他者を顧みないと名高い冷徹なCP9司令長官が、ただ一人の女を愛して、挙げ句の果てに裏切られ殺される。嗚呼、この日をどれだけ待ち侘びたことか、あなたのその情けない顔を想像して、あなたに無償に愛され続けるぬるま湯のような日々を耐え忍んだか」
そこで、なまえは一旦言葉を区切った。ーーそんな風に思っていたのか、そんなことも知らずにおれは全く間抜けな奴だなあ、なんて他人事の様に思う。当たり前だろう、なまえと過ごした日々は楽しかったんだ。お前が隣にいてくれるだけで、幸せだったんだ。こんなおれを愛してると言ってくれたお前を、どうして疑うことが出来ようか。ーーああクソ、良い加減意識も朦朧とし始めた。なあ、なまえ。これだけは言わせてくれよ。ただ、どうしようもなく、裏切られていたとしても。おれはお前を、
「それでも、愛して、ぐッ」
真横から蹴り飛ばされ、言葉を遮られた。その一撃かトドメを刺したのか、おれは意識を手放した。
「ねえ長官、あなたそんな状態でまだわたしに騙されているんですか?」
勿論、意識を失った彼からの返事はない。それでも彼の意識が戻ってしまわぬよう、気配を消して近寄る。――苦しげに歪んだ顔。わたしはあなたに、そんな顔をさせたくて近くにいたわけじゃない。かと言って、最初から愛する為に近づいたわけじゃない。どうすることが正解だったのか。今となっては、分からない。分かることがあるとすれば、そう。わたしはあなたを騙して、幸せになった。その報いを受けなければならない。
「騙されてくれて、ありがとう」
自らの頸動脈に、彼の血で濡れたナイフを当てる。ああ、どうせなら。最後に見るあなたは笑顔が良かったなぁ。ぐ、とナイフに力を入れて勢い良く滑らせた。長官、長官、ごめんなさい。馬鹿げた嘘は、これで終わりにしますから。わたしもあなたを、それでも、愛してました。
ここじゃない世界で逢いましょう
もしまたあなたに会えたら。許してくれるか分からないけれど、たくさんたくさん、ごめんなさいを言わせて。そうしてまた、今度こそ何のしがらみもない世界で、あなたを愛させて。